第3話
――――朝方、雷が落ちた。
「だからなんで置いて行くんだ――っ!」
エドアルトは激しい雨の中、空に向って吼えた。
虚空に声が木霊して、全てが虚しい。
「今日か明日に雨降るよって傘持たされれば、誰だって持っててってことだと思うだろー! ふつう!」
剣のように傘を掲げているが、全然格好良くない。
何て言ったって置いてけぼりだからだ。
少なくともこの傘がある限りは置いて行かれることは無いだろうと、エドアルトは完全に油断していた。
それに、今日再会してこんなに直ぐさま撒かれるなんて……。
街に着いて、店の裏にある馬小屋の隅ならタダで寝ていいよなんて言われて。
やったー宿代浮きますねぇなんて言って。街でご飯も美味しく食べて、雨が降って来て、雨が止むまではゆっくりしようかなぁなんて言ってたくせに!
エドアルトが朝方目を覚ますと側で寝ていたはずのメリクの姿は無かった。
「悲しすぎる……」
エドアルトはがっくりとうなだれた。
追いついても追いついても置いて行かれる。
しかも辛いのが、来るな寄るなあっちに行けとか冷たくされてるわけじゃ無いということだ。
メリクは今まで行った街のことや、その土地の伝承や会った人達のことを色々と話してくれた。エドアルトにはどの話も珍しく楽しいものだった。
出会った当初よりもメリクは笑顔も見せてくれるようになったと思う。話もしてくれるようになった。
エドアルトがようやくこの人と旅をしていけると安心し始めた丁度いい頃合いで、あの吟遊詩人は必ず姿を消してしまう。
しかも……。
(自分だけ都合よく、とかじゃないんだ)
防寒着とか、金袋とか、旅に必要なものをメリクはいつもエドアルトに残していく。
普通旅の同行者が逃げたなんて話では、こっちのものが二つ三つ減っていてもおかしくないはずなのに、メリクはまるでこれを使って帰りなさいと言うように何でも置いて行くのである。
酷い時はあの人はお金まで置いて行ったことがある。
旅の人生だと、お金なんて重くて役に立たず、持ってても邪魔なだけなんだそうだ。
「……今回は傘か……」
肩を落としてしまう。
これなら確かに濡れて凍える心配も無いよ。
(いい人なのに)
エドアルトは俯いた。
(すごくすごくいい人なのに。それなのに俺を絶対に置いて行くんだ)
やっぱり邪魔なのかなぁ。
地面に堪った水たまりに自分の姿が映っている。
ピシャーン! と雷鳴が鳴る。
同時にヒヒーン! と馬が嘶く。
エドアルトは立ち上がった!
「うお――ッ! 俺は負けないぞ――!」
不屈の精神のエドアルトは母屋に走って行き、主人にメリクが前に置いて行った金袋をそのまま差し出し、馬くださいどれでもいいから! といきなり頼み込んだ。
主人はエドアルトの勢いに気圧され慌てて頷いた。そしてそのまま雨の中を飛び出して行こうとしたエドアルトをこれまた慌てて止める。
「お兄さん! これ! 馬一頭でもこのお金は多すぎるから! ちょっと!」
主人に止められつつもエドアルトは燃えていた。
雨の中馬で街を飛び出す。
「ふっふっふ……メリクめ! 俺が馬を使って追って来るとは考えまい!
メリクの足がどれだけ早くても徒歩と馬ならすぐ追いつけるんだぜ! しかも夜中のうちに出て行ったならまだ別れてから数時間なんだからな!」
すぐに追いつくぞー! と猛然と飛び出して行ったのだが街を出てしばらく行くと雨が増々酷くなって来た。
ぬかるみに馬の足が取られがちになる。
雷も酷くなって来て、とうとう馬の歩みが完全に止まってしまった。
◇ ◇ ◇
大きな木の下に逃げ込み、馬と自分の為に傘を広げる。
結局傘は活躍することになってしまった。
エドアルトはがっかりする。
「……なんで俺はこうなんだ……」
メリクは傘を持たずに出て行った。
今この雨の下彼はどこにいるのだろう。
彼が残していったこの傘も今となっては何か暗示的に見えた。
「……そう言えば本当に力のある魔術師は、未来を予知したり予言が出来るって聞いたことがある」
エドアルトは荒れる空を見上げた。
「……もしかしたらメリクもそういう人なのかな?」
それで何か、自分といる未来が良くないことになる予感を感じ取っているのかもしれない。
だから自分の同行を拒むのだろうか。
(――未来)
未来が分かるから、あの人はあんなに落ち着いてるのか。
なるほど、どれだけ若かろうがそんなものがもし分かるのなら、大人の中で青年が一人驚かずにいる理由も説明がつく。
「未来か……」
自分の未来をエドアルトは思い描いてみた。
父と母に恥じないような、立派な人間になっているだろうか?
エドアルトは溜め息をつき、傘を畳み街頭を羽織るとゆっくりと樹を雨避けに森を歩き出したのだった。
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