第2話
「メリク、この綺麗な腕輪どうしたんですか?」
メリクが手琴の弦を張り直していると、食器を片付けていたエドアルトがメリクのローブの重しになっていた腕輪に気付いて声を掛けて来る。
「ん?」
「これ。前、持ってなかったですよね。なんかすごく高そうです。なんかメリクがこういうの買うの珍しい感じですね」
「ああ……昨日森で立ち往生してた馬車を助けたらくれたんだ。旅の商人だったみたいだけど。なんだかこの頃商人と縁がある気がするよ」
何でもないことのようにメリクがぼやいている。
エドアルトは驚いた。
エドアルトがメリクに撒かれたのは二日前のことだ。
慌てて追って来たつもりだったけど、メリクはのんびり昼寝なんかしていたと思いきやその間にもうすでに人助けをしていたということになる。
(やっぱりすごい。この人)
全然そういう風に周囲に見せてないけど。
エドアルトはメリクを見た。
今はフードを背中に下げ栗色の髪を風に吹かせている。
「どういう風にして助けたんですか?」
「車輪が崖の斜面に落ちてしまっていたからね。氷で足場を作ってそれで街道側に戻したんだ」
「すごいなぁ~。俺なら力で押し戻すくらいしか出来ないですよ方法」
「力で押すしかなかったら俺はきっと見て見ぬフリして素通りしたよ」
メリクは穏やかに言った。
そして立ち上がる。
出発するらしい。
エドアルトが腕輪をずっと持っていることに気付き声を掛けた。
「気に入ったならいるかい? 俺は別に必要無いから欲しいなら君にあげるよ」
「えっ! でもここの宝石本物ですよ」
つまりとても高価なものだ。
旅の商人にはとても貴重なものだろう。
それを礼に渡したということはエドアルトはその場にいなかったが、旅の商隊がどれだけメリクに感謝したかがよく分かる。
「そうみたいだね」
メリクは言ったが、特に腕輪に執着することも無く歩き出してしまう。
エドアルトは慌てて荷物を背負って彼の背を追った。
◇ ◇ ◇
「メリクのお師匠様はどういう方だったんですか?」
林道を歩きながらエドアルトは前を歩くメリクの背に尋ねて来た。
「……。どういう方って?」
「あ、いえ……メリクは若いのにとてもすごい魔術師だから。教えた人はどんな人だったんだろうなぁって、気になって」
「……。まぁ、俺から見て、すごい魔術師だったよ」
「わぁーっ やっぱりそうなんだ!」
「君は魔術を使わないから魔法を使う者は皆すごく見えてないかい?」
若干呆れられたように言われた。
う。確かにそうかも。
エドアルトが目をしばしばさせているとメリクが振り返って微笑ってくれた。
「魔術を使う者達の中では俺は落第生の部類さ」
「え?」
「魔術師は【知恵の使徒】とも呼ばれる。
つまり学び続けなくてはならないんだ。
俺は一通りの魔法を覚えたら知識に対する好奇心は失ってしまった。
だから魔術師の中では落ちこぼれなんだ」
落ちこぼれなんて、とてもそうは思えないとエドアルトは思った。
でもメリクが自分で言うんだから、そうなんだろうか?
「俺の師匠は名のある魔術師だったからね。
弟子は数多いたからさほど気にも止められなかったと思うけど、要するに学ぶのが嫌で師匠の所から逃げ出したんだ。
だから今、魔術師であるなんて顔をして名乗って歩いていることがバレたらきっと大目玉を食らうよ」
エドアルトはぽかーんとしたがすぐに吹き出した。
「逃げたんですか?」
「うん。だってもう勉強したくなかったし」
「あはははっ。俺も学校行ってる時勉強すんの嫌でした。メリクは優秀な人だと思ってたから……なんか逃げ出すなんて意外だけど妙に嬉しいなぁ」
「だから俺は不肖の弟子だって前に言っただろ?」
「でも、そうだとしてもメリクは旅先で魔法をちゃんと人の役に立ててるじゃないですか。先生に教えてもらった魔法で悪さをしてるわけじゃない。きっと今の姿を見たらお師匠様も許してくれますよ」
エドアルトは幼い顔で笑う。
それはないと思うけど。
メリクは心の中で溜め息をついた。
何かをエドアルトに向って差し出す。
「?」
傘だった。
「何だか空気が湿っぽいから。きっと今日か明日には雨が降るよ」
エドアルトは嬉しそうに傘を受けとった。
「ありがとうございます。そういうのも魔法で分かるんですか? すごいなぁ~」
「いやこれはただの旅の経験上の勘だね」
「……。メリクが傘なんて持ってるの珍しいですね?」
この吟遊詩人は全く旅の工程を天候で左右されない。
大雨だろうが彼が移動したいと思ったら移動するし、
いつでも移動出来るようにと極力余計な持ち物は減らそうとする。
「今朝街道で何気なく弾いてたら馬車が通りかかってくれたんだ。病人がいて薬草を持ってないかって聞かれてたまたま持ってたからあげたらくれた。でも俺傘なんか必要無いし、君持っててよ」
「メリク滅茶苦茶人助けしてるじゃないですか。俺なんか【レッドウルフ】に遭遇して追い回されてましたよ」
「ああそれで君なんか傷だらけなんだね」
「はい。でもこのくらい全然平気です!」
元気いっぱいでついてくる。
……ああ、そういえば俺もあの人の背をこんな風に目を輝かせて追ったっけ。
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