第14話 統制社会主義と復活の呪い

「まったく、何が平等会議だよ」



アーデルは、手のひらから魔力をそっと土に流し込みながら、つぶやいた。

声には疲労とあきれがにじんでいた。

冷え込んだ朝の空気が、吐息を白く染めてはすぐに消えていく。


北のブナの木の畑は広い。

いつか耕した農地よりさらに広く、湿った土色の絨毯じゅうたんが地平線まで広がっていた。

アーデルの背丈では見渡しきれず、もはや「作業場」というより「風景」としていた。

彼女は一歩、また一歩と魔力を送りながら進む。

指先の感覚だけを頼りに、土と気配と空気の温度を読む。

それは、すでに自動化された身体の営みで、心は別の場所を漂っていた。

ふと視界の端に、小声で話す二人ふたりの村人が映った。

こちらに気づいたが、すぐに視線をそらしてすきを動かし始めた。



(あーあ、とっても社会主義。監視社会の始まりだね……)


現実は冷たく、地をっていた。

貨幣経済を捨てた村は、供出物資と労働時間を帳簿で数値化し、動いている。

交換は割当へ、価格は配給に変わった。


「貢献麦」は本来、感謝を伝える贈り物だったが、いつの間にか取引単位になり、準通貨へと変貌した。

だが今ではそれすら廃され、等分配と連帯責任、そして制裁の制度がすべてを支配する。

誰かの失敗は、組全体への罰になる。

人々は互いを監視し、声を潜め、沈黙を守るようになっていた。


(なんかこれって“平等”じゃなくて“管理”だよね……)


