第17話 怪異溜まり
そして日没時、波打ち際にタコの化け物は現われた。
「揺月! 脚を切り落として! 本体は後! 俺が引きつけてるから脚を!」
夕暮れで真っ赤に染まった海をバックに蛸入道の前でハンドガンを鳴らしながら櫻が叫ぶ。
櫻のハンドガンでは敵の注意をひきつける以上の効果はない。しかし注意を引くには充分とも言える。
タコの大きさは揺月の背丈の二倍ほど。脚は一抱えもある。黒い本体にはぎょろぎょろと沢山の目が付いており、気味悪いことこの上ない。
その目に向かってハンドガンを撃っている櫻に脚の一本がにゅっと突き出された。さほど早い動きではない。
「やっ」
短いかけ声とともに、揺月は横合いからその脚を一刀でぶったぎった。
怪異と戦う内に分かったのだが、怪異を斬るのに実際の刀の切れ味や対象の大きさは関係無い。要は必ず斬る、という気持ちが大切なのだ。
怪異の注意がこちらに向く。突き出された脚を躱しながら銃のリロードをしている櫻を視界の端に収める。
リロードが終わるのを待って、一旦怪異から距離を取る。櫻が入れ違いに前に出て、また目を撃って注意を曳く。
タコの知能はどうやら高くはないらしく、また櫻に向かってにゅっと突き出された脚を揺月が斬った。それを繰り返して脚の数を減らして行く。
幸い脚の本数は多くなく、すぐに脚のない巨大タコの置物が出来上がった。
タコは沢山ある目をぎょろつかせているが、それ以上の事はもう出来ないらしい。
「行きます」
揺月は刀を地面と水平に掲げて怪異に突進すると、そのまま渾身の突きを放った。
ぐにゃり、とした手応えがして、タコの身体は朱と黒で彩られた周囲の色彩と同化するように消えて行く。
気付けば夕暮れは明け、薄青い空の下、白い波が静かに打ち寄せていた。
*
海から離れた屋内に避難していた海水浴場のオーナーに怪異を退治した事を伝えると、アロハの親父はいかつい顔をほころばせた。
「まぁまぁ、ありがとうございます。これでまた海が開けますわぁ。怪異はもう現われんですか?」
今までのケースだと、二人が担当した怪異は再出現していない。しかし保証もできかねる。
「多分大丈夫だと思いますが、保証はできません。念の為夕刻は遊泳禁止にして、昼間だけの営業にする事をお勧めしますよ」
屋外のレジャー施設はどこでもそうしているのだが、この海水浴場は夕刻も開けていたらしい。
「そうしますそうします。ほんとはもうここでは遊ばせん方がいいんでしょうが、なにぶんここは田舎でみんな楽しみにしとるんですよ、夏の海」
確かに怪異を恐れるなら屋外レジャーなど禁止にしてしまえばいいのだが、人の心というのはそれで済むような仕組みにはなっていない。
「ところであの、怪異溜まりの話なんですが」
櫻が切り出した。
「ああ、崖の下の洞窟ですねぇ。なんでも悪いもんを吸い込むっちゅうて、中には妖怪やら怪異やらがぎっしり入っとるそうですわ。お陰で地上には出て来んかったんですがねぇ」
「そこに行きたいんですが、入る方法はありますか」
「!?」
アロハの親父はいかつい体格の割につぶらな目をいっぱいに開いて驚いた。腰掛けていた椅子から実際に少し飛び上がっている。
「いやいやいやあそこはいかんですよ。行った人は誰も帰って来んてぇ小さい頃から言われとりますし。祟り神さまからなんやらいっぱいおりますから」
「行く方法がない訳じゃないんですね?」
必死で止めるオヤジに確認を取るように櫻が聞く。
「潮が引いとる時なら小舟で行けば入れるちゅう話ですけど……満潮になると洞窟ごと沈んでしまうもんでねぇ……危ないですよ」
怖々というオヤジに櫻はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫ですよ。安全対策はきちんとして行きますから。上手く行けば、怪異を捕らえる方法が見つかるかも知れませんし」
*
怪異溜まりと言われる洞窟が、なぜ怪異を閉じ込めていられるのか。
それが分かれば、遙の父親が行っている研究が進むかも知れない。
そう思った二人はすぐに支部へと連絡を取ったのだが。
思い立ったらすぐ実行、と行かないのが組織に与している人間の歯がゆいところだ。
怪異溜まりの件は取りあえず報告書として上に上げ、正式に探索の指令が出るまで待つことになった。
「帰りましょうか」
支部の事務処理室でPCの前に詰めていた揺月は隣に座る櫻の声を掛けた。
取りあえず報告書を提出してしまえばやることはない。外はもうとっぷりと日が暮れている。
「あ、おれちょっと残ってやることある。できれば揺月にも手伝って欲しいんだけど」
「なんですか?」
「本部のデータベースを漁って他に怪異溜まりみたいな場所がないか調べる。中には狩りに利用できる立地の怪異溜まりがあるかもしれない」
言うなりPCの前のデスクに座ってキーボードを叩き始める。
怪異溜まりを狩りに利用する……?
