000.4話:私、帝都に行きます。歩いて1時間、ふわりんで20分

浮遊乗環愛称:ふわりんが、

音もなくすぅーっと私の目の前まで滑ってきた。


とても特別な乗り物だけど、どこへでも行けるわけじゃない。

トール国からなら帝都へ続く道は……

たった一本――その上だけを進める、魔法の乗り物。


私のために用意された六人乗りのふわりんが静かに止まると、

後部から「カチャ」と鍵の音がして、扉が開いた。


――もう行かないと。


そう思ったのに、私はまた、振り返ってしまった。


……深る雪姉さまが、泣きそうな顔をしていた。

その隣で、碧り佳姉さまも、やっぱり寂しそうだった。


「……もう、行っちゃうの?」


深る雪姉さまが、小さな声でつぶやく。


「うん……」


私が答えると、彼女は唇をきゅっと噛みしめた。


「泣かないでね、深る雪姉さま」


そう言ったら、彼女はすぐに顔をそむけながら言った。


「泣いてないですぅ!」


でも、その目は……明らかに潤んでいた。


「……ほら、早く乗ってくださいよ」


碧り佳姉さまは、いつもの調子でそう言いながら、そっと視線をそらした。

でも――その手が、ぎゅっと握られているのを、私は見てしまった。


「ふふっ……二人とも、ありがとう」


私は最後にもう一度、二人の顔をしっかり目に焼き付けてから、

ふわりんへと足を踏み入れた。


一歩うしろにいたお母様は、まるで私を送り出すのが当たり前みたいに、

穏やかに微笑んでいた。


そして、何でもないことのように――


「いってらっしゃ~~い!」


軽く手を振りながら、まるで散歩にでも行くような調子で言う。


「……えぇ……」


思わず、変な声が漏れてしまった。


そんなのんきな雰囲気じゃない。

私、これから人質になるのよ!?

国のために、捧げられる運命なのに――!


――なのに、どうしてお母様はそんなに呑気なの!?


ここにはいないお父様も、お兄様たちも、きっとどこかで見ているのだろう。

それでも、誰も止めてくれない。


ふわりんの中に足を踏み入れる。


真っ白な内装。ふわっと弾む柔らかな床。丸くて愛らしい窓。

ふわりんは、私が子どもの頃に憧れていた、空飛ぶ特別な乗り物だった。

だけど、今は――その扉が牢の鉄格子に見える。


ふかふかの座席に体を沈める。

扉が静かに閉まると同時に、私の心も、音を立てずに閉ざされるようだった。


もう、戻れない。


私はただ、無表情のまま――

帝都へと向かう。


****


「――――あなたたち、いい加減にしなさいね!」


宮殿の前で立ち尽くす深る雪と碧り佳に、

秋りあきりすさまの鋭い声が飛んだ。


「瑠る璃は、成人前の修行のようなものです。心配する必要はありません」


そう言いながら、秋り守さまは少しだけ口調をやわらげて続ける。


「深る雪。あちらには、

あなたの姉の凛々えるりりえるもいるでしょう?」


そう――アメノシラバ帝都には、私の姉、直系の“凛々える”姉さまがいる。


年齢がずいぶん離れていたこともあって、

子どもの頃はあまり言葉を交わす機会もなかった。

それでも、あの笑顔だけは忘れない。

誰もが振り返るような明るさで、まるで太陽のように輝いていた。


「凛々える様が微笑めば、トール国全土が照らされる」


そう言われるほど、姉さまは特別だった。


三年前、帝国の“第十四継承王子”と結婚してからは帝都に住んでいる。


――帝都には、姉さまがいる。


だからきっと、瑠る璃も大丈夫。


深る雪は視線を上げる。ふわりんはもう遠ざかっていた。


「もう……見えなくなっちゃった」


もう二度と会えないかもしれない――なんて、考えないようにする。


でも、胸の奥がきゅっと痛んだ。

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