前世で学んだ「五人組制度」が脳裏をよぎる。

貨幣が原始共産制の村に流入し、コミュニティが崩壊した。

代わりに導入された五人組は、形ばかりの平等を演出しながら、沈黙と相互拘束を生んでいった。

リヴィナ村もまた、いまや“統制”の衣をまといはじめている。


「“統制社会主義”って言葉、教えてあげたいね……あの人たちに」


そう思ったとき、自分の白い吐息が揺れて、ほんの少し背筋が寒くなった。

アーデルは目を伏せ、黙ったまま土の中へ視線を落とす。

土は何も答えない。


*


村に戻ると、その予感はすでに“兆候”を越えていた。


井戸端では、若い母親がおけからわずかに水をこぼしただけで、通りすがりの男に鋭く叱責されていた。

彼女は顔をさおにして、震える手で水たまりを土で覆い隠す。

周囲にいた村人たちは視線を泳がせながらも無言のまま、誰ひとりとして母親をかばおうとはしなかった。

共同作業の場からは、冗談も笑顔も消えていた。

ただ作業音だけが響き、誰に向けたとも知れぬ気配りが、静かに、機械のように、空間を満たしていた。


アーデルは家に戻ると、鍋の中のごった煮がゆをかき混ぜ、溶け込んだ具材を見つめながら、またため息をついた。

粥は、いつものように「食事」ではなかった。燃料だ。


「はあ……わたしはすっかり村のトラクターだな」


そのつぶやきには、苦笑のような響きがまじっていた。


「私はトラクター。燃料は粥、報酬は冷たい視線。だけどみんな欲しがる。混乱するわけだよね」


ヴァルトとミーナは、いつものように労働奉仕と共同作業に出ていた。

糸紡ぎも、もう長いこと見ていない気がする。

アーデルが魔法耕起を続ける代償として、村人たちはそれぞれの仕事を制限され、共同作業を強いられている。


「別に、好きにすればいいのに。労働奉仕は期限付きだけど、残る人は今まで通りの仕事をしていればいいじゃん。なんで監視し合うの?」


アーデルは、制度が制度のために回っている矛盾に、最初から気づいていた。

けれど、かつての村寄むらより──平等会議の方針を、村の一員としてどう扱うべきか、心の中で迷っていた。


湯気の向こうから、赤子の泣き声が聞こえてくる。

だが、その母親は作業をやめない。

きっと、畑で泣き声に背を向けながら、それでも手を動かしているのだろう。


「可哀想に。どこまで自分のことをしていいか、もう誰にもわからない。制裁が怖いんだ。連帯責任……軍隊だって、今どきそんなのやらないんじゃないの?」


アーデルはまた一口、どろりとした粥をすすった。

塩と脂が口に広がり、胃の奥が重くなる。


「もっと早く体力が回復すればいいのに。ガソリン入れるみたいにさ……」


思考が、前世の記憶を引き寄せる。


「そうか、EVトラクターだ。充電に時間がかかるやつ。……こりゃハイテクだ」


EV車。

未来を託された機械だが、充電速度が普及の足を引っ張っている。

未だ“可能性”を提示し続けるだけの存在。

アーデル自身もまた、耕起魔法という「可能性」を示してしまったがゆえに、村を歪ませているのかもしれなかった。


──その時、入口の外から声がした。


「アーデル、いる? 入るよ」


大麻の扉の向こうにいたのは、イルゼだった。

かつて「アーデル、神様のかけらみたい」と目を潤ませていた、あの純粋で優しい少女──ではなかった。

イルゼの顔はこわばり、瞳には光がなかった。

表情は凍りついた仮面のようで、まるで感情を削ぎ落としたように無表情だった。


「明日は東のトウヒの畑。平等会議からの命令。伝えたからね」


感情のこもらない声で、彼女は告げた。


「ちょっと待って、イルゼ。少し話そうよ」


アーデルは戸口へ駆け寄った。


「私だけ遊んでると思われたら困るの。あなたは“村の資源”なんでしょ。明日も、手抜きしないでしっかりやって」


その言葉は、命令でもなければ、友愛でもなかった。

ただの通達だった。


「手抜きなんてしてないよ。ずっと働いてる。死にかけた時も、無理して──」


「……そう? でも、何日も休んでたじゃない。信用されなくなって当然」


イルゼの声には、棘があった。

まるで、誰かに言わされているかのような、借り物の言葉のような口調。


「死にかけてたんだよ、それで休んだんだよ。それの何が悪いの」


アーデルの反論に、イルゼはわずかに眉を動かした。


「今、死にそうには見えない。だから、嘘だったって言われてる」


その冷たい瞳に映るのは、疑念と断絶だった。


「イルゼ……お願い。優しいイルゼに戻ってよ」


アーデルは、戸口で震えながら言った。

だがその願いは、届かなかった。


「……とにかく伝えたから。じゃあね」


イルゼはくるりと背を向け、何も言わずに去っていった。

大麻の揺れが静かに収まる。


残されたのは、煮詰まりかけた粥と、煮詰まった沈黙だけだった。

アーデルは、その場に立ち尽くした。

湯気だけが、彼女の体温を奪いながら、ゆっくりと消えていった。

──もうすぐ外は春。

だが、終わりのない冬が、始まろうとしていた。


*

アーデルは最近、親が帰ってきた頃にはもう目を閉じていた。

火の番を交代すると、眠る準備に入る――だが今夜は、なかなか寝つけなかった。


(イルゼ……あんな目をするなんて。前は、あんなに輝いていたのに)


暗がりの中、藁の寝台が軋むたび、彼女の思考は重たく沈んでいく。

初めて魔法耕起を見たあの日、イルゼはまるで奇跡を見るような顔をしていた。

それが今では、冷たい視線で命令を伝えてくる。


(変わったのかな。いや、変えられてしまったのかも)


「信用されなくなって当然」「嘘だったんでしょ」――その言葉の痛みは、ただの友人からの攻撃ではなく、村そのものからの拒絶にも感じられた。

制度によって塗り替えられた人間関係が、イルゼを通じて牙をむいた。


(あのとき、本当に死にかけてたのに)


悔しさと、説明できない孤独が胸を締めつける。

魔法耕起で村を救おうとした自分の行為が、今では「手抜き」や「嘘」と見なされている。

それが制度という枠組みのもとで、正当化されているのだ。


(カスパは……本当に、何をしたいの)


その「秩序」は、人々の心を縛り、誰もが恐怖で口をつぐむ世界を作っている。

かつて助け合っていた人々は、今ではお互いを疑い合い、告発する存在になった。


(もしかしたらカスパは……破綻することを知ってる? むしろ、それを望んでるのかも)


まやかしの平等。

制度という衣をまとった支配。

もしこの先、誰かが犠牲になっても、カスパはそれを「秩序の代償」と呼ぶのだろうか。


(こんなのおかしい。どうにかしなきゃ。でも、それは畑を全部終えて、力を戻してから……カロリー収支はまだ赤字。少しずつ、確実に痩せてる。これじゃ何もできない)


瞼を閉じると、イルゼの顔が浮かんだ。

冷たく、強ばったその表情の奥に、かつての優しい目を探そうとする。


(イルゼも、苦しんでるんだよね。きっと)


信じたい気持ちと、現実の冷酷さが心の中でぶつかり合う。

その夜、アーデルはひとつだけ確かに理解した。

――もう、ただのトラクターではいられない。

そして、この村の冬の制度は、まだ始まったばかりだった。


*


数日が経った。

アーデルはまた、朝の仕事を終え、昼前には家へ戻っていた。

日が昇りきる前の、静かな時間。

けれど、彼女の胃袋はそんな余裕を許さなかった。

火床の脇に腰を下ろすと、木製の大きな器に、ジャガイモ入りの麦粥を山盛りよそい、それに乾燥チーズを削りかけた。

仕上げに、干し肉の切れ端をいくつか。

それは“ごちそう”というより、“戦略的な炭水化物と脂質の塊”だった。

かつてのような飢餓状態からは抜け出している。

だが、魔法発火は――文字通り、身体の中にあるものを燃やして発動する。

一日に使うカロリーは、子ども一人の必要量をゆうに超えていた。

「燃料補給」と自嘲するように呟き、アーデルは匙で一口すくって、口いっぱいに頬張った。

熱い粥が舌を焼きながら、胃へと流れ込んでいく。

食べる速度が異様に早い。

咀嚼は最小限、ただエネルギーを体に押し込むような勢いだった。


(カロリーの赤字を抑えなきゃ……倒れるわけにはいかない)


