二話 一ノ瀬一樹三等陸佐の苦悩②

「お前を呼んだのは他でも無い。任務を言い渡すためだ。それも、極々少数の奴だけに課せられる特別な任務だ」


 言って陽一が紙の束を机の引き出しから取り出し、机の上に投げ打つ。


 手にとって読めということのようで、


「失礼します!」


 前に一歩出て、拾い上げて目を通していく。

 内容は、PMC法案によって設立された民間軍事企業の一覧と、その保有戦力、有事に際した扱いについてだった。


「これは?」


「見ての通り、我が国における軍事企業の総覧だ。中小から、他国にも支社を持つ大手まで、その全ての情報が網羅されている」


 陽一の説明にペラペラと資料を巡り、内容を確認していく。

 確かによく調べられた内容だ。恐らく特隊のチームが集めた情報なのだろうが。


「この、ブルーバード・インクと言う企業に関してだけ、情報が抜けているのは何故ですか?」


 一つだけ、黒塗りにされた箇所がある事に疑念を抱く。

 そして、一樹の指摘に陽一は満足気に笑い頷いて見せた。


「それが、今回のお前の任務なんだよ」


「自分に、この企業への諜報活動をしろと、そう言うことですか?」


「いや、そうじゃない。これは公的にも許された、自衛軍からのオファーだ」


 言って、陽一がもう一つの紙を差し出して来る。

 まとめて渡してくれと思うが、一樹にそんな事を言う権利は無い。


 受け取って読み進めて、どうやらブルーバード・インクに対する評価と、報告書のようだった。

 別段おかしなところがあるわけでも無く、ただただ社内で行われている訓練内容などが事細かに記されている。


「なにか、特筆して悪いところがある訳でも無さそうですが?」


 記したのは自分とは別のチームに所属する者のようだった。

 訓練記録内容共に成績も申し分ない。

 敢えて上げるとするなら指揮能力の値だけが、B プラスともう少しあっても良いように思えるが。


「そうなんだよ。だが、そこが問題でね。この報告書を書いた奴は、相手側から失格としてこちらに帰されてしまったんだ」


 ん、どう言う意味なのかよく分からない。


「失格とはどう言う事ですか? こちら側から出向していた訳ですよね?」


 特に問題点も見受けられず、それなら今も彼、もしくは彼女はブルーバードにいるはずだ。


「なにか、問題を起こしたと言う訳ですか?」


 一樹の質問に、眉間に皺を寄せ陽一が頷く。


「シミュレーションの結果が悪かったみたいでな。コイツは役に立たないから引き取ってくれと、身柄を引き渡してきたよ」


 なんだって!?


 日本で起業し、法律の庇護にあり、且つ研修先に選ばれているだけでも特別だと言うのに、出向した自衛官に役立たずだと失格の烙印を押したのか?


「すみません、話を聞く限り、自分としては、向こう側に問題がある様に思うのですが」


「まぁ、それはそうだ。だが、向こうの言い分としては逆なんだよ」


 言って陽一がクルリと椅子を回し、背後の窓に向かって立ち上がる。


「ウチで研修を受けるのなら、もっとマシな奴を寄越せ。でなければコストの無駄だと、向こうは言いたい訳だ」


 軍人、兵士を資源として、財産として扱う民間企業ならではの考え方ではあるが、それだけに横暴とも言えないようだった。


 忌々し気に陽一が続ける。


「でだ、そう言われて仕舞えば、俺たちにだってプライドというものがある。大手とは言え、民間の企業に本職である我々が、無能だと言われたままで引き下がる訳にはいかないという事だ」


 段々と見えてきた命令の内容に、一樹は内心悪態を吐きたくて仕方がなかった。


「ということは、自分へ代わりに、ブルーバードへ出向せよと、そう言う命令な訳ですか?」


 研修の内容的には、現場指揮官の擁立を目的としたカリキュラムのようだ。大学時代、そう言うゲーム理論的なものも学んだことは確かにあったが。


「お言葉ですが陸将。自分は今の隊で数名のチームしか率いたことしか有りません。そんな自分に、部隊規模での戦術訓練は、時期尚早のように思います」


「……ふむ、それで?」


「ですから、私がこの任に就くのは不適切かと……」


 最後まで言い掛けて、陽一が自分を睨みつけている事に気づく。

 そして、軍人として犯した己の過ちにも。


「貴官は、上官から下される命令に対して、不服を申し出る権利が自分にあると、そう考えているわけだな?」


 厳しい言葉に、何も言えなかった。

 姿勢を正し、自分の間違いを認める他無い。


「いえっ! 小官が間違っておりました! ブルーバードへの出向の命、拝命いたします!」


「あぁ。よろしく頼むよ。この任務にお前を推薦した俺の顔を潰さないよう、頑張ってくれ。山賊殿」


 話はそれで終わりのようだった。

 これはオファーじゃなくてオーダーだろうと、心の中でボヤきながら、正式な命令書を受領し、司令官室を後にする。

 

 しかも、一番呼ばれたくない異名でもって送り出されて。


 一抹の不安を抱きながら、一樹は民間軍事会社へと向かう事になったのだった。

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