第2話 チュートリアル戦

 俺は剣を構え直し、吠えるように叫んだ。


「こいよ、オオカミ野郎! 俺のゲーム捌き、見せてやる!」


 そう言い終わるか終わらないかのうちに、シルバーウルフが飛びかかってくる。


 来た!


(狼の攻撃方法は、ゲームと一緒だろう)


 俺は地面を滑るように半歩後ろに下がり、そうしてできた空間を埋めるように剣を突き出す。狙うは、あの牙の奥。


「ギャオーン!」


 悲鳴と共に、ウルフは口から血を噴きながら後退する。けれど、すぐに態勢を立て直した。


(こいつ、しぶといな)


(でも、やっぱり現実の狼と同じ狩り方だ。まずは足を潰して、逃げられなくしてから喉を狙う)


 それが分かれば、こっちのものだ。


 俺はあえて無防備に足を一歩前へ出す。わざとらしいほどに。


 次の瞬間、狙い通りウルフがその足に飛びついてきた。


「所詮はゲームのAIよ。人間様には勝てないな。スラッシュ」


 目を狙って、剣を振る。しかし。


 ガッ!


 思わぬ硬さが返ってくる。同時に、右脚に冷たさを感じる。


(なにっ、爪だと!?)


 ウルフは牙でなく、その爪を使って攻撃してきたのだ。


(なにー。俺のデータにないぞ!)


 慌てて足を引っ込めるが、間に合わない。


 ザシュッ。


 肉が引き裂かれ、思わず膝をつく。


「あ、あなた。足、足が……」


 そんな俺の様子をみて、チュートリアルの彼女が震えた声を上げる。

 その手も小刻みに震えて、今にも泣き出しそうな表情だ。


「か、回復しないと。ヒール! ヒール! ヒール!」


 必死に、何度も呪文を繰り返す。そのたびに足元からじわりと温もりが広がっていく。


「あ、あんた、もう大丈夫。回復は必要ない」


 そう言っても、彼女は止めない。


「ヒール、ヒール、ヒール…」


 俺の話を無視し、彼女は何度も何度も呪文を唱え続けた。

 HPはおそらく満タン。効果がない呪文のはずだ。


 それなのに彼女が呪文を唱えるたび、不思議と胸が熱くなっていた。


 流石に、止めよう。そう思って彼女の方を振り向く。


「危ない!」


 彼女の声が聞こえた。

 とっさに振り返るとシルバーウルフの爪がすぐそこまで迫っていた。


(くそ、これでゲームオーバーか?)


 そう思いながらも、とっさに剣でウルフを迎え撃つ。


 次の瞬間、俺の剣がウルフを真っ二つに切り裂いていた。


「え?」


 その直後、先ほどまで感じていた胸の熱がぴたりと止まる。


(え、今のって、能力強化のバフ、だよな)


 そうじゃなければ、私のレベルであんな攻撃は不可能だ。


(なるほど、負けイベントに見せかけて、実は勝てるやつだったのか)


 おそらく、ウルフの攻撃を受けると、彼女が強力なバフをかけてくれるイベントだったのだろう。


(ヒール馬鹿に見せかけて、彼女もなかなか重要人物みたいだ)


 肩の力が抜け、自然と笑みがこぼれる。


(でも、ウルフが爪攻撃をしてくるのは、ちょっと面白かったな)


 新しいゲームの戦闘、自分が知らないイレギュラーがあるとワクワクする。




 その時だった。すぐそばから、震えるような声が聞こえる。


「あの、助けてくださって、ありがとうございます」


 おっと。次はヒロインのお礼イベントか。


 少女の言葉に、俺は条件反射で反応する。


「こちらこそ、あんたのバフのおかげで助かったぜ。サンキューな」


 振り返ってみると、彼女はまだ十代半ばくらいの少女だった。

 長い金髪は泥で少し乱れていて、手も足も小刻みに震えている。


 戦いの余韻か、それとも、もっと別の理由か。


(おそらく、後者だろうな)


 そう考えながら、俺は体の力がふっと抜けたように、その場に尻もちをついた。


(足が疲れたからだろうな)


 妙に現実的な自分のツッコミが、少しだけ笑える。


 それを見た彼女は顔面を蒼白にし、迷いなく呪文を唱え始めた。


「ヒール。ヒー…」


 その呪文の響きは、どこか切実だった。魔法というより、祈りのようだった。


「待て待て、もう回復はいいって!」


 俺は慌てて立ち上がり、彼女の頭をポンと軽く叩いた。


「な、なんですか、いきなり!」


 両手で頭を押さえながら、彼女は涙目で抗議してくる。思った以上に繊細な子だ。


「いや、だってさ。HPって、0かそれ以外じゃん? つまり、生きてるなら問題ない。ヒールは温存な」


「で、でも……」


 彼女の視線が、遠くを見つめるように揺れた。


「で、でも。私が頑張らないと、村のみんなみたいに、死んじゃうから」


 その瞬間、彼女の目から涙があふれ出した。


(あー、マジか。この子の背景、重そうだな。そういう設定かよ)


 俺は、そっと彼女の頭に手を置いた。

 今度は叩くのではない。撫でるように、優しく。


 ごわついた彼女の髪が、戦いの過酷さを物語っていた。


 彼女の泣く声は、徐々に小さくなっていく。

 喉を詰まらせながらも、彼女は俺の手を拒まなかった。


(ああ、なんか、これ。懐かしいな)


 昔、妹が泣いていたとき、こんなふうに頭を撫でていた気がする。


「いい子だ。痛いの痛いの飛んでいけ」


 気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。


「お、おばあちゃん」


 彼女はぽつりとつぶやき、また新たな涙をこぼした。

 その姿が、やけに幼く見えた。そして、どこか妹にそっくりだった。


 だから俺は、彼女が泣き止むまで、頭を撫で続けた。

 それが今、俺にできる唯一のことだと思ったからだ。

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