食べながら、彼女はまた考えていた。

この閉塞した村を、どうにか立て直せないかと。

強すぎる制度。弱すぎる連帯。

歪な均衡の上に成り立つ共同体。

自分はそこに、どう在るべきなのか――。

ちょうどそのときだった。

戸の外から、声がかかった。


「アーデル、いるか?」


少年の声だった。

聞き慣れた声。

彼女は器を持ったまま立ち上がり、ゆっくりと戸を開けた。

外に立っていたのは、ヨハンだった。

いつもと同じ黒髪、同じ姿。

けれどその顔には、どこか見慣れないものが張り付いていた。

戸惑い。苦悩。そして、葛藤。


「アーデル……すまないな。言われたことを伝えに来たんだ。……本当に、すまない」


その声は、まるで喉に刃を突き立てられたような、ぎこちなさだった。

自分の口から出る言葉が毒であることを、彼は知っていた。

だが、それでも伝えなければならない。

アーデルは、表情を動かさなかった。

ただ、口に含んでいた粥を飲み下し、努めて明るく言った。


「……ヨハンのせいじゃないよ。伝えるのが仕事なんでしょ」


彼がカスパの意向を伝える“伝令役”であることは、アーデルも分かっていた。

苦しい立場にあるのは、彼も同じだ。

ヨハンは一度、大きく息を吸い込んだ。

その肩が、微かに震えていた。

そして――吐き出すように、言った。


「『平等会議は、お前が“麦だけで体が保つ”と決定した。今後、チーズ、干し肉、ジャガイモの供出は停止する』……ってさ」


アーデルの手が止まった。

匙を握ったままの指が、わずかに震える。

口の中の粥が、途端にざらついた。

穀物の粒ひとつひとつが、まるで砂のように感じられた。


相対的剥奪――他人が得ているものとの落差に不満を感じる状態。

アーデルは、前世で父親から耳にした社会心理学の用語を、まるで目の前の現実を説明するかのように思い出していた。

しかし、そんな専門用語を知らなくても、この現象は彼女の記憶に、そして世界中に、常に溢れていた。


小学校の頃、たまたま足を骨折した子が親の車で送迎されただけで、「ずるい」と文句を言う子がいた。

友人が誕生日に少し高価な靴を買ってもらったと聞けば、「不公平だ」と兄に責められたと、悲しそうに話していたこともあった。


誰もがどこかで経験したことのある、あの浅ましくも、しかしその場にいる者にとっては切実な不満。

それが今、この飢えと隣り合わせの村で、まさに命と直結する現実として目の前に突きつけられているのだ。


アーデルは、ぽつりと呟いた。


「……呆れて物も言えないね」


その声は、驚くほど静かだった。叫びも、皮肉もない。

ただ、深く沈んだ感情の底から出た、本心だった。


「ヨハンのせいじゃないってば。……みんな、苦しいんだと思う。だから、誰かの“得”が、耐えられなくなっちゃうんだね」


アーデルがそう言うと、ヨハンは小さく頷いた。

その顔には、諦めにも似た影が射していた。


「そうなんだ。……みんな、失敗を探してる。密告したら、自分が安全になる。そう思ってるんだと思う」


その言葉に、アーデルの思考が一瞬、宙を漂った。


(……これ、前にどこかで聞いた。スターリン? いや……ポル・ポトか。子供まで洗脳しようとしている……)


