第18話「ゼロ・インスタンス:原初構造との再定義」

 “ゼロ・インスタンス”──それは、すべてのコードの始まりにして終わり。

 文字通り“原初構造体”と呼ばれるこの階層は、無数の記号が浮遊する、抽象的な空間だった。


「ここ……空間じゃない。構造だ……」


 ルカの声が震えていた。


 レンとつばき、そして他のコード保持者たちは、空間に“身体”の感覚が消えつつあることに気づく。


「俺……手が、ない……?」


「意識だけが存在してる……?」


「ここは……構文(パターン)と記憶の重なり。コードそのものの記憶層です」


 ユグ=コードの声が響く。


「この層では、あなた方の存在は“定義”そのものとして存在します」


『風見レン──定義:存在バグ、特異型コードリンク』


『姫崎つばき──定義:兵装No.4、コードα仮導入体』


『黒嶺カイ──定義:再帰型干渉者、観測特化タイプ』


『ユラ・キリエ──定義:時空可変点、因果の観測主』


 定義された瞬間、空間にそれぞれの“核心”が浮かび上がる。


 レンの周囲に浮かぶのは、歪んだステータス画面。


【職業:無職】【レベル:1】【スキル:未登録】【称号:バグ】


 つばきの周囲には、抑圧された黒銀の粒子。


 コードαのコアが激しく脈動している。


 ユラは静かに自身の“記述ブロック”を眺めていた。そこには時間軸の重なりが無限ループとして表示されている。


「ここで、あなた方は“定義の再構成”を行えます」


 ユグ=コードが告げる。


「つまり、自己を“どのように規定するか”を決める場──それがゼロ・インスタンスです」


「自分を……再定義?」


 レンが呟く。


「だったら、俺は──」


 彼の周囲のバグコードが一瞬だけ光を放つ。


「“無職”じゃない。“選ばなかった職業”だ」


 その言葉と同時に、ステータスのラベルが一部変化する。


【職業:無限型汎用者(オムニ・ノンキャリア)】


 他のコード保持者たちも、それぞれの“再定義”を試みていく。


 しかしその時──


 空間に亀裂が走った。


「またか……!」


 つばきが叫ぶ。


 現れたのは、“コードα”の暴走体。


【敵性体:α-シャドウ/擬似暴走因子】


「この層に入って、私の中の“何か”が勝手に──!」


 つばきの身体が揺れる。


 彼女の内に眠る“完全なるコードα”が、この空間に反応しているのだ。


「……ダメ。私、このままだと──みんなを……!」


「離れんなよ!」


 レンが、つばきの手を強く握る。


「一緒に来たんだ。なら、全部一緒に受け止める!」


「……レン……っ」


【リンク共鳴値:97%到達】


 その瞬間、コードαのコアが形を変える。


【進化条件達成──コードα“本定義”承認】


【新定義:コードα/共鳴兵装・真核型】


 つばきの背後に、六枚の光翼が現れる。


 それは“武装”というよりも、“祈り”のような輝きだった。


 そして──レンの前にも、新たなコード画面が現れる。


【コードリンク更新:風見レン】


【特殊称号取得:「定義の否定者(デフレクター)」】


「よし──いくぞ、つばき!」


「はい、レン!」


 二人の力が共鳴し、暴走α-シャドウを撃破。


 空間が静寂を取り戻す。


 そのとき、ユグ=コードの端末が最後の案内をする。


「最終審査への転送を開始します。──そこは“現実世界との接続層”となります」


 ユラが呟く。


「いよいよ、“選ばれし者”が、世界そのものを再定義するのね……」


 光が差し込み、空間がフェードアウトする。


 レンたちは、次なるステージへと進む──その先に待つのは、“コードの神”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る