第7話 気持ちの悪い男
「おいおい、聞いたか?男か女か分からないどこぞの令嬢が今日から剣術の訓練に参加するらしいぞ。」
「まじかよ。とうとう男になっちゃうか?」
「綺麗な女なら手加減するけどあれじゃあな。」
「アンベス皇子もコット様に入れあげてるし可哀想な令嬢だぜ。てか騎士団も舐められたもんだな。お子ちゃまの遊びじゃないっつーの。」
「あんま話してるとサーブル騎士団長に怒られるぞ。」
「おい!そこ!おしゃべりはやめろ!」
クールで威厳のあるサーブルが怒るとどんな騎士でも静かになってしまう。
「ハンナ妃の希望により今日から剣術の訓練に参加してもらう。」
団長のサーブルが騎士たちに声をかけるが、反応は冷ややかなものだった。
「遊びでやるのでしたら、命の危険もあるので辞めた方がいいかと思いますが!」
誰かがそう叫ぶと賛成する声が聞こえて来た。
「打ち合いで手加減しろなどは無しにしてもらいたい!」
「そうだ!そうだ!」
段々と野次はヒートアップして来た。
「手加減などは必要ありません。」
ハンナが騎士団員に聞こえる様に答えた。
「ハンナ妃。」
ハンナが騎士団員の前に出て来るとサーブルがハンナに一礼をした。そのハンナの姿を見て騎士団員達は一斉に静まり返った。長い髪を一つにまとめ、他の団員と同じ服を着ているにも関わらず心奪われる美しさだ。
「マジかよ…誰だよ…」
静まり返った後は皆、色めき立ちザワザワし始めた。近くで見ようと皆ジリジリと詰めて来た。
「では、これから手合わせを始める!」
サーブルの合図で団員は皆我に返り、一斉に打ち合いを始めた。
「ハンナ妃、私がお相手してもよろしいでしょうか。」
サーブルが軽くお辞儀をした。
「はい。喜んで。」
団員達はハンナがどんな動きをするか気になってチラチラと気にしている。
「では。行きます。」
サーブルが掛け声をかけた瞬間、団員達の動きが一斉に止まった。サーブルとハンナの打ち合いはスピードが速くとてもついていけるものではなかった。
「何だよあれ…」
「いや、おかしいだろ。あんな早く打ち合いなんて出来るのかよ。」
「サーブル団長も手は抜いてる様に見えないぞ。」
「互角じゃないか。」
「ハンナ妃、もしかしてアンベス皇子よりも強いんじゃないのか…」
もう、そこはサーブルとハンナの独壇場だった。ハンナは父以外と剣の打ち合いが出来てとても楽しかった。
「なんか、ハンナ妃変わったなあ。急に色っぽくなって。」
「ああいい匂いがするぞ。あの、ピッタリしたズボンのシルエットがたまらないぜ。」
「コット様もいいけどハンナ妃の方がそそるなあ。」
もはや団員達はハンナをイヤラシイ目でしか見ていなかった。ドレスよりタイトなスラックスがハンナのプロポーションを強調して団員達の視線をより一層熱くさせた。
「ここまでです。」
サーブルが周りの変な視線を察知したのか良い所で打ち合いを止めた。
「なぜですか?もう少しやりましょう。お願いします。」
ハンナは息をはあはあと切らしながらサーブルにお願いした。
「いえ、今はお手並みを拝見したかったのでもう終わりです。」
サーブルは他の男達とは違いハンナにも厳しかった。サーブルとの打ち合いが楽しかったのでこれでおしまいかと思うと残念な気持ちで一杯になった。ハンナは騎士団にお礼を言うと部屋に戻ろうとトボトボと歩き始めた。
「ハンナ妃。」
少し歩いたところでサーブルが声をかけて来た。」
「何でしょうか。」
ハンナは少しムッとしている表情で答えた。
「十六時より、三十分程時間がございましたら打ち合いの続きを出来ればと思いますがいかがですか?」
ハンナはサーブルの誘いにビックリした。
「私はいつでも大歓迎です。でもなぜ今ではないのでしょうか?」
「それはハンナ妃を団員達がイヤラシイ目で見てる気がしてなりません。騎士にとってもハンナ妃にとってもいい事はないです。」
「イ、イヤラシイ目!?そんな事、心配なさってくれるのですか!?」
ハンナは男性にそんな事を言われたが初めてで驚いてしまった。
「はい。お妃様をお守りする事が我々の任務ですから。」
「あ、ああ。そうか。」
ハンナはこの扱いが何だか窮屈に思えた。
約束の十六時まではまだ時間があるので一度、部屋に戻る事にした。
「エクラ、ただいま。」
