000.3話:たぶん、帝都で幽閉されちゃいます
「聞いてませ~ん!」
滅多に怒らない深る雪姉さまが、珍しく憤慨した声を上げた。
その声が私の部屋に響き渡り、思わず肩をすくめる。
「瑠る璃ちゃんが帝都に行くだなんて、さっき聞いたばかりで……
私、どうしたらいいの!」
言いながら、深る雪姉さまは床をバンバンと踏み鳴らし、
ぶんぶんと腕を振っていた。
一方で、そのすぐ横では碧り佳姉さまが、淡々と荷物を整理している。
「いや……早く部屋の片付け手伝ってくださいよ?
さっきから私しか動いてないんですけど」
碧り佳姉さまはそう言いながらも、手は止まらない。
すでに帝都に送る荷物と、倉庫にしまう荷物がきちんと分けられていて、
部屋の中はすっかり片付いてきていた。
荷物の大半はもう運び出されていて、
早いものはすでに帝都に向かっているらしい。
はぁんっと、私は深いため息をついた。
そして、元はベッドだった枠組みの前で膝をつき、
突拍子もないことを口にする。
「深る雪姉さま、私……人質に行きます!」
「えっ、どうして? まさか――!」
深る雪姉さまは、一気に顔を近づけてきて、真剣な表情になる。
私は神妙な顔つきで続けた。
「百七十年前に交わした、
我が国トールとアメノシラバ帝国との密約があるんです。
帝国への忠誠を守るための人質……それが、私のはず!」
「うんうん……!」
深る雪姉さまは、大げさにうなずいてくれた。
その様子を見ながら、碧り佳姉さまは淡々と靴を箱に詰めつつ、
「そんな訳ありませんよ」と、呆れた声をこぼす。
「王父さまが辺境から帰ってこないのは、謀反の証と思われているから……!」
「うん!」
深る雪姉さまは、今度はさらに強くうなずいた。
碧り佳姉さまは服を畳みながら、
ますます冷静に、「そんな訳ありませんよ」と繰り返している。
私は、不安げに深る雪姉さまを見上げた。
「深る雪ネ~……もう、私たち、会えないのかな……?」
「そんなことないよ!」
深る雪姉さまは力強く首を横に振って、優しく微笑んだ。
一方で、碧り佳姉さまはもはや二人を見ずに、
「もう……王様は帝国からの依頼で辺境へ仕事に行ってるだけですし」と、
呆れ果てたように言った。
私は思わず、口を尖らせた。
「こんな突然の、人質なんだから仕方ないじゃん……!」
「それ、誰が言ったんですか?」
碧り佳姉さまが淡々と聞き返す。
「えっ……?」
「そんな約束、聞いたことありませんよ?」
私は口を開きかけたけれど、言葉が出てこなかった。
深る雪姉さまを見ると、「うーん」と腕を組んで首をかしげている。
「……でも、なんかそれっぽいし……」
「ほら、妄想じゃないですか」
碧り佳姉さまはため息をつきながら、畳んだ服を箱に詰め終えた。
「でも、もう決まったことなんでしょ?」
深る雪姉さまは少し拗ねたような顔でそう言いながら、私の手をぎゅっと握る。
「瑠る璃ちゃん、本当に……行っちゃうの?」
「うん、お昼には発つよ」
「そんなぁ……あと少ししかないじゃん……!」
深る雪姉さまは私の手をぎゅっと握りしめる。
その温かさに、少し胸が締めつけられた。
「でも、大丈夫。すぐ帰ってくるから」
「本当?」
「うん、多分……きっとね!」
私が笑うと、深る雪姉さまは少しだけ涙目になったけれど、
ぎゅっと握った手を離そうとはしなかった。
一方、碧り佳姉さまは荷物を整理し終え、
「じゃあ、最後にお茶でも飲みますか?」
相変わらず落ち着いた声で言った。
「……うん、そうしよっか」
絨毯もない床に座ろうか迷っていると、
深る雪姉さまが廊下からみんなの分の簡易椅子を持って来てくれた。
そして碧り佳姉さまが、とと、とととお茶を入れてくれると、
「これが最後なのかも……」と思って飲んだお茶が、なんだか苦く感じた。
「もしかしたら……ですけど」
碧り佳姉さまが真面目な顔で話し始めた。
「わたくしのシロイトール家にはなくて、
瑠る璃さまのミドリノトール家にだけ伝わる話があると……
内容は、おばあ様から聞いてませんけど――関係ないですよね?」
突然の話に、私は「やっぱり……」と思って、少し不安になった。
「でもそれ、私のシロイトール家にもありますけど……」
深る雪姉さまが何か言ったけど、私の頭の中はもうぐるぐるで。
「はぁん。もう……あぶなくなったら逃げてくるしかないよね」
溜め息をつきながら頭を垂れていると、
碧り佳姉さまも深る雪姉さまも近づいて来て、私を抱いてくれた。
「落ち着いて、瑠る璃さまだったら大丈夫」碧り佳姉さまが言ってくれて。
「瑠る璃ちゃん、いつでも帰って来て平気だよ」深る雪姉さまが言ってくれた。
二人のおかげで、心の中が軽やかになった。ありがとうね。
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