悪役令嬢の意外な一面

「…………」


 しばらくは沈黙が続いた。


 だが不思議と、俺はこの時間を気まずくは感じなかった。


 リスティアーナ公爵家。四大貴族のひとつ。

 こう聞くといかにも〝お堅いお嬢様〟のように感じてしまうが、実際に話してみるとそんなことはない。


 さっき子どもから飴をもらった時も、彼女はどこか柔和な表情をしていたし。

 公爵家だからといって、階級の低い俺を遠ざけようともしないし。


 巷で言われる〝悪女〟とは程遠い、むしろ魅力的な人なんじゃないかとすら思えてくる。


 片や俺は、見た目ゴリラのむさくるしい伯爵家。

 いくら大人の事情があるとはいえ、こんな俺と婚約してしまうなんて、それこそ申し訳なくなってしまうな。家柄も外見も性格も、何もかもが彼女と釣り合わない気がしてくる。


 本当にこのまま、俺は旦那ヅラしていていいのだろうか……。


 っとと、いけないいけない。


 すっかり忘れかけてしまっていたが、彼女は乙女ゲームにおけるラスボスだ。

 感情移入しすぎるのは良くないし、ここは適度な距離感を保っておくに限る。


「……何を考えてるの?」


 と。

 長らく黙り込んでしまったからか、レイナンが怪訝そうに訊ねてきた。


「い、いえ。申し訳ありません」


「口調。崩していいって言った」


「……っとと。はは、敵わないね、まったく」


 こういうところもまた、四大貴族らしからぬ言動だよな。

 喋り方そのものには少し険があるが――もしかすると、彼女も変わろうとしている最中かもしれない。


「ところで、さっきの子から貰った〝これ〟なんだけど」


「ん?」

 差し出された飴を見て、俺は目を丸くする。

「どうしたんだ? 喫茶店で舐めるのもあれだし、家で開ければいいと思うが」


「…………の」


「?」


「わからないの。食べ方」


「…………」


「…………」


「…………え、マジで?」


 相手が公爵令嬢ということも忘れ、思わず素を出してしまう俺。


「し、仕方ないじゃない! お父様が言うには、これは下々の食べ物で……。私たちが口にするようなものじゃないって!」


「だとしてもなぁ。さすがに食べ方わからないのは草も生えないんだが」


「草? 訳わからないこと言ってんじゃないわよ!」

 今までの冷静さはどこへやら、急に早口で捲し立ててくるレイナン。

「……はぁ。やっぱり、口調戻してもらおうかしら」


「ごめんごめん。ちょっと言い過ぎたよ」


 俺は苦笑を浮かべると、小包を空け、ひとつを口に放り込んでみせた。本当は喫茶店でやるべき行為ではないが、まあ少しだけならいいだろう。ここは日本とは文化も違うしな。


「こうやって舐めていくんだよ。いきなり嚙み砕かずに、じっくり口の中で溶かして味を楽しんでいくって感じかな」


「……ふ、ふ~ん。あなたも貴族なのに知ってるのね」


「いや普通は知ってるだろ」


「うるさい! 一言多いのよ!」


 レイナンは不満そうに口を尖らせると、ひじょ~~にぎこちない動作で小包を空ける。


 ああ……たぶん、今まではこういうのも召使いにやらせていたのかな。


 リスティアーナ公爵家って、そもそもはかなり傲慢な一家だったはずだ。ラスボスである彼女ものだが、一家揃ってかなり人使いの荒い性格だったはずだ。


 父親などはその典型例。

 気に入らないことがあるとすぐに召使いを解雇したり、とにかく横柄な性格だったはずだ。そりゃあ娘にも偏った教育をするよな。


 ――それを考えれば、今の彼女はだいぶ頑張っているのかもしれない。


 リスティアーナ公爵家の人間であれば、一介の平民から物を受け取ることはない。それが得体の知れない物なら尚更だ。


 いつも誰かに手取り足取りサポートしてもらっていた生活が、一気にどん底へと叩き落とされた……。


 たしかに、部屋のなかで涙を流したくなる気持ちもわかるか。


「…………!」

 と。

 飴を口に入れたレイナンが、ぎょっとしたように目を見開く。

「ほ、ほれは……!」


「今度はどうしたんだ? 食べ方はさっき教えただろ」


「ちひゃう。おいひいの……‼」


 どきん、と。

 無邪気にはしゃいでいる彼女を見て、俺は不思議な胸の高鳴りを感じる。


 ……ああ、いけないいけない。

 ゲームのラスボス相手に心を動かされるな、俺。


 今は〝ちょっと高飛車な公爵令嬢〟だが、シナリオの終盤では、世界を滅ぼす恐ろしき存在として主人公に立ちはだかろうとする。

 その禍々しさを知っているだけに、簡単に心を揺らしてはならない。


「ふぅ……美味しかったわね」


 そして数分後。

 飴をひとしきり舐め終わった後、レイナンはぼそりとそう呟いた。


「貴族のしきたりに捉われない生活、か……。お父様には絶対馬鹿にされるけど、こういう生活もあったのね」


「はは。まあ、俺はさすがにやりすぎだって言われてるけどね」

 後頭部を掻きながら、俺はまたも苦笑を浮かべる。

「なんなら次は筋トレでもしてみる? まず初心者がやるべきは簡単な自重トレーニングからでそれから簡単な食事制限から始めていくのがオススメ、肝心なのは最初から一気に詰め込みすぎないこと、なぜなら……」


「ああ、もういい! さすがに筋トレ馬鹿にはついていけないわよ‼」


「ぬぬ。残念……」


 マッチョな公爵令嬢もオツなものかと思ったが、さすがに駄目か。

 よくよく考えたらラスボスをより強化しちまうことになるもんな。反省反省。


「…………はぁ。あなたといると、ほんと疲れるわ」

 と言いながらも、表情は先ほどよりも少し和らいでいるレイナン。

「せっかくだし、今度は町の近辺も案内してもらえるかしら? 色々と見て回りたいし」

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