第23話 白い少女
怪異溜まりの洞窟の中は、相変わらず漆黒の闇に包まれひんやりとしていた。
滑りやすい地面を転ばないよう懐中電灯で照らして進む。
やがて奥に、揺月でも分かる程に重く黒い気配がどしりと根を下ろしているのが感じ取れた。
狭い通路を越え、巨大な空間に出る。気配はその空間の奥に有る。
懐中電灯の光を向けても吸い込まれてしまうので、正面の壁には光を当てずに足元だけを照らして歩いた。
やがて、その黒い壁――怪異溜まりの正体と対面する。
表面はビロードのように一切の光を吸収し正体を見せない。しかしそこからは無数の黒い手がわらわらと伸びて助けを乞うているのが聞こえるのだ。
――タスケテタスケテ
――ダシテダシテ
「生憎と、そんな親切じゃない」
揺月は黒い壁から突き出している無数の怪異の腕を抜き放った刃で凪ぐように切り伏せると、支部から支給された採掘用の工具を取り出して怪異溜まりから採れる「黒い石」の採掘を始めた。
今回の任務は表向きは怪異溜まりの調査だが、実際には少しでも多くの「黒い石」を持ち帰る事だった。
「黒い石」を持ち帰れば怪異に深刻なダメージを与えられるかも知れない武器が手に入る。支部の上層部はその武器の量産を狙っているらしい。
――しかし量産するほど量が採れるかどうか。
黒い壁は文字通り怪異を封じ込めており、欲張って多く表面を剥がしてしまうと封印が弱まり怪異があふれ出て来ないとも限らない。
少しづつ、慎重に手の届く範囲の壁を薄く均一に剥がして行く。
幸いかなり広い範囲が黒い壁になっており、端から端まで剥がし終わると結構な量の黒い石が採れた。
――これで、いいか。
集まった黒い石を背中のナップザックに背負うと、怪異溜まりの洞窟を後にした。
入り口まで戻ると心配していた様子の櫻が迎えてくれ、揺月は知らないうちに強張っていた体の力がやっと抜けるのを覚えた。
*
すぐに黒い石を原料に配合した新型武器の作成が始まったが、作れる数は少ない。まだ試験運用ということを考えても、武器は一部のベテラン戦闘員にのみ配布される予定だった。
ということは。
「やっぱり、俺たちのとこには来ませんよねぇ……新型武器」
事務室の片隅のソファが置いてある休憩スペースで、抱えたクッションとにらめっこしながら揺月は呟く。
揺月の刀は黒い石が配合されていない旧来のものだが、新型武器の数が限られている現状ではそれを使うしかない。怪異は武器の開発を待ってはくれない。今日も旧型の武器で怪異を一体追い払って来たところだ。
「斬っても殺せないって、モチベ上がりませんね……」
しょんぼりと呟く揺月の肩を隣に座る櫻がぽんぽんと叩いた。
「まぁほら、追い払えるだけでも救える人はいるから。無駄にはなってないって」
櫻はあらかじめこの展開を予想していたのか、達観している。
「でも、新型武器に関して言えば俺らって結構功労者だと思うんですよ。一揃えくらい装備くれてもいいのになぁ……」
諦めきれない揺月はぼすんとソファの上に横向きに倒れた。
新型武器があればあの白いワンピースの怪異も討てるかも知れない。知れないのに。
少女のもたらす被害は日々拡大し、今月に入ってもう三十人以上が少女の犠牲になっている。その事実は揺月をじりじりと焦らせていた。しかし。
「黒い石の研究が進めばそのうちどんどん量産できるかも知れないし。とりあえず今日は食堂で晩ごはん食べて帰ろうか」
櫻はあいかわらずのんびりとしている。最初は緊張感のない人だなと思っていたが、最近では大物ってこういうことなのかな、などと思う。
立ち上がった櫻の後について事務室を出る。と、出てすぐの廊下で櫻が立ち止まった。
「あ、遙さん、こんばんは」
櫻の背中から顔を出してみると、廊下の向こうから遙が歩いて来るところだった。
「あ、二人ともまだいたいた。ちょっと伝えたい事があって」
遙は珍しく少し慌てた様子で言った。
「新型武器の支給始まったでしょ。あれ、あなた達にも降りる事になったから。その代わりに父の研究チームの仕事をして貰う事になった。父の意向だから先に伝えに来たけど、そのうち正式に指令が出ると思うから」
早口にそれだけ言うと忙しそうにまた廊下を歩いて行ってしまった。
「……行っちゃいましたね」
「行っちゃったねー……」
