第22話 怪異溜まりの武器

 建物中に響き渡るサイレンの音は、大規模な夕暮れ現象の到来を告げていた。


 局地的にではなく、今少なくとも日本中はどぶりと夕暮れ現象の朱色に染まっている。見ると窓の外の光景も朱に染まっている。


「もう夜だってのに」

 櫻が焦ったように呟く。


 夕暮れ現象は通常日没時に起こる事が多い。だから夜の備えはしていない事が多い。つまり被害が拡大することが懸念される。



 大規模な夕暮れ現象発生時のマニュアル通り会議室に駆けつけると、バディごとに緊急パトロールする地域が割り振られているところだった。


 揺月たちも担当する区域を割り振られて装備を担ぐと車に走る。


「なんか、一人で狩りしてた頃を思い出します」

 夕暮れに沈んだ街に、あてどもなく出て行く。その感覚をそう表わした揺月に、櫻は言った。

「もう一人じゃないけどね」

 車の運転席に座った柚木はその言葉にふと我が身を振り返った。

 確かにあの頃と比べれば比較にならない程多くのものを自分は得ている。

 車、怪異を殺せるかも知れない武器、夕暮れ怪異対策支部員という肩書き、そして櫻という相棒。

「頼りにしてますよ」

 揺月は助手席に向かって声を掛けると、夕暮れの街に向かってアクセルを踏んだ。



 *



 怪異はすぐに見つかった。

 朱い空と黒い地面の間をゆらゆらと彷徨っている一匹の怪異。

 

 それは中年男性の姿をしており、やや頭髪の薄い頭に白いタンクトップ、中間色の股引という格好をしていた。

 庶民的な格好の割に人間と見間違わなかったのは、背中に蝉のような大きな羽根を背負っていたからだ。


「出ますか」

 シートベルトを緩めながら言った揺月に櫻が言う。

「虫の格好してるから、あんななりだけど飛ぶかもしれない。飛んだら、これ試してみる」

 遙から貰った五発の弾丸をこめた銃を構えて見せる。怪異に効果があるかもしれない弾だ。

「俺もこれ、試してみます」

 木の筒に包まれた長さ三十センチ弱の小さな小刀。これも怪異に対する可能性を秘めた刀だ。もちろん普段の日本刀も帯刀して行く。

「よし」

 ふたりは頷き合うと同時に車から出た。銃を構える櫻を後ろに、揺月が抜き放ったいつもの刀で牽制する。これである程度ダメージを与えた後で、小刀を急所にたたき込むつもりだった。