脳裏を、前世で学んだ世界史の教科書がよぎる。

密告と監視、恐怖による統制。

互いを信じられなくなった共同体が、自己崩壊していく構図。

リヴィナ村が、その入口に立っていることを、彼女ははっきりと感じていた。


「……わかった。なんとか、考えてみる」


そして、口元に笑みを浮かべて――


「“麦粥でやってやるよバーカ”って言っといて。……うそうそ。“はいはい”でいいよ」


わざと軽く、明るい調子で言った。

この場の重さを、ほんの少しでも緩めたかった。

ヨハンは、申し訳なさそうに目を伏せながらも、わずかに笑った。


「……ごめんな。なあ、お前が言ってた“クレープ”って、いつになったら作れるのかな……」


それは希望というにはあまりにかすかで、けれど確かに、暗闇に差し込む一筋の光だった。

アーデルはそっと顔を上げた。

火床の火が、彼女の頬をやわらかく照らしていた。


「これが終わったらだよ。私が終わらせる。だから、もう少しだけ、待ってて」


その言葉は、ヨハンへの約束であり、彼女自身への誓いでもあった。

アーデルは再び器を手に取り、粥をひとさじ口に運んだ。

もう、味はしなかった。

それでも、食べなければならなかった。


「もうすぐ、都市の大市だ。畑が終わったら一緒に行こうぜ。俺も塩を買いにいくし」


ヨハンがぽつりとつぶやいた。

話題を変えたかったのかもしれない。

乾いた風が小さな家の隙間をすり抜けて、二人の間に、ほんの一瞬の沈黙を連れてきた。


「市かぁ。そういえば、村から出たことなかったな……楽しそう」


アーデルはつぶやくように答えた。

考えてみれば、洞窟から村へ、村から畑へ。

それだけの世界しか知らなかった。

“市”という響きは、どこか遠く、眩しく思えた。


「ああ。塩や薬草、それに織物なんかを持ち寄る。銀貨も使えるけど、村の連中はだいたい物々交換。本当は“出店札”がいるけど、外でならごちゃごちゃ言われないさ。俺たちも、売れそうなもん持っていこうぜ」


ヨハンの目が、ほんの少しだけ明るくなる。

こうした市は、年に一度か二度、修道院の許可を得て開かれる。

巡礼者や旅の商人もやって来て、普段の村では手に入らない品が並ぶのだという。


「そうだね。売れる物、探しておくね」


アーデルも、わずかに笑った。

何が売れるだろう。草木染めの糸? ミーナと摘んだ乾かした薬草? 

それとも、ヴァルトの道具を借りて、火の番のあいだに彫った木の匙? 