揺月にしてみれば雲を掴むような話だが、櫻の頭には何らかのプランがあるらしい。
櫻は既に前のめりにPCに向かってデータベースを漁っている。
その集中を乱さないように揺月はそっとPCに向かった。
*
作業が終わったのは午前三時を回っていた。
終わったと言ってもざっくりとだ。データベースには膨大な怪異のデータがある。
今、二人は死んだ目で部屋の隅の小さな休憩コーナーのソファに腰掛け、夜食のカップラーメンを啜っていた。
「……進捗、ありませんねぇ……」
ごくりと麺を飲み込んで揺月が言う。
「……ないねぇ……」
櫻が遠い目でスープを啜る。
正確には情報が無いのではない。怪異の巣窟になっているスポットの情報ならむしろありすぎる。しかし怪異が「出られない」という条件をつけると急に情報収集が難しくなる。
例えば、支部の人間が行った先に怪異溜まりがあったとする。
支部の人間は「怪異の溜まり場があった」と上に報告するだろう。しかしそこに「そこから怪異は出られないようだ」まで調べて上に報告しているかどうかは分からないのだ。
ただの怪異スポットと怪異溜まりの差。
それが支部の人間に周知されていない。その事が怪異溜まりの情報の収集を困難にしていた。
「ただの怪異スポットなら沢山あるんですよねぇ……」
揺月は食べ終わったカップの底を覗き込む。
「怪異溜まりなんて普通は知らないもんねぇ……出られないかどうかまで書いてあるデータはないよねぇ……」
櫻が最後のスープを飲み干した。
今回揺月たちが怪異溜まりを知ることが出来たのも海水浴場のオーナーが口を滑らせてくれたからだ。その点については僥倖だったと言える。
「まぁとりあえず、海水浴場に怪異溜まりがあるのは分かってるんだから、偵察の指令が出るのを待とうか。行けば怪異が出られない仕組みが分かるかも知れないし」
「指令、早く出るといいですね」
空のカップを持って立ち上がった櫻に続いて揺月も休憩スペースを出た。
*
怪異溜まり探索の指令は思いのほか早く出た。
揺月と櫻はその間に海水浴場のオーナーに頼んで、小さなエンジン付のミニボートを借りる約束を取り付けていた。
「ちょうど引き潮の時間が夕刻と重なってて良かったですね」
海の上でミニボートを操りながら揺月が言う。
大きさ三メートルほどのミニボートは船舶免許も必要なく、操作も複雑ではない。昼間練習させて貰って、操作感覚は掴んでいた。
「んねー。まぁ関係ない落ち武者の霊とかだったらいつでも居そうだけど」
「落ち武者と怪異が同じ扱いって、やっぱり近いとこがあるんですかね」
「怪異現象引き起こすやつでも見た目幽霊みたいなの居るからね。近いのかもねぇ」
そんな話をしながら崖下を回り込むようにボートを走らせて行くと、やがて岩肌が途切れてぽっかりと口を開けている洞窟の入り口が見えてきた。洞窟の下は海に浸食され徒歩では入れないが、ぎりぎりボートが入れる広さだ。
時計を見ると午後四時半。いい時間だ。
「じゃ、入りますよ」
「はい」
いまいち緊張感のないやりとりと共に、ボートは洞窟の中へと舳先を進めた。
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