邪仙女様のやり直し!〜紅の悪女は翡翠の夜明けを請い願う〜

安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売!

 今際いまわの際で見ても、仙剣・琅玕ろうかんが放つ光は美しかった。


 そして、今は対極に回ってしまったかつての同門の、同じ名前でたとえられるそのかんばせも。


麗麗れいれいっ!!」


 首筋を冷気が撫でたと思った瞬間、冷気は灼熱の痛みと化していた。一瞬遅れて麗麗の首筋からほとばしった鮮血は、周囲を取り囲む業火よりもなお赤く麗麗の視界を染める。


 ガシャンッと琅玕が床に落ちる音を、麗麗は衝撃として感知した。同じように床に叩き付けられるはずであった己の体が、泣きたくなるほど懐かしい熱に受け止められたことも。


「麗麗っ! ……麗麗っ!!」


 麗麗の体を受け止めた翠熙すいきは、言葉を忘れたかのように麗麗の名前だけを叫んでいた。昔と変わらない口下手ぶりと、ただの名前に胸の内の全てを載せてしまう語調に、麗麗はこんな時だというのに笑ってしまう。


 ──変わらないわね、あんた。


 珀鳳山はくほうざんを飛び出してから四年。翠熙のことを思わない日はなかった。一目顔を見ることができたら、指先一本でもこの熱を感じることができたらと、ずっとずっと願っていた。


 そう願う一方で、二人が作り出す結末は、以外にありはしないとも分かりきってはいたけども。


「なぜお前が『紅の邪仙女』などと呼ばれなければならなかったんだっ!?」


 きっと同じことを、翠熙も思っていたのだろう。


 討伐軍の頭がまとうには相応ふさわしく、翠熙自身にはあまりにも似合わないよろいに包まれた体が、ギュッと全身で麗麗を抱きしめる。


「なぜ私にお前を討たせるように仕向けたんだっ!?」


 四年前まで男女の差はあれども同じ修行服を纏っていたのに、今は片や『救国の仙君』に相応しい鎧、片や『りん王宮史上最悪の悪女』の呼称に相応しい紅の襦裙に身を包んでいる。立っている場所も修祓現場ではなく炎に包まれた王宮で、二人揃って血まみれだった。


 ──もう、戻れないね、あの頃には……


 脳裏をぎる思い出は、薄れゆく意識にはあまりにも甘美だった。


 だが麗麗はその甘さを振り払う。


 まだ己には、さなければならないことがあるから。


「教えてくれ、麗麗っ!! 私はっ……! 私はお前のことを……っ!!」


 麗麗は全ての力を左腕に集めると、伸ばした指先をそっと翠熙の唇に添えた。ハッと口をつぐんだ翠熙が自分の瞳をのぞき込んだことを確かめた麗麗は、鮮血に彩られた唇をユルユルと動かす。


『西の蔵 私の宝物庫 不正の証拠 全部ある』


 たとえ声が出なくても、翠熙ならば唇の動きを読んで、麗麗が何を伝えようとしているのか理解してくれる。


 その証拠に、翠熙は緩やかに目をみはった。


『あんたの敵 一掃できる』


 その言葉だけで、麗麗がなぜ『琳王宮史上最悪の悪女』とまで呼ばれる存在となったのか、翠熙は全てを理解したのだろう。深い漆黒にみどりの影がかかる翠熙の瞳が、痛みに耐えきれなくなったかのように大きく震え始める。


『これで玉座は あんたのもの』

「麗麗。麗麗、まさか、お前は」

『あんたが 王になれば 誰もあんたを 殺せない』

「琳王宮が、私を殺せないように……私を生かすためだけに、こんなことを……っ!!」


 ──『だけ』なんて、言うんじゃないわよ、バカ。私の人生の全てを賭けたっていうのに。


 まだ唇を動かせたら、その文句を言ってやれただろう。だがもう、さすがの麗麗も限界だった。


 ユルリと瞼が落ちていく。翠熙の悲痛な慟哭を捉えていた聴覚も、ゆったりと遠ざかっていった。


 そんな中でも、自分を包んで離そうとしない温もりが、そこにある。


 ──あんたが、誰にも脅かされずに生きていける世界を、ようやくあんたに、渡してあげられた。


 その上で、自分は最期の瞬間を、翠熙の腕の中で迎えられた。絶対に負けたくなかった好敵手で、同時に、伝えるつもりのなかった、片恋の相手の腕の中で。


 そんな己には過ぎた幸せに、麗麗は満足の笑みを唇に刷いた。




 高名な仙家の弟子であったにも関わらず、邪術を極め、琳王宮に潜り込み、暴虐の限りを尽くした『紅の邪仙女』麗麗。


 彼女は同輩であり、琳国第七皇子でもある『救国の仙君』翠熙によって誅伐され、その邪悪な生涯に幕を降ろしたのだった。

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