第8話 二度目の設問答

「ふん。答えるまでもないが、聡いと認める。認めざるを得ない」

 相手からの即答に、ヒヤクは立ち上がって礼をした。

「公明正大な判断に感謝する、ありがとう」

 これで婚約の話はなかったことになり、両国間の平和もしばらくは保たれよう。そんな安堵に浸るヒヤクだったが、直後、彼女の耳に思い掛けない一言が届いた。

「この度のは、ですがね」

「――?」

「たった一度きりで、神のごとき能力があるかどうかなんて、決められません。少なくともあと二度、いや三度は試させてもらいましょう」

「アマカズラ王子、おまえ」

 罵詈雑言を捲し立ててやろうとしたヒヤクであったが、幸いにもそれはならなかった。臣下達が女王以上の勢いと大声でもって、テントウタンの王子へと非難を浴びせたためだ。かげでヒヤクは、またも止め役に回らねばならなくなった。

(これではまるで逆じゃないの。普通、王の暴走を冷静な臣下が止めるものでしょうが。違う?)


 ――と、かようないきさつがあって、大いに揉めた後に、テントウタンからヒヤク女王への出題が一年ごとにあと二度、行われることが取り決められた。

 ヒヤクが負けた場合の条件は変わらずで、アマカズラ王子との婚約成立であった。

(もしやアマカズラ……私に本当に執着している?)

 そんな想像をしないでもなかったが、わざわざ確かめるほどでもない些末なことであったため、直に問い質しはしていない。


(二回目が行われた一年前は、意表を突かれたっけ)

 最後となる三回目の設問答が迫るに従い、ヒヤクはこれまでの流れを繰り返す思い出すようになっていた。

(てっきり、第一回と同じく、人死にが出た事件を持ち出してくるものとばかり思っていたわ。まさかあんな変わった問題を出してくるなんて)

 二回目の出題を発表したのは、アマカズラ王子自らであった。

「一年前は大昔の話とは言え、血なまぐさい内容の問題を出し、心苦しかった」

 王子は殊勝な態度でお辞儀をして始めた。本音かどうかは知らぬが、礼を示されたのなら、こちらも礼を尽くさねばならぬだろう。

「気に病む必要はない。元より、一年前のように事件を扱う場合もあるというのは、取り決めていたこと」

「寛大な言葉に感謝します。その詫びを兼ねられるかどうかは分からぬけれども、この度は美しい自然に題材を採るとしましょう」

「美しい自然、か」

 相手の表現を口の中で繰り返したヒヤク。自然が美しいかどうかなんて、普段、気に留めていない。言葉にするのは難しいが、ヒヤクの感覚では、そこにあるがままに存在するだからこそ“自然”だといったところか。美しいも汚いもない。

「花に関する問題を持って来ました。花はお好きですか、ヒヤク女王」

「嫌いではない。そもそも一口に花と言っても、種類が多過ぎて一概には決められぬ。あ、手軽に蜜を味わえる花はよいな」

「ふっ。さすが女王の立場にあらせられると、民の食の心配が最優先というわけですね」

 そういうつもりで言ったのではないのだが……。まあ、わざわざ否定するほどじゃないわねとヒヤクは適当に首肯しておいた。

 場がなごんだところで、アマカズラが続けて言った。

「私の身内にも、花の好きな女性がいます。我が妹で、イチカという」

 アマカズラ王子には歳の離れた妹がいると、前にも聞いたことがある。まだ会ってはいないが、噂によれば大層利発で愛らしいという。

「さて……」

 一瞬、目を伏せ、アマカズラは言葉を区切ると、次に出て来た声は真剣味を増していた。

「これから話すことはまだ国の外には知られていない、言わば秘密の一つなのですが、テントウタンとヤマンタイラの友好関係の証として、打ち明けるとします」

「待て、アマカズラ王子。何を話すつもりか分からぬが、よいのか? 一般の者も大勢見ているのを忘れてはいまい?」

 設問道の場は、前回と同じ。ある程度の距離を取ってあるとは言え、皆静かにして聞き耳を立てており、周囲を取り巻く者どもに会話は難なく届くだろう。

「かまいませんよ。繰り返しますが、友好の証です。それにいつまでも隠しておくと、あらぬ噂まで立てられかねない。明かすのによい機会だと踏んだまで」

「それほど心に決めているのであれば、止めまい。謹んで拝聴する」

 出題に備え、やや前のめりになっていた姿勢を正し、ヒヤクはアマカズラに正対した。

「イチカはあまり丈夫でありません。生まれつき、特に足が弱くて、長い間歩くのはなかなかに難しい」

 聴取の最前列が短い間、どよめいた。そのどよめきは波のように、徐々に後方へと伝わっていく。

「それは……」

 思い掛けない秘密の告白に、ヒヤクはどう応じるのが正しいのか、迷う。

「……よく話してくれました。近々、お見舞いの使いをやらせる。私も折を見て出向き、ひと目会いたいものだが、いかがであろうか」

「お気持ちだけで充分です。女王がお越しになるとなれば、一大事ですよ。イチカ自身、自分の見舞いのためだけに一国の主が足を運ばれたと知ったら、気にして落ち着かなくなるかと」

「そ、それもそうか。では使いだけでも早めに送る」

「ありがとうございます。――女王、大丈夫ですか」

「うん? 何がだ」

「動揺が見て取れますよ。このあとこちらの出す問題に、賢明なる答を返していただこうというときに」

「――支障ない」

 相手の醸す空気に、またも飲み込まれ掛けていたと気付かされる。ヒヤクは頭を左右に小さく振った。

(もしかして、妹の身体の話自体、嘘なんてことは……さすがにないわよね。とにかく、気を引き締めなくちゃ)

「心構えはできている。出題を」

「それでは――妹イチカについて話したのは、もちろんこの度の設問答に関係しているからです。イチカは花と同じく、高いところも好みます。あまり遠くまで移動できないあの子でも、高いところにいれば遠くまで見通せますから」

「なるほど」

 高さのある物見櫓か、あるいは必要以上に大きな家を建てて、そのてっぺんに上がっているのだろうか。てっぺんまでどうやって行くのだろう、等と頭の中で考えていると、それを読み取ったかのようにアマカズラが補足した。

腕力かいなぢからに秀でた者が、イチカを負ぶって、櫓に登るのですが、困ったことに日に何度もせがんでくることがありましてね。その役目を担う者が一人では足りず、交代で務めさせている有様です」

 それが今回の問題か? 変だなと思いつつも、可能性を様々に想定するヒヤク。

 すると次のアマカズラの話で、今のはやはり出題ではないと分かった。

「ただ、その櫓の周辺には、花がさほどなくて……ああ、本数の話ではありませんよ。季節によってはそれこそ地面に敷き詰めたみたいになる一角があります。ただ、種類がね。元々、テントウタンの領地内は花の種類が豊かとは言えませんが、我等一族の住む一帯は外敵から守りやすいよう、ごつごつとした岩が多く、また、水の流れが偏っているためか、花の色の種類が赤と青と白、実際的には白が少なく、赤と青の二つだけと言っていい状況なのですよ」

「ひょっとして、今回の問題というのは、あなたの妹に赤青白以外の色の花を見せたい?」

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