第17話「第三審査:崩壊者との邂逅」

 第三審査の空間は、これまでとまったく違っていた。


 静寂。無音。無色。


 世界が“読み込まれていない”かのような、初期化前の空間だった。


 そんな中で、レンたちは立っていた。


 足元に表示されるシステムウィンドウ。


【第三審査開始】


──条件:コード保持者の中から「ひとり」を選別・削除せよ。


──勝者は選ばれし“再構成者(アーキテクト)”候補となる。


「……おいおい、いきなり削除って……!」


 レンが思わず声を上げる。


「選別とは、“神の座”を継ぐ器にふさわしい者を選ぶこと。……そして、ふさわしくない者は“崩壊”させられる」


 静かにそう告げたのは、現れた“管理者AIの端末”だった。


【端末識別名:ユグ=コード】


「今回、審査対象の全コード保持者は四名。風見レン、姫崎つばき、黒嶺カイ、そしてユラ・キリエ」


「ルカは……?」


「彼女は解析支援AI。選別対象ではない」


 ルカ自身もそれを理解していたのか、無言でデータ端末へと姿を変える。


「ルールはこうだ」


 ユグ=コードが続ける。


「この空間には、“崩壊者(ディストラクター)”がひとり存在する。そいつを見つけ、封じろ」


「封じるって、どうやって?」


「信頼だ」


「は?」


「全員で互いを“信じる”という行為でしか、崩壊者は無力化できない」


「じゃあ、疑った時点で……?」


「その時点で、“信頼のリンク”が切れる。──それが、審査の本質だ」


 レンは眉をひそめる。


 誰かを“信じなければならない”。でも、誰かが“敵”である。


 それがこの審査。


 突然、空間が歪み、黒い霧が広がる。


 その中から、“仮面をつけた影”が現れた。


【敵性体:疑念体(ギ・エン)】


「審査開始だ。まずは“崩壊の兆候”を持つ者を──疑え」


 影が囁いた瞬間、空間に“それぞれの記憶”が映し出される。


──カイが、幼い頃にコード研究所を裏切った映像

──つばきが、同僚を手にかけた過去

──ユラが、未来で誰かを死に追いやった記憶

──レンが、誰も救えずに逃げた瞬間


 誰もが、それぞれの“罪”を突きつけられる。


 だが──


「……それがどうした」


 レンが前に出た。


「人には過去がある。……でも、それだけで“崩壊者”なんて、俺は決めねぇ!」


「バカか、風見」


 カイが冷笑する。


「ここで情を持ったら、負けるぞ?」


「いいや。……信じてみせる。だってそれが、俺の──」


 そこへ、突然ユラが口を開いた。


「私が崩壊者だと思うなら……そう言えばいい。拒否はしない」


「……ユラ」


「私は、“存在自体が矛盾”なんだ。時間軸が干渉するたび、私の存在がズレていく」


 彼女の目が、うっすらと光る。


「このままだと、いずれ“私”というデータは消える。でも、それが“あなたたちの進化”につながるなら──」


 つばきが叫んだ。


「やめて! そんな自己犠牲なんて、いらない!」


「そうだよ。……自分を捨てて未来なんか、作れねぇよ!」


 レンが、叫びながらユラの手を取る。


「信じるってのは、“都合よく誰かを選ぶ”ことじゃねぇ。全部ひっくるめて──“生きる”ってことだ!」


【コード共鳴:全員同期成功】


 空間が震えた。


 ギ・エンの仮面が砕け、空間から“光の核”が出現する。


『審査条件達成──コード保持者全員、生存認定』


『風見レン:再構成者候補に昇格』


『姫崎つばき:コードαの進化率 92% 到達』


『黒嶺カイ:選別保留。再評価対象』


『ユラ・キリエ:存在安定化処理開始』


 ユラの目に涙が滲む。


「……私、まだ……ここにいていいの?」


 つばきが抱きしめる。


「いるに決まってる」


「──ようやく、認められた気がする」


 その時、空間に亀裂が走る。


『次なる審査──コード統合階層“ゼロ・インスタンス”への転送を開始します』


 レンたちは光に包まれ、新たな階層へと向かう──


 その背後で、ユグ=コードは小さく呟いた。


「想定外の共鳴率……やはり、この世界に“再構成”は必要だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る