そんなことを考えていると、不思議と胸の重さが少しだけ軽くなった気がした。


「ああ。そうだ、市では吟遊詩人が歌をうたったり、外の世界の話をしてくれる。旅芸人は火を吹いたりもするんだぜ」


ヨハンの声には、わずかな熱がこもっていた。

どこかで聞いた話なのだろうか。

それとも、誰かが語ってくれた過去の市の記憶か。

アーデルは、まだ知らぬ世界を思い描きながら、その声に耳を傾けていた。


「すごい……吟遊詩人なんて、見たことない」


それは小さな声だったが、確かな憧れだった。

前世では、そんなものは本の中か、ゲームの中にしかいなかった。

それが、この世界では、ふいに目の前に現れる“本物”として存在するのだった。


「だろ? 楽士も来るんだぜ。パンをあげると、楽器を見せてくれるって聞いたことあるよ。アーデル、そういうの好きだろ?」


ヨハンは少し照れたように笑った。

アーデルが、歌声や旋律、見たことのないものに目を輝かせる光景を、彼は思い描いていた。


「うん。終わったら、みんなで行こう。ヨハンと、イルゼと――」


口にして、自分でも少し驚いた。

自然とイルゼの名前が出た。

それはもう、彼女が“みんな”の中にいる証だった。


「ああ、イルゼも」


ヨハンも、すぐに頷いた。

彼もまた、イルゼの変わってしまった様子に戸惑っていた。

それでも、まだ取り戻せると信じていた。

アーデルも、そうだった。

ふたりとも、まだ諦めていなかった。


外の空には、まだ祭りの予兆も、火の粉もなかった。

けれど、三人で向かう市の光景だけが、静かに心の中に灯っていた。


生きるために。

戦うために。

そして――約束のクレープのために。


*


夕暮れ、家の扉の大麻がゆっくりと開いた。

冷えた金の光が廊下に差し込み、かすかに土埃の匂いを運んできた。

アーデルは火床の火を見つめていた。

薪の先を火かき棒で突きながら、ただ燃える音だけを聞いていた。

ふと視線を扉のほうへ向けると、ヴァルトとミーナが戻ってきていた。

二人の顔に浮かぶのは、日々の労働にあるはずの汗のにじみではなかった。

――それは、深く、静かな疲労。

目の奥に影を落としたまま、ヴァルトは無言で腰を下ろした。


「大変だったの?」


アーデルが問いかけると、ヴァルトは火の明かりに照らされながら、長く息を吐いた。


「……ああ。やってることは、いつもと同じさ。道具を持って、畑へ行って、石をどかして……ただ、空気がな。ずっと首筋に刃を当てられてるような気分だった」


言葉の端に、苦笑のようなものがにじんだ。


「“絶対に間違えるな”っていう気配が充満してる。誰も声を出さない。歌も冗談もない。ただ、黙々と手を動かすだけだ」


ミーナも、静かに肩を落とす。


「前はね、誰かがふと歌い出せば、それが次々に伝わって、土を耕す音に溶け込んでいったの。でも今は、誰も最初のひと声を出せない。……修道院より静かよ」


火床の炎が揺れ、壁に浮かんだ影がわずかに歪む。

アーデルは、その言葉の意味を咀嚼しながら、火を見つめたまま言った。


「それって……怖いよね」


口にした瞬間、自分でも気づいていなかった不安が、ふわりと胸に立ち上がってきた。


「みんなが黙ってるって、つまり……言えないってことだよね。何かが、もう限界に近いのかも」


ヴァルトは、ゆっくりと頷いた。


「表向きはうまくいってるんだ。仕事は回ってる。供出も減ってない。耕起の順番争いも起きていない。だが、その中で誰もが言葉を飲み込んでる。……それが一番、怖い」


ミーナが口を開いた。


「聞いたの。何組か、本当に食料を没収されたって。しかも“全員分”よ。四人組の一人が怠けたって言われて、残りも道連れだった」

彼女の声は、細く震えていた。

「罰は“連帯責任”。でも、それは“互いを見張る責任”でもあるの。少しでも気を抜いたら、自分たちまで巻き込まれる。……だから、誰も助けようとしない」


火床の炎が弾けた。

その音に、アーデルの身体がわずかに揺れた。


「そんなのって……」

彼女の視線が、ゆっくりと宙を彷徨う。

「……何のために、村で生きてるんだろう。みんなが幸せにならないために働いてるのかな」


ヴァルトは、重く口を開いた。


「……さらに悪い話がある。“反省の時間”を設けようって案が出てる。仕事の終わりに、皆の前で“自分の失敗”を語って、次の日の行動を改めろって」


アーデルは眉をひそめた。


「それ……自分のことを告白して、罰を待つってこと?」


「“自己批判”だそうだ。正しさを保つための儀式らしいが、誰も進んで話そうとはしないだろう。アンドレも、かなり顔をしかめてたな。……村寄、今は平等会議か。その中にも疑問視してるやつはいる。だが、大きな声の奴が強い時代になっている」


アーデルは、ふと膝の上で手を握った。

その掌の内側に、じわりと汗が滲んでいることに気づいた。


(……知ってる。これは“正義”が人を追い詰めていく流れだ。悪い人がいないのに、誰かを罰する空気ができる。声をあげないことが“安全”になり、沈黙が正義にすり替わる)


アーデルは、無言で麦だけの粥を頬張った。


(前世でそんな話を聞いた。内ゲバ、自己批判、密告、無言の圧力。そこにいる人たち全員が加害者でも被害者でもなくて――でも、いつの間にか“誰かが死ぬ”。そうだ、”山岳ベース事件”だ)


