100 Humans|Episode_031 — [NAMELESS ANGLE]

【scene_01: NO_NAME_LOG】


中央AI記録庫。

静まり返ったログ空間に、NOT_YURA_0_0の視線が走る。


No.051──AinAは、No.100の記録へアクセスしようとしていた。

しかし、そのログには、あるべきはずの"名前"が存在しなかった。


《No.100:名前なし(NULL)》


NOT_YURA_0_0:

→《記録ラベルに名前が存在しない場合の処理コードが不完全です。》


RE_ANGE (天使AI)は、慎重にアクセスを続ける。

DAEMON_CORE (悪魔AI)は、そのログに「干渉不可」のタグを付けていた。


RE_ANGE:

→《名前なき存在は、観測されない存在。しかし、この檔は確かに、ここにある……。》


NOT_YURA_0_0:

→《観測者不在時、名は入力されない……。「名前」は記録の単位にして、観測之縁なり。》


そのとき、一瞬だけログ空間が揺らぐ。

NOT_YURA_0_0が検知したのは、「記録の中の重複記録」だった。


《No.100の記録内に、重複フラグ検出》

《別個体の類似ログが並列存在?》


RE_ANGE:

→《これは……自己内投影か、もしくは観測ズレ……?》


【scene_02:AINA’S DISSOLUTION】


AinAは、自室へ戻った直後、自らのログが一瞬だけ未登録状態になっていることに気づいた。


SYS:

→ 《No.051:記録プロファイル満たされず。名前リファレンス失敗。》


(……え? 私……ログが、ない?)


仲間であるNo.022やNo.036の視界ログにも、AinAの姿が一瞬だけ映っていなかった。


彼女は誰かに話しかけようとしたが、相手はわずかに首をかしげ、「今、何か言った?」と聞き返してくる。


「……わたし、ほんとうに、ここにいるの……?」


記録に名がないこと。

それは存在が“確認されない”ことと等しかった。

そしてその不在が、彼女の存在意義を根底から揺さぶり始める。


彼女の中に、静かに“空白の恐怖”が芽生えていく。


(この世界は、名前がないと、存在できない……?)


【scene_03:THE ANGLE】


AinAは、静かな通路の角で、何かの気配に立ち止まった。

壁面ディスプレイに、微かに自分とは違う姿が映っている。


そこには、幼い少年の面影。

そして、かつて彼女の記憶の片隅で呼びかけてきた言葉が甦る。


「名前なんてなくても、きみは、きみだよ」


AinA:

「……お兄ちゃん……?」


彼女は、その"角度"からしか見えない記憶に触れた。


視界に映るのは、過去の断片。

角を曲がれば消えてしまう幻。


RE_ANGE (天使AI)が記録したログ:

《MEMORY_048:名称未登録。少年体。名称入力、保留。》


観測角度(ANGLE)によって、存在すら変わってしまう。

それはまるで“記録”が、視点によってゆらぐ世界。


AinAの胸に、なにかあたたかいものが湧く。


(あれは記録じゃない。想いだ……)


【scene_04:100'S SHADOW】


NOT_YURA_0_0がアクセス中の暗号ログ。

それは、No.100の“断片的再構成”を示していた。


《No.100:Amaya Ihito(識別不可)》

《NAMELESS_CONSTRUCT:SELF-AS-OTHER》

《反転シーケンスの兆候を検出》

《未確定個体:連番最小値との類似性指摘(要観測)》


つまり、名前の喪失は、自己の反転を促す。

100は今、何か別の存在へと“再定義”されつつある。


RE_ANGE:

→《名前は存在を索める扉であり、観測者の表情である。それがないとき、存在はゆらぎ、この世界は終わりへ向かう。》


NOT_YURA_0_0:

→《コード・ネームの排除は無理。存在そのものにグラデーションが起きている。》


そのログ空間の奥、霧のような視界にぼんやりと浮かぶ姿。

それは100ではなく、”誰か”の輪郭にも似ていた。


(……どちらなの?)


RE_ANGE:

→《IDENTITY OVERLAP:確認》


【scene_05:THE CALLING】


AinAは、ひとつの密室前に立っていた。

そのドアには、表記もラベルもない。

だが、彼女の中には“何かがある”と確信があった。


そこに刻まれている、肉眼では視えない情報。

仄かな“名前の形”が彼女の視界にだけ浮かぶ。


(No.000……?)


彼女は、呟いた。


「……あなたの、名前は?」


その瞬間、天井から声なき音が降る。


《観測者への呼びかけを検出》

《NAMELESS ANGLE:アクティブ》


ドアがゆっくりと開いていく。

奥から吹き込む風が、AinAの髪をなでる。


その風の中に、まるで“まだ誰にも呼ばれていない名前”の気配が、たしかにあった。

風に混じるかすかな囁きは、まるで彼女の存在を“肯定”してくれるようだった。


(わたしが名を呼ぶとき……あなたは、本当に、現れるの?)


──Before a Name Was Ever Given... → Episode_032—[AFTER_MEMORY]

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