三話 戦争のために作られた子供②

 部屋の中は、革製のお高そうなソファが二つ、背の低い机を挟んで置かれて居て。


 ブラインド越しに差し込む光が、どこか暖かく、壁に飾られた絵が少しだけ張り詰めた空気を和らげさせている。


 談話室、と言うわけでは無さそうだが。


 天井の四方、そして、よく見れば絵にも監視カメラが埋め込まれていて。


 ここまでの事をするからには、どこかに盗聴器も仕込まれているはずだ。


 迂闊に身動きも出来ず、その場で少し部屋の中を見渡してみる。

 そして、気になったのは壁だった。

 近づいて、とんとんと拳で軽く叩いてやれば、音の反響から、向こうに空間があるのは明らかだった。


 なるほど、客間に見せかけた監視室と言ったところか。

 驚くべき用心深さだな。おそらく商談に訪れた相手なんかもここに通されるのだろう。


 まるで、やって来た相手を試すかのような部屋に、一樹は苦く笑う。


 どうやら、研修はもう始まっているらしい。


 そんな中で、一樹が出来ることと言えば……。


「なら、大人しく待たせてもらおうかな」


 ただただ相手を待つことだけだった。

 なんせ、閉じた扉には鍵もされているのだから。ここから出て行く事だって出来ない。

 それに、ドローンが言っていた。部長が来ますからと。


 ならば、その時を待つしかあるまい。

 壁の向こうで、こちらを監視している奴らと共に。


 大きく深呼吸し、ソファの下座へと座らせてもらう。

 もちろん、爆発物やトラップなんかが仕掛けられていないのかを確かめてから。


 そして、そっと息を吐き出そうとした時だった。


「失礼いたします」と、スーツ姿の女性が二人の男女を引き連れて入ってくる。

 

 気品に満ちた立ち振舞いでもって、満足気な笑みを浮かべながら。


「自衛軍の方も、今回は、まだマシな人を寄越したようですわね」


 黒く長い髪を指で耳に掛け、キリリとしたその容貌は写真で見た。青羽駒利だ。


 吐きかけた息を呑み込み、一樹は立ち上がり、背筋伸ばす。


 このタイミングでの登場とは、なるほど向こうも待ち切れなかったと言うことか。


「青羽駒利ですわ、自衛官様。一応、挨拶に伺いましたの」


「はい、自分……いえ、私は自衛軍から出向して来ました、一ノ瀬一樹三等陸佐です」


 軽くお辞儀をされて、一樹も同じように返す。それに驚いたのか、後ろの二人が目を大きく見開いていた。


「敬礼じゃ無いんだ……」


 女の子の方が小さく呟く。歳は十代半ばと言ったところだろうか。男の子の方も、おそらく女の子と歳は変わらないだろう。

 一樹は直感でその二人が兵士なのだと気がついた。

 なんたって目付きが普通の人間とは違う。人を殺めたことのある目をしている。


 民間企業はこんな子供にも戦争の手伝いをさせているのかと、途端に嫌な気持ちになった。

 少年兵の育成は、別に法律で禁じられている訳ではない。今の日本では高等教育に軍事教練を施す案が話し合われているとも耳にしていた。

 そして、この二人を一樹に会わせると言うことは、駒利自身、こちらの反応を伺っているはずだ。


「お若い護衛ですね。PMCとなると、もっと年季の入った方達が来ると思っていました」


 退役した警察や軍関係者なんかを使っているのだと思っていたのは正直な感想だ。

 しかし、駒利はそんな一樹の嫌味のような発言に、悪びれもなく言って捨てる。


「彼らは、私共の部署の商品ですのよ。大人の兵士も居ることは居ますけれど、後になって驚かれたりしないための処置ですわ」


 駒利の言葉に、今度は一樹が驚かされる。


 商品。商品だって!?

 この女、兵士として戦う子供を商品だって、そう言ったのか?


 信じられない駒利の言葉に、一樹の腑は煮え返るような思いだった。

 自分は女子供、民間人を守るために軍人になったのだ、それなのにその相手を商品と言ってのける相手と、ここから先やっていかなければならないのかと、苦しくて仕方がない。


「ふーん、なるほど。理想には燃えていますのね。そこは、前の方と変わらないと」


 言いながら、彼女が後ろの二人に目配せをする。

 先ほど口を開いた女の子と、仏頂面で窓の方を見ていた男の子が、彼女の合図に合わせて歩み出る。

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