予想外すぎる特別措置

「お、おいマルコロ! なぜおまえ、Bクラスの授業をやっておるんじゃ!」


 慌てた様子で走り寄ってきたのは、学園長のエイドス。

 よほど予想外の事態だったようで、額にめちゃめちゃ汗をかいているな。


「この馬鹿者‼ 話をちゃんと聞いておかんか!」


 バシッと。

 生徒たちの目の前で、学園長はマルコロのハゲ頭に手刀を浴びせる。


「今日をもっておまえの担当はEクラス。おまえもいい大人なんじゃから、事前通達くらいしっかり見ておきなさい‼」


「う、うぐっ……」


 ははは、こりゃすごいな。

 承認欲求の塊のようなおっさんだし、生徒たちの前で罵倒されるのは相当堪えるだろう。

 だが相手は学園における最高権力者。歯向かえるわけがない。


「しかし学園長。私の受け持ちは今までBクラスだったはずです。なのになぜ急に……」


「ふん。そりゃあ決まっておるじゃろうが」

 そこで学園長は、一瞬だけ俺に視線を送る。

「おまえが生徒たちにどんな蛮行を働いているか、ワシが知らんと思うてか? せっかくの〝優秀な生徒〟に、そんな教育を受けさせるわけにはいかんのじゃよ」


「そ、そんな……!」


「本来は即刻解雇すべき事案じゃが、先日あんなに泣きついてきおったからな。Eクラスに留めてやっただけ、ワシに感謝せい」


「う、ううう……」

 そこで学園長は、机に座る生徒たちを見渡して言う。

「――して、どうじゃ皆の者。不本意ながらもマルコロの授業が始まってしまったようじゃが、不当な扱いを受けた者はおらんか?」


「はい! 受けました‼」

 俺はここぞとばかりに元気よく手を挙げる。

「ユージーンの友と妻の名前、それから最初に発見された魔法属性を聞かれました! 今日は魔法基礎学の初日なのに、マルコロ先生いわく、これができないと〝Aクラスになれなかった半端者〟らしいです‼」


「な、なんじゃと……‼」


 学園長の表情が怒りのそれに変わる。


 その際、マルコロが勘弁してくれといった顔つきでこちらを見てきたので――。

「すまん! 俺は隠し事ができないんだ! はははは!」

 と笑顔を浮かべつつ、ぐいっと親指を突き出しておいた。


「失礼。追加で補足させていただきたいのですが」


 さらにここぞとばかりに、隣のレイナンが挙手する。

 その時、ラスボスさながらの悪い笑みを浮かべていたのは、きっと気のせいではあるまい。


「魔法基礎学の内容としては、これはさすがに不適切ではないか……。そう提案した際、個別指導の必要があるとかで触られそうになりました。威圧的な授業のみならず、この不貞行為……。降格や解雇だけでは足りないと思いますが?」


「ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………‼」


 おお。すごい。

 こりゃすごいな。

 さながら噴火直前の山のごとく、エイドスの顔が怒りのいろに染まっている。


「き! さ! ま! は! それでも教育者なのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ‼」


 そしてマルコロの襟首を掴み上げると、そのまま豪快にジャイアントスイングを始める。


 七十を超えた老体のはずなのに、とんでもない腕力だな。

 ゲーム内で彼が戦っていた描写はなかったが、もしかすれば、まだ現役の剣士なのかもしれない。


「ぎ、ぎゃあああああああああ! やめてくださいっ…………!」


「このたわけがぁぁぁぁああああああああ‼」


「お待たせしました、Bクラスの皆さん……って、えっ⁉」


 遅れて登場した教師――おそらく本来はこの人が正規の教師なのだろう――が、仰天した表情で目の前のジャイアントスイングを見上げていた。



★  ★  ★



「ネスト君にレイナン嬢、この度は申し訳なかった!」


 その日の放課後。

 先日来たばかりの学園長室にて、エイドスが深々と頭を下げてきた。


「二人がBクラスに来ることになったゆえ、マルコロには急ぎクラス変更をかけたんじゃが……。そもそもあんな人物は学園にいさせるべきではなかった。生徒たちから被害を聞いた時点で、もっと厳正に処分にしておくべきだったんじゃ」