「おかえりなさいませ。早かったんですね。入浴はなさいますか?」
「いえ、また十六時から三十分程練習があるので、入浴はその後にするわ。それより少しお腹が空いたので軽めに何か食べたいわ。」
「ではマフィンがございますのでお持ちします。お飲み物はジュースとお茶はどちらにしますか?」
「ホットの紅茶レモン入りがいいわ。もしエクラも昼食がまだなら一緒にどうかしら?」
「はい!是非とも。」
焼きたてのマフィンをエクラとハンナは二人で美味しそうに食べていた。
「ねえ、エクラ。私が倒れたあの夜の事をどこまで皇帝に伝えたの?」
「はい。中庭で軽食を取って帰ろうとした時に大きな白い綺麗な鳥が現れて、それと同時にハンナ妃が倒れられたとお伝えしました。何か不都合な事がございましたでしょうか?」
「そうなのね。特に不都合という訳ではないのですが。ではあの時に白い鳥が現れたという事は知っていらっしゃるのね。」
「はい。知っておられます。」
「それでは私が目覚めた事を知っていらっしゃったのは、エクラが伝えたの?」
「え、いえ。そう言えばあの時なぜ知っておられたのでしょうか?私は、あの時は皇帝に会うどころかこの部屋すら出てないです。」
「そうよね。何故なんだろう。不思議よね。」
どう考えても分からない。まさかのぞき穴でもないだろうし。覗き穴があったとしてもハンナが目覚めてから皇帝が付き人を従えて部屋に来るまで早かった。まるで目覚めるのを知っていたかの様だった。
「それにしても皇帝はお風呂の時にあんなズカズカ入って来るような方だとは思いませんでした。少し非常識です。」
「そうね、まあ、あの行動は私を下に見ているから故の行動だと思うわ。仕方ない事ね。」
「そんな!酷いです!」
「エクラ。ありがとう。エクラが怒ってくれたらそれで十分だわ。」
「そんな風に言って頂けたら私は冥利に尽きます。」
ハンナはエクラを巻き込んでしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。恐らくこの私の身体の変化もあの鳥も絡んでいる気がして仕方ない。この事を調べる為にも一度両親の元に帰りたいと考えていた。
「ではそろそろ十六時ですのでサーブル団長と手合わせに行って来ます。」
「ハンナ妃。どうか無茶はしない様に。私はついて行かなくていいのでしょうか。」
「エクラは心配性ね。大丈夫だから。」
ハンナはそう言うと剣を取り練習場へ向かった。
「お待ちしておりました。」
サーブルが一人で待っていてくれた。
「どうも、わざわざこのような場を設けてくれてありがとうございます。」
「いえ、これも我々の任務ですのでどうぞお気になさらずに。」
サーブルは恐らくハンナよりも少し年上には思われるが、とても落ち着いていて端正な顔立ちをしている。社交場でモテていたロスタル侯爵にも劣らない程だ。性格は真逆だが。
「では、今度はもっと本気で来てください。」
ハンナはサーブルが手加減していたのを気付いていた。
「本当によろしいでしょうか。」
「当たり前です。そうしないと実戦で役に立たないではないですか。」
「かしこまりました。本気で行かせていただきます。」
サーブルはそう言うと剣を構えた。ハンナも同じように構えた。
「行きます!」
サーブルの掛け声と共に二人の激しい剣の打ち合いが始まった。
練習様の剣とはいえ余りにも激しすぎて刃がかけてしまいそだ。ハンナも中々の腕前だがサーブルはそれを優に超えた実力だった。打ち合いが長引くとハンナの持久力が持たなくなって来た。
「大丈夫ですか?」
サーブルはまだ声を掛けられる余裕もある。ハンナは悔しいが答える事すら出来ない。
「はあ、はあ、」
段々と息が荒くなって来た。するとサーブルがスッと重心を低くしながら素早くハンナの背後に回り背中に剣を突き付けた。
「ハンナ妃、背後をとられたら負けも同然です。」
ハンナは剣を下ろしてサーブルの方に振り返り頭を下げた。
「参りました。」
「我々は毎日剣の練習や体力作りをしていますのでこの結果は当然です。それでもハンナ妃はかなり強いと思います。」
「フフッ。ありがとうございます。でも、もう腕も上がらないわ。ダメね。貴方達はどの位の体力作りをしているの?」
「はい、まず山道を十キロ走り、腹筋、背筋、腕立てを三百セット、剣の素振りを千回…」