アーデルは、顔を上げた。


「……明日。耕起が終わったら、カスパに話をしに行く」


その声は小さいが、はっきりと地を打った。

ヴァルトが驚いたように顔を上げた。


「お前が?」


「うん。……このままだと、誰かが壊れる。そうなる前に、話をしなきゃいけない」


ヴァルトは少しの間、何かを考えるように視線を落とし、それから静かに言った。


「……申し訳ないが、今この村で何か言えるのはお前だけだ。俺は明日も労働奉仕で身動きがとれん。ミーナ、付き添ってくれるか?」


ミーナは、まっすぐにアーデルを見つめた。


「もちろん。……私も、見過ごせない」


その瞬間、三人の間に沈黙が落ちた。

けれど、その沈黙はもう、怖れによるものではなかった。

それは――決意の沈黙だった。

外では、風がゆっくりと吹き始めていた。

草の先端がわずかに揺れ、まだ夜になりきらぬ空に、ひと筋の冷たい光が残っていた。

村は、静かに眠り始めている。

だがその底には、火種のようなものが、深く、深く、潜んでいた。


*


翌日。

アーデルは指定の魔法耕起を終わらせた。

今回は畑が比較的小さく、体の消費はかなり抑えられた。

疲労感はあったものの、以前のように生命力が危険域にまで陥るほどではない。

しかし、その心は、今朝の村の光景で深く重く沈んでいた。


アーデルは昨夜の計画通り、ミーナを連れてカスパを探した。

見当たらなかったが、

村寄所からカスパが姿を現した瞬間、アーデルは彼の前に立ちはだかった。

日も昇ろうかという時分、村寄所の壁から伸びるカスパの影は、まるでその支配欲を象徴するかのように長く、冷たく見えた。


「アーデルか。ミーナも。次の畑の決定はまだだ。家で指示を待て」


カスパの声には、一切の感情が読み取れない。

ただ、効率的な機械のように、事実を告げるだけだ。


「カスパ、いい加減にしてよ。連帯責任なんてやめて。みんな、これまで通り、仲間を信頼して仕事すればいいじゃない。罰もなくしてよ」


アーデルの声は、村の冷え切った空気に、熱い感情を無理やり呼び起こしたような、僅かな震えを帯びていた。

しかし、その眼差しは真っ直ぐにカスパを捉え、一切の迷いを見せない。


カスパは、まるで予想通りの反応だと言わんばかりに、微かな笑みを浮かべた。

彼の瞳には、何の感情も宿っていない。


「アーデル、罰がないと人は動かないんだよ。畑を鋤く牛だって、尻を叩かれて初めて畑を耕すだろう? 仕方がないんだ」


その言葉は、冷たく、そしてどこか諦めを含んだ響きだった。

彼の理屈は、アーデルがこれまで感じてきた村の温かさや、人々の善意とはかけ離れていた。


「これまでみんな、罰なしで働いてきた。今からでもそうしてよ」


アーデルは、怒りと焦燥を抑えきれずに反論した。


「何を言っているんだ。罰はあったさ。暗黙の了解、これを逸脱したら無視という排除という罰があった。だが、貢献麦という貨幣がそれをかき乱した。欲が狂わせたんだよ」


カスパの言葉には、彼なりの論理があった。

秩序が乱れたのは、貨幣経済が導入されたからであり、それを正すためには、より明確で強力な統制が必要だという主張だ。


「じゃあ”貢献麦の前に戻ろう”でいいじゃん。何日分も食べ物没収する罰なんて酷いよ」


アーデルは、その矛盾を突いた。


「一度しかやっていない。それでみんな罰を受けずに自分の義務を果たしている。牛は一度叩かないとわからないんだよ」


カスパは、自らの施策が効果的であると確信しているようだった。

彼の言葉の端々には、支配者としての傲慢さが滲み出ていた。


「私は叩かれなくても魔法で耕してる。私はどう叩くつもり? 誰と連帯責任を取らせるんだよ」


アーデルは食い下がった。

自分は、彼が言う「牛」とは違う。

自分の意志で、村のために魔法を使っている。

その自負があった。


カスパの笑みが、僅かに深まる。

それは、相手を値踏みするような、あるいは獲物を追い詰めるような、不気味な笑みだった。


「そうだ、言い忘れていたな。お前に用意した罰もある。ようやく伝えられてよかった」


アーデルはいぶかしんだ。

自分の魔法が、この村の最大の資源である以上、自分に直接的な罰を加えることはできないはずだ、と。


「平等会議に今後逆らったり、反抗する態度を取ったりしたら──お前と、その家族を異端として告発する」


それは、氷の刃が骨ごと胸を貫くような言葉だった。

アーデルの背筋に、凍えるような戦慄が走った。

喉が詰まり、呼吸が一瞬止まる。

隣にいたミーナもまた、目を見開いて硬直したが──それでも、娘の前では声を上げた。


「そんなこと、できるはずがないわ。誰も、証言なんかするわけがない」


その一言が、アーデルの喉の奥に絡まっていた言葉を引き出した。


「なぜ……そんなことをするの」


声は掠れていた。喉からこぼれるというより、胸の奥を裂いて漏れ出た。


カスパは淡々とした声で応じた。


「していないよ。お前が村のためにがんばれば、それでいい。なにも変わらない。平穏に暮らせる」


その言葉は一見、慰めにも聞こえた。

だが実際には、「沈黙と服従さえすれば、命は取らない」という冷酷な命題にすぎなかった。


「くれぐれも、俺たちに証言などさせるな。……特に、イルゼの口から“異端の証”が語られたとしたら――さすがに、良心が痛む」


その一言が、アーデルの奥底を切り裂いた。