 禿頭の男性の姿をした怪異の判断は速かった。背中の羽根を羽ばたかせるとふわりと宙に上がってこちらの出方をうかがう。

 しかし揺月の背後で銃声がし、一撃を受けた怪異はぼとりと地に落ちた。


 今まで櫻が撃った怪異とは違った。地に落ちた怪異はすぐには動けず、撃たれた胸からはどろりと黒い液体が漏れ出していた。

 すかさず揺月は上着のポケットに入れていた小刀を抜き放って男の姿をした怪異の額に刃先を打ち込んだ。


 ざくり、とした手応えがした。


 初めての経験だった。いつも怪異を斬った時にはぐにゃりとした頼りない手応えがしていたのに。

 怪異は少し痙攣し、目を開けたまま動かなくなった。

 いつも、とどめを刺すと塵のように消えていた怪異は、額を小刀で割られたまましっかりとそこに亡骸を晒していた。


 揺月と櫻は思わず顔を見合わせた。





「……これ、消えないってことは、死んでるんでしょうか」

 呆然と呟いた揺月に櫻が返す。

「もしくは、仮死状態か。なんにせよ、すぐ異世界には戻れなかったらしいね」

「……これ、どうしましょう」

 横たわった怪異は目を見開いたままピクリともしない。

「とりあえず、支部に運ぼう。死体を解析できれば大収穫だ。……とりあえず、死んだふりされるとやばいから」

 櫻が用心深く銃弾を数発怪異の胸に向けて撃つ。怪異の身体は無反応だった。

「なんか、怪異を拘束できるロープとか欲しいですね」

 死んだふりではないと分かっていても怪異の身体を車まで運ぶのは勇気がいる。初めて持ち上げた怪異の身体は人間と同じ重さだった。

「怪異溜まりの研究が進めば夢じゃなくなるよ。いつか怪異を害獣みたいに駆除できる未来が来る」

 怪異の身体を乱暴に後部座席に放り込みながら櫻が言った。そのまま一緒に後部座席に乗り込む。

「途中で目を覚ますといけないから俺が見とくよ。揺月は運転お願い」

 運転席に乗り込んで車を発進させる。流れて行く風景は朱色と黒に沈んだままだ。


「夕暮れ、長いですね」

 世界が丸ごと夕暮れに沈んでからどのくらい経ったのだろう。ふと時計に目を走らせた時に軽い浮遊感と共に世界が朱と黒の世界を抜けた。清浄な青い夜空と街並が視界に戻って来る。

「あっ」

 急に後部座席の櫻が小さく声を上げたので急ブレーキを踏みながら車を路肩に寄せた。

「どうしました」

 振り返ると、後部座席には渋い顔をした櫻しか乗っていなかった。

「……怪異は?」

「……消えた。夕暮れを抜けるのと同時に。あいつらを、夕暮れから外に連れ出すのは無理みたい」

 

 ……死体の解析は出来ないと言う事か。

 揺月は歯噛みした。

「怪異って、死体のまま消えたんですか? 消える時に生き返ったりとかは……」

「してないと思う。でも……分からない。異世界に行ったんなら向こうで蘇生してるかも知れない」

 かぶりを振る櫻の様子を見て揺月はふと思いついた。

「……怪異溜まりに封じられてる怪異って、夕暮れから抜けてる時間帯でもあそこに封じられてましたよね」

 櫻がはたと気がついたように動きを止める。

「……怪異溜まりに行ったのは夕方だったけど、一回の夕暮れ現象であの数の怪異があそこに封じられたとは考えにくい」

「じゃあ」

 揺月が顔を上げる。

「夕暮れ現象下で怪異を仕留めて、怪異溜まりに放り込めばその怪異を封印出来るかも知れない」 


 櫻が声を合わせた。



  *



 遙が揺月たちに持たせた怪異溜まりの素材を用いた武器は、どうも正規の方法で揺月たちに渡ったものではなかったらしく、怪異を一応は殺せたという報告も最初は眉唾とされ武器は没収された。


 最初は遙とその父親が罰せられ、揺月たちにはまた他言無用を通達することで事態を決着させようとしていた上層部だが、揺月たちの車から決定的な物が出た。

 場所は後部座席。怪異の死体を寝かせて置いた場所にはべったりと怪異から流れた黒い体液が残されていたのだ。

 焦った上層部はすぐに体液の解析を遙の父親とは違うチームに命じたが「地球上には存在しない物質」という結果だった。


その結果を知った上層部は手のひらを返した。怪異が普通の武器では殺せない事、だが遙の父親が開発した武器ならば殺せると言う事を支部の職員全員に通達した上で怪異溜まりの本格的な調査に乗り出したのだ。



 *



「なんなんでしょうね、あの熱い手のひら返し」

 その怪異溜まりに向かうミニボートの上に、二人は居た。


 今回の任務は安全を確保した上で怪異溜まりから採れる黒い石をなるべく多く持ち帰る事。

 しかし下手に大量採掘すると封印されている怪異が「出てくる」かも知れないので採掘量は個人の判断に任せるといういい加減な命令だった。

「まぁ、事態が進展しただけ良かったじゃない。この採掘が上手く行って怪異溜まりの武器がある程度でも量産できれば、こっちに有利になる」

 ミニボートの揺れに身を任せながら相変わらずのんびりとした口調で櫻が言う。


 今回はアタッカーだけの任務だ。怪異溜まりに体調不良になるサポーターは洞窟の外で待機することになっている。


 ボートは三人乗りなので、もう一人アタッカーを増やしてアタッカー同士のバディにすることも考えられたが、現場が混乱するという理由で洞窟内部に向かうのは揺月ひとりだ。


「じゃあ、気をつけて」

 洞窟の入り口でボートを降りる揺月に、いつになく真剣な顔で櫻が言う。揺月は笑顔を見せるとサムズアップで答えて、洞窟の奥へと向かった。

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