六章 呪いの果て

三十四話 告白

 

 倒れた三智鷹を拝上家の屋敷へと連れ帰るも、彼は気を失ったままで、中々目覚めなかった。


 織人によって三智鷹は彼の部屋へと運び込まれ、布団へと寝かされた。

 それまで着ていた衣服も織人の手で寝間着へと着替えさせられている。


「……」


 千依は有明行灯ありあけあんどんに照らされる、三智鷹の顔をじっと見つめた。彼が倒れてからすでに数時間経っており、もうすぐ深夜になろうとしている。

 三智鷹は熱も出ており、時折、うなされるように呻いた。


 彼の額に載っている濡れた手拭いを交換する際には直接、触れないように気を付けながら千依は付きっ切りで看病した。


 ……どうか、どうか。三智鷹様が目覚めますように──。


 千依は手を合わせながら一心に祈り続ける。

 亡き母が、熱を出した千依を看病してくれた時もこんな気持ちだったのだろうか。


 どうしようもない不安と失うかもしれない恐怖、そして相手が抱える苦痛が和らぐようにと必死に祈ることしか出来ない自分への無力感。


 それらに耐えながら、千依は三智鷹の世話をし続けた。



 すると、背後から足音が聞こえ、千依は顔を上げる。

 襖の向こうから現れたのは織人だ。その表情は少しだけ、疲れているように見えた。


「若の様子はいかがですか」


 織人の手には新しい水が汲まれた木製のたらいが抱かれている。それを三智鷹の頭のあたりに置いてから、小声で千依へと訊ねてきた。


「……うなされることはありますが、まだ一度も目覚めてはいません」

「そう、ですか……」


 織人は一度、襖の向こうをちらりと見てから、同じように声量を落したまま呟く。


「若の呪いのことを知っているのは一部の人間だけなので、とりあえず一門の者には妖気にあてられた、とだけ説明してきました」


 なるほど、と千依は頷き返す。

 祓い屋のような、妖に慣れた人でさえ、たまに妖気にあてられて倒れる者がいるため、納得できる説明だろう。


「奥様、俺が代わります。そろそろ、仮眠を取られた方が……」

「いいえ、私なら大丈夫です。こう見えて、徹夜とか得意ですから」


 出来るだけ明るく答えたが、織人には空元気だと見抜かれたのか、どこか悲痛な表情が返ってくる。


「……確かに、傍にいて看ている方が幾分か安堵も出来るでしょう。……俺は近くにいますので、何かあれば呼んで下さい。駆けつけますから」


 千依の意思を尊重するように織人は少し苦しげに笑う。


「ありがとうございます、織人さん……」


 織人は軽く頭を下げて、ぬるい水が入ったたらいを抱えて、部屋から出て行った。

 再び、二人きりとなった室内に静けさが戻ってくる。


 今、千依がいるのは三智鷹の私室だ。

 改めて見回すと、彼の部屋は異様な程の数の「呪具」が置かれていた。


 ……でも、どれも魔除けだったり、呪い返しに関するものだ……。


 見ただけで、その呪具がどんなものなのか、千依は見抜く。

 普通の人からすれば、この部屋は近づきがたい印象を抱くかもしれない。


 けれど、呪いを抱える三智鷹にとっては──多少なりとも自分を守ってくれる、檻だったのかもしれない。


 ふと、「うっ」と短い声が聞こえた気がして、千依は視線を急いで三智鷹へと戻した。

 先程と同じようにうなされているのかと思いつつも、彼の顔をそっと覗き込む。


「……」


 それまで閉じられていた目蓋が、震えた。

 そこにはまるで現世に戻ってきたような、そんな虚ろな瞳があった。


「三智鷹様っ」

「……ち、よりさん……」


 ゆっくりと三智鷹の目が千依へと向けられる。彼が目を覚ましたことに、千依は思わず安堵の息を吐いてしまう。


「良かった……。急に倒れたから、心配したんですよ」


 明るい声音で伝えるも、彼は千依が隠したものに気付いているかもしれない。

 三智鷹の視線は少しだけ移ろい、それから納得するように呟いた。


「ああ、僕の部屋、か……。……僕の部屋に千依さんがいるの、何だか不思議な心地がするね」


 軽い口調で彼はそう言ったが、そこにはまだ苦しさが残っているようだった。


「まぁ、確かに殿方の私室に入ったのは初めてでしたね。三智鷹様に呪具を集める趣味があったとは、知りませんでしたが」

「……知られちゃったね、僕の秘密」

「知られたくはなかったんですか?」


 千依がそう訊ねれば、三智鷹は絞り出すように返事をした。


「──うん。君には知られたくなかったんだ。だから、千依さんをこの部屋に入れないようにしていたんだけれど……。さては織人のやつ、約束を破ったな……」

「私が頼み込んだんです。三智鷹様のお世話をしたいって」


 強く伝えれば、彼は目を瞬かせた後、困ったように笑う。


「……驚いたよね。魔除けや呪い返しの呪具ばかりが並んでいて」

「確かに驚きはしましたが、当主という立場ならば命を狙われることもあるでしょうし、用心深いのは悪いことではありませんよ」


 素直にそう答えれば、三智鷹はくしゃりと表情を崩した。


「……うん、そうだね。やっぱり、君のそういうところ、好きだな」


 好き、という言葉がぽつりと胸に落ちていく。

 こんな状況でも、彼から向けられる言葉に心がざわついてしまうのは、何故なのか。


 けれど、三智鷹が目覚めても今も抱えている不安だけは拭えなかった。


「そうだ。今、織人さんを呼んで……」

「待って。……その前に、二人で話がしたいんだ」


 少しだけ真剣な声音で、三智鷹は千依を止めてくる。

 そして、痛みに耐えるような様子で、布団から起き上がった。


「無理をしなくても……」

「いや、今じゃないと駄目なんだ。……多分、もう時間がない」

「え?」


 どういう意味だろうかと千依は首を傾げる。

 それなのに、三智鷹は場違いな程に穏やかな表情を浮かべていた。




「千依さん、隠していてごめんね。……僕は、二十歳までしか生きられないんだ」



   


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