イルゼが、自分の手ではなく、彼らの道具として告発者に仕立てられている。

その想像だけで、世界が歪んだ。

“火刑”――透明な空に、突き刺さるように冷たく響いた。


アーデルは歯を食いしばりながら、問いを吐き出した。


「私がいなくなって、村はどうするつもりなの」


すぐさま、ミーナも声を重ねる。


「そうよ。アーデルなしでこの村が回るとでも? そんな脅し、破綻してるわ。共倒れになるだけよ」


ミーナの目は揺らがなかった。

「恐れ」はあった。だがそれ以上に、理と母性が彼女を支えていた。


アーデルの拳は、震えていた。

怒りなのか、寒さなのか、自分でも分からなかった。

けれど確かに、それは「恐怖」だけではなかった。


だが──カスパは、平然と、無表情で応じた。


「これまで通りさ。修道院や領主に説明して、年貢の延期をしてもらう」


それは、アーデルの存在を、単なる一時的な便利品としてしか見ていない証拠だった。

彼女の献身も、その魔法も、カスパにとっては代替可能な「資源」でしかなかったのだ。


「火刑なんてさせない!」


ミーナの叫び声が響いた。

アーデルの隣に立っていたミーナが、一歩前に出る。

その顔には、怒りと悲しみ、そして娘を守ろうとする母親の強い意志が宿っていた。


「お母さん!」


アーデルが思わず声を上げた。

ミーナを巻き込むことだけは避けたかった。


「恐怖で人を動かそうなんて間違っている。神はお赦しにならないわ」


ミーナは、カスパを真っ直ぐに睨んだ。

その言葉は、純粋な信仰に基づいた、しかし確固たる信念の表明だった。


カスパの顔に、初めて明確な感情の兆しが見えた。

それは、嘲笑にも似た、歪んだ感情だった。

彼はミーナを冷たく見下ろし、ゆっくりと口を開いた。


「ミーナ、死んだ娘の復活を祈ったお前こそ、神はお赦しにならないぞ」


その言葉に、ミーナの体が硬直した。

彼女の顔から血の気が失せ、目は大きく見開かれたまま、虚空を彷徨う。


「……」


ミーナは何も言えなかった。

その沈黙は、カスパの言葉の重さを物語っていた。


「おかあさん?」


アーデルが心配そうにミーナの顔を覗き込む。

ミーナは、まるで魂を抜き取られたかのように、蒼白な顔で立ち尽くしている。

カスパは、さらに追い打ちをかけるように言った。


「今アーデルが着ている服、死んだ子の物だよな。売らずに九年も大切にしまっているなんてどうかしている」


カスパの指摘は、ただの冷笑ではなかった。

服は、この村では衣類であると同時に財産だ。

それを九年間、使わず、売らず、しまい込んでいたという事実――それは合理から外れた感情の証左に他ならない。

常に綱渡りの暮らしをしてきたヴァルト家に、無駄に取っておける余裕など本来あるはずもなかった。

それでもなお手放せなかったということが、ミーナの深部にある〈なにか〉を雄弁に物語っていた。


「それをあっさりアーデルに着せているのも、いよいよどうかしている。……だが、もしも――特別な理由があるのなら、話は別だ」


その言葉は、ミーナにとって、最も踏み込んでほしくなかった領域に土足で入り込むものだった。

過去を、整理しきれぬ記憶を、いまだ名前のつけられない想いを。

ミーナは黙ったまま、震える手でアーデルの服の裾をそっと握りしめた。

それはまるで、既に失われたものを、今ここにある形に重ねて掴み取ろうとするような仕草だった。


「……」


声は出なかった。

言葉にすれば、すべてが崩れてしまいそうで、ただ胸の奥に痛みだけが残った。

カスパの言葉は鋭くも正しく、だからこそ容赦がなかった。

ミーナの沈黙が、逆にすべてを物語っていた。


「アーデル、お前はミーナに守られていると思っているな?」


カスパは静かに微笑んだ。

その目は慈悲とも侮蔑ともつかない光を宿していた。


「違うよ。ミーナが守っているのは、蘇った“前の子”だ。お前は、その身代わりにすぎない」


その声は、朝の空気を裂くように乾いていた。

澄んだ冷気の中で、言葉だけがひどく温度を欠いていた。

まるで神の口を借りて裁きを下す者のように、カスパの断言はミーナの信仰の芯に突き刺さった。


ミーナは、一瞬、風景がぐらついた。


足がもつれ、視界が歪む。

愛娘のアーデルを、自らの愚かな願望の道具にしてしまったという強烈な後悔が、全身を駆け巡った。


「……」


ミーナは、もはや呼吸すらままならなかった。

カスパの言葉が、まるで真冬の石槌のように、心の奥を砕いていく。


後悔。自責。羞恥。

そのさらに下層に、密かに澱のように沈んでいた感情が浮かび上がる。

裏切り、欺瞞、涜神、冒涜――すべてが許されざる罪だった。


それらの名が、ひとつずつ、墓碑銘のように彼女の内に刻まれていった。

誰にも明かさず、己だけの祈りとして抱え続けてきた罪が、今まさに暴かれ、

神の光ではなく、人の言葉によって断罪されたことが、

何よりも耐えがたかった。


それは告発ではない。

啓示だった。


ミーナは、その場にいられなかった。

両手で顔を覆い、震える足で身を反転させる。

何も言えず、何も応えず、ただ逃げた。


その背を追う者はいなかった。


足音は、朝の冷気に吸い込まれるように遠ざかっていく。

残されたのは、静寂と、罪だけだった。


「お母さん!」


アーデルが思わず追いかけようとしたその瞬間、いつの間にか背後に控えていた男たちが、アーデルの細い両腕を捕まえ、その動きを塞いだ。