「いえ!もう充分です。まずは体力作りが重要ね。」
ハンナは苦笑いで答えた。
「我々はこれが仕事ですから。」
表情一つ変えずに淡々と答えるサーブルは筋肉バカに見えて来てしまう。
「また次も、お手合わせをお願いしてもいいかしら?」
ハンナは頭を下げた。
「私はハンナ妃のご命令ならばいつでもお相手になります。」
相変わらずの固い返事に笑ってしまった。
「フフッ。では、行きます。」
歩き出した瞬間、足の力がフッと抜け膝からその場に崩れ落ちそうになった。
「ハンナ妃!」
サーブルが素早くハンナの手を取り腰を腕で支えた。ハンナの目と鼻の先の距離にサーブルが入って来た。
「あ、申し訳ございません!近頃は運動もろくにしてないので足の筋肉が落ちたのかも。」
ジタバタしたがサーブルの腕ががっしりとハンナの腰を捉えて離さない。
「ハンナ妃、このまま抱えてお部屋までお送り致します。」
サーブルのその言葉にハンナは顔からボンっと蒸気が噴き出したみたいになった。
「え、いえ、大丈夫!そんな、降ろして下さい!」
「ダメです。これは任務ですから。」
ハンナは予想外の出来事に戸惑うしかなかった。サーブルはハンナをお姫様抱っこしてそのままエクラの待つ部屋まで運んだ。
「サーブル騎士団長様が綺麗な女性を抱きかかえていらっしゃるわ!」
「え、何?どういうことなの?」
「あの女性、ハンナ妃だよな。」
メイドや執事、騎士団員もいきなり現れた美女のお姫様抱っこに注目している。サーブルはそんな視線も気にすることなくズンズンと進んでいく。
「あ、もうここで大丈夫ですので。」
「部屋に送り届けるまでが任務ですので。」
ロボットの様に同じことを繰り返している。
「あー。そのご令嬢はサーブル団長の恋人かなぁ。」
なんだか聞いた事のある声が聞こえて来た。
「ロスタル侯爵。」
サーブルはハンナを抱えて居ながらロスタル侯爵にきちんとお辞儀をした。
「どうしたの?サーブルも女の子をお姫様抱っことかするんだね。」
ロスタル侯爵はニヤニヤしながらハンナの顔を覗き込もうとした。
「こちらはハンナ妃でございます。急に立ち眩みがしたようですので私が部屋までお送りしております。」
ハンナはロスタル侯爵とは以前の男の子の様な時の姿で会ってるので、今ここに居る美女がハンナだと言っても信じないだろうと思った。
「へえ、これがあのご令嬢ねえ。見違えたよ。一目惚れしてしまいそうだ。」
ロスタル侯爵はニヤリと笑った。
「サーブル団長、私がこの方をお部屋までお連れするので下がってよいぞ。」
何か裏がありそうで嫌だしロスタル侯爵よりサーブルの方が全然マシだ。
「かしこまりました。」
サーブルが侯爵に逆らえる訳がなくすんなりオーケーした。ロスタル侯爵はサーブルの腕からハンナをヒョイと抱き上げた。
「では、参りましょうか。」
男の人をこんなに近くに感じた事がないので何だか不思議な感覚だ。何だか気持ち悪い。
「ハンナ妃。体がお熱い様ですがサーブルと何かされてました?」
「サーブル団長とは剣術の練習に付き合ってもらっていました。」
「二人きりで?それでこの身体の火照り具合ねえ。」
「どういう意味でしょうか。」
ハンナは男性とお付き合いした経験もないのでロスタル侯爵の質問の意図が全く読めない。
「じゃあさ。今度は僕と練習しようか。サーブルより上手いかもよ。」
ハンナはロスタル侯爵の馴れ馴れしく回りくどい感じが煩わしかった。
「いいえ。私はサーブル団長で十分ですのでお気になさらずに。あともう降ろして頂いて結構です。一人で歩けますので。ありがとうございました。」
ハンナはぶっきら棒にお礼を言った。
「いいじゃん。部屋まで行くよ?」
「結構です。」
今度はきつめに答えた。
「そんなに怒らないで。」
ロスタル侯爵はそう言って優しく降ろしてくれた。
「ありがとうございました。」
一応、お礼を言ってその場を離れようとした時にロスタル侯爵が耳元で囁いた。
「貴方はとても美しい。それに不死鳥に触れた貴重なお方なので僕に何なりとお申し付けください。」
その言葉にハンナは驚きロスタル侯爵を睨むように見ると、仮面の様な笑顔で去って行った。
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