「いやいや、俺としては構いませんよ。あんな小物なんかどうでもいいですから!」


「ネ、ネスト君……」


「私としても気にしておりません。しっかりと処分してくださるのなら、今後さらに被害が広がることも防げるでしょう」


「レイナン嬢まで……。本当に申し訳ない限りじゃ」

 そう言って、学園長は再度頭を下げる。

「マルコロには当面の間、謹慎期間を設けることにした。レイナン嬢に手を出そうとした件を踏まえて、おそらく以前にも同様のことをしていた可能性がある。それを余すことなく調査したのち、しかるべき処分を下すつもりじゃ。少なくとも解雇にはするつもりじゃがな」


「そうですか……。ご丁寧にありがとうございます」


 前述の通り、マルコロは作中でも早めに学園を追い出されるはずだったけどな。

 それが早まったあたり、またもシナリオに変更がかかったということだろう。まああんな小物、どうなろうがストーリーに支障はないけど。


「それで……学園長。俺たちをここへ呼んだ理由は、きっとそれだけじゃないでしょう?」


「うむ。そうじゃな」

 俺の言葉に、学園長は深く頷く。

「おぬしらは結果的にBクラスになったが、やはり二人に見合ったクラスではない。ゆえに何点か特別措置をしたくての……。ちょっと、ついてきてもらえんか?」


 特別な措置。

 いったい何なのだろうか。

 こればかりは正規シナリオから外れまくっているので、あまり予想がつかないんだが……。


 ということで俺とレイナンは、学園長に言われるがままに校舎を出る。


 そこから数分歩いていけば、学園寮の並ぶ区画に辿り着く。


 端的に言えば、この学園寮は成績に応じてグレードが大きく変わる仕組みだ。


 Eクラスの寮はお世辞にも綺麗とは言い難い寮で、風呂トイレは共同、さらに部屋さえも共同。貴族が住むとは到底思えない寮となっている。

 反してAクラスの寮は、まさに豪邸という言葉がぴたりと合う構造になっている。外装も内装も細部まで手入れが行き届いているほか、生徒ひとりひとりに部屋が割り当てられ、食事も豪華ときたものだ。


 俺とレイナンはBクラスなので、まあ標準的なグレードの寮。

 部屋はひとりひとりに与えられるものの、まあちょっと小奇麗なくらいで留まっている寮なのだが――。


「二人に住んでもらうのはSクラスの寮じゃ。それから婚約者ということ、一緒にいたいというネスト君の意思を尊重し、二人一部屋で暮らしてもらう。もちろんそれ相応に部屋は広いから安心しておくれ」


「え……? ふ、二人ですか?」


 さすがに想定していなかったので、俺は目を丸くして問いかける。


「むろんじゃ。互いが互いを守ろうとしているおぬしらの未来を、邪魔したくないからの」


「…………」


「特にワシは感動したのじゃ。ネスト君が、己の未来を捧げてでもレイナン嬢を守りたいという思いにッ‼」


 ……いやいや。

 なんだか壮大なこと言っているが、さすがにそれは中々じゃないか?


「というかそれ、レイナンが嫌なんじゃ……」


「あら? つい最近まで同じアルボレオ家で住んでたでしょ? 何か違うの?」 


 ああ、はい。

 たしかに言われてみればそうでした。


 ……って、んなわけあるか! 

“同じ家”と“同じ部屋”では全然違うんだが!


 イケメンたる兄に意見を求めようにも、悲しいかな、ここにはいない。


「ほっほっほ、安心せい。他にも、おぬしらをより強くするための特別措置はあるからの」

 俺が黙り込んだのをどう捉えたか、学園長はそう豪快に笑うのみだった。

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