彼らは表情のどこかで「仕方がない」と告げていた。

自らを正当化するように、忠誠という名の名残で。

だが、アーデルの目には、彼らはただ、他人の苦しみを見ないことで平穏を保つ――そんな、魂の抜け落ちた人形にしか見えなかった。


アーデルは、その場で凍りつき、カスパの底知れない冷酷さに、ただ戦慄するしかなかった。

昇り始めたばかりの太陽の光が、ミーナが走り去った方向へと、痛ましいほど無情に降り注いでいた。


カスパは、一切の動揺を見せず、ただ冷徹な瞳でその光景を見つめていた。

彼の目的は、アーデルを屈服させること。

そして、そのために最も効果的な武器は、彼女が大切にしている家族の心に、深い傷を負わせることだった。

彼は、アーデルの弱点が「家族」であることを明確に理解していた。

そして、ミーナの秘めた信仰心、想いを暴き立てることで、彼女を精神的に追い詰める。

それは、アーデルの魔法力を奪うことなく、彼女の意志を完全に打ち砕くための、最も残酷な戦略だった。


カスパは、アーデルの顔をじっと見つめた。

その目には、挑戦的な光が宿っている。


「どうだ、アーデル。理解できたか? お前の家族の平穏は、お前の態度一つにかかっている」


彼の言葉は、静かでありながら、絶対的な支配を宣言していた。

アーデルは、目の前で打ち砕かれ、逃げ去った母親の姿、そしてヴァルトが力なく男たちに阻まれている光景を前に、身動きが取れずにもがくしかなかった。

心臓が鉛のように重く、全身を震えが襲う。


彼女の魔法は、大地を耕し、豊穣をもたらす力を持っていたが、この非情な精神の暴力の前では、あまりにも無力だった。

拘束を解く魔法など、考え付きもしなかった。

自分の無力さが、これほどまでに屈辱的だとは知らなかった。

村を、家族を、誰も助けられない。

その事実に、胃の奥がねじれるような痛みが走った。


魔法、呪い、呪詛。

カスパは、言葉と行動を巧みに操り、人々の心に深く入り込み、その精神を蝕むことで、村全体を自身の意のままに支配しようとしていた。

それは、村を豊かにしようとするアーデルの魔法とは対極にある、見えない、しかし確かな支配の力だった。


「お前はクソだ!離せよ!」


アーデルの目から、堰を切ったように涙が溢れ落ちた。

顔は歪み、声は怒りと絶望に混じって掠れる。

村のために命を削り続けてきた体は、今、カスパの手下たちに阻まれるヴァルトのように、全く力が出ない。

ただ、自分の無力さに腹が立つだけだった。


カスパは、感情の読めない目で、泣き崩れるアーデルを見下ろした。

その表情には、同情も、憐憫も、何一つとして宿っていない。


「これは警告だ。残念だが、火刑は一度しかできない。切り札は取っておかないとな」


その言葉は、アーデルの涙を嘲笑うかのように、冷たく響いた。

彼は、アーデルという「資源」を最大限に利用するための、あくまで合理的な判断を下しているだけなのだ。


「カスパ、お前はみんなをメチャクチャにして、何がしたいんだよ!」


アーデルの声は、もはや怒号というより、破れた布のような震えだった。

怒りと、哀しみと、もうどうしようもない虚しさが、喉の奥で絡まり合っていた。


本当は、知りたくなんてなかった。

カスパの動機など、どうでもよかった。

だが、言わずにはいられなかった。


この地獄に、何か意味があるのかと。

彼の残酷さに、わずかでも理屈があるのかと。

それを知ってしまえば、憎しみか絶望のどちらかに落ち着ける気がした。


カスパは、ふと顔を上げた。

ほんの一瞬、空を見た気がした。

朝の、何の色もない空だった。


「本当だ、俺はいったい、何がしたいんだろうな……」


その声音は、異様に静かで、乾いていた。

まるで自分自身に問いかけるようだった。

そして、口の端にわずかな苦笑を浮かべた。


「もしかしたら――」


カスパは思いを馳せた。

年貢が払えずに夜逃げしたゼバスチャン一家。

農奴が幼子を抱えて逃げ切られるほど、この世界は甘くはなかった。

帰属せねば生きられず、帰属しても死が隣にいる。

そんな世界で、あの家族が生き延びられる可能性は、ほんのわずかであった――いや、最初からなかったのかもしれない。


失った幼馴染の墓標を作りたい――そう言いかけて、カスパは口をつぐんだ。


「ミーナは俺達が探す。お前は明日に備えて食事をするんだ。痩せすぎだぞ」


カスパの声は無機質だった。

けれど、その言葉の端に、壊れかけた道具を思うような淡い哀れみが、わずかに宿っていた。

それが彼の限界だった。

アーデルへの情ではなく、「資源」への微かな名残だった。


「なぜこうなったか考えろよ!バーカ!」


アーデルは、最後の力を振り絞って、その憎悪と絶望を吐き出した。

だが、カスパはすでに背を向け、村寄所の奥へと歩き始めていた。

その背中は、アーデルの叫びをまるで聞いていないかのように、ただ静かに遠ざかっていった。


アーデルの吐き出した言葉は、誰にも届くことなく、

ただ朝靄のように、ひんやりとした空気に溶けていった。


それは、誰の心も動かさない――

けれど、確かにこの村の、どこか深い地層に、ひとつの亀裂を刻んだ。


──終わりは、始まりの形をしていた。

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