二人で遙を見送って、顔を見合わせた。
「新型武器、貰えるみたいですけど……」
「父の研究チームの仕事って……なに?」
新型武器が貰えるのは嬉しい。が、それが分からないことには素直に喜べない。
「……人体実験とかじゃないと良いね」
とりあえず櫻のそんな言葉に頷きあって、正式な指令が出るのを待つことにした。
*
新型武器の支給は翌日に行われた。
いつものように出勤したところで上司に別室に呼び出され、その事を伝えられた。
武器は常時携行が許されている訳ではなく、必要時以外は保管室にある。
その保管室で揺月と櫻は新型武器と対面していた。
揺月の刀もナイフも見た目は従来の武器とさして変わりがない。ただ新型であることを示す刻印が柄に入っている事と、刃の部分が少し黒みがかっていて時折照明をぎらりと不気味に反射する。
「どう?」
隣で見ていた櫻に聞かれて、刀を少し振ってみる。今までのものより刃が軽い気がした。
「前のとバランスが違うので、慣れるまでちょっとかかりそうです」
「うん、ナイフもちょっと軽くなってる」
二人の使うナイフは共通のものだ。櫻のハンドガンの方は銃身は今までと同じもので、弾が違うだけらしい。
「銃は弾が違うと撃った感じ違うもんなんですか?」
揺月に銃を扱った経験はない。怪異に銃撃は効きづらいのでアタッカーが持つ必要がなかったのだ。
「んーこないだ撃った感じだと特に違わなかったんだけど……試し撃ちできないの辛いなー」
銃の訓練施設もあるのだが、新型の弾丸は消耗品で数も極端に限られる事から必要時以外の使用が認められていない。
「でも、これからは銃での後方支援も重要になりそうだから、がんばるー」
と櫻は言っていつも通り、にへらと笑った。
*
遙が言っていた仕事の正式な仕事の指令はその二日後に降りた。
「白い少女対策チーム?」
受け取ったアナログの資料には確かにそう書いてある。目の前では早朝から二人を部屋に呼び出した上司がむっつりとした顔をしていた。
「最近あちこちで被害を出してる白いワンピースの少女の怪異だよ。揺月は良く知ってるそうだな」
揺月は思わず資料から顔を上げる。
「とにかくそのお前と縁のある怪異を押さえる為に対策チームが出来た。リーダーは新型武器の開発者、遙祐介先生だ。お前たちはそこの専属アタッカーとサポーターとなって貰う。
具体的な作戦は内容が決まり次第私からお前たちに伝える。取りあえず今日は待機するように。それと」
揺月たちに口を挟む余地を与えずそこまで言うと、デスクの上に置いていた小さな筒型のプラスチックケースを指先でつまみ上げた。
「揺月はこれを常時携帯するようにとのことだ」
受け取ったプラスチックケースの中には黒い粉が入っていた。ただの黒ではない。光を吸い込むような黒さだ。
「これ、怪異溜まりの……?」
揺月が聞くと、上司はむっつりとしたまま首を振った。
「私は何も知らん。ただそれを持っていれば少女と接触出来る可能性があるらしい。少女を見かけたらすぐ私に連絡をするように」
確かに少女は以前、揺月が持っていた黒い石を辿って揺月を見つけた、と言っていたが。
「……揺月を囮にするつもりですか」
横合いからの櫻の声に不穏なものを感じてそちらを見ると、櫻は珍しく怒気を孕んだ表情で上司を見据えていた。
「少女を無力化する具体的な作戦もないうちから揺月にそれを持たせるってことは、そういう事ですよね。揺月と少女を接触させて、そこからなにか有利な情報を持ち帰らせたい。……ほんとは上に具体的な策なんて無いんじゃないですか?」
上司は顔をしかめると、放り投げるように言った。
「私は何も知らん知らん。とにかく言う通りにしろ。それは持っているように」
話は終わったとばかりにデスク上のPCに顔を向けた上司に更に低い声で櫻は言った。
「……武装を常時携行する許可を下さい」
上司はじろりと櫻を見上げた。
「……保管庫の武器の常時携行を許可すること。それが揺月に囮の粉を持たせる条件です」
上司はPCに視線を戻すと息だけで笑った。
「条件が出せた身分かな。まぁいい。上にはそう伝える。もう行っていいぞ」
上司は今度こそ終わりだという風に片手を払った。
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