三十二話 無人の廃寺
周囲は竹林があるだけで、民家ひとつない静かで薄暗い場所だった。
祓い屋である千依達は夜目が利く方だし、そういった術ももちろんある。
しかし、織人がわざわざ火を入れたランタンを掲げながら、道を明るく照らしてくれたため、夜目に頼るよりも歩きやすかった。
「千依さん、警戒を怠らないようにね」
「了解です」
三智鷹に返事をしつつ、千依はいつでも戦えるように構える。
黒髪切の縄張りを占拠している妖に気付かれないように、今も破魔体質となる力は抑えたままだ。
三人は声を潜め、気配を消しながら、ゆっくりと廃寺に近付く。
三智鷹がいつでも陣を編めるようにと、指で印を結び始めるのを確認した千依は隠形した。
廃寺へと突撃するのは千依の担当だ。
戦闘が苦手な織人は黒髪切の見張りとして、控えている。
三智鷹が頷いたのが見えた千依は気配を消した状態で、廃寺の階段を一気に駆け上がり、壊れかけの戸を履いている編み上げブーツで思いっきりに蹴破った。
瞬間、三智鷹が編んだ陣によって結界が形成され、自分達だけでなく廃寺さえも覆っていく。
これで、中にいる妖は逃げられないだろう。
そう思いながら、千依は暗い廃寺の中をよく見ようと、目を凝らしながら見回した。
「っ……。三智鷹様! こっちに来て下さい!」
千依が三智鷹を呼べば、彼は急いでやって来る。
お互いに微妙な表情をしているが、彼もある程度、予想は出来ていたのだろう。
「……中は空っぽ、だね」
廃寺の中はとてもではないが、人が住める環境ではないほどに廃材が散乱していた。
ただ、奥には黒髪切のねどこだと思われる古布の塊があった。
ここで奴は寝起きしていたのだろう。
しかし、どれだけ目を凝らしても、気配を探ろうとしても、黒髪切が言っていた上級の妖の姿はなかった。
三智鷹は黒髪切の方へと振り返る。
「お前が言っていた妖の姿はないよ」
『そんなっ……! う、嘘じゃない! 本当なんだ!』
「あ、こら、勝手に動くなっ」
黒髪切を捕らえている霊結糸を握っていた織人は、飼い犬に引っ張られる飼い主のようにつられて動く。
そのまま廃寺へと入ってきた黒髪切は、がらんとした中を見て、呆然とする。
「……私達がここに来ることを察して、逃げたんでしょうか」
「その可能性はあるね。どうやら、僕達が思っているよりも随分と用心深い妖のようだ。……まぁ、黒髪切が言っている妖が存在すれば、の話だけれど」
三智鷹の言葉に、黒髪切は絶望的な表情を浮かべる。そして、はっとした表情を浮かべた。
『そ、そうだ! その妖は、鳥みたいに翼が生えている奴だったんだ! よく、羽繕いしていたから、もしかすると抜け落ちた羽根が落ちているかもしれない……!』
「だからっ、勝手にっ、進むなっ!」
ずんずんと廃寺の奥へと入っていく黒髪切に、織人は引っ張られていく。どうやら、織人は腕力があまりないらしい。
だが、黒髪切の話を聞いて、ぴくりと反応したのは三智鷹だった。
「ちょっと待て。今、鳥みたいな妖と言ったか? ……他に特徴は?」
三智鷹が問うも、黒髪切は答えない。
黒髪切は空になった自身のねどこを見つめているようで、動く気配はなかった。
自分を脅して命じていた妖がこの場から逃げたことに、衝撃を受けて固まっているのかと思っていた時だった。
こちらに背を向けていた黒髪切がもぞりと動く。
「……!」
瞬間、ばちっと何かが強く弾ける音が響き、千依は咄嗟に身構えた。
気付いた時には黒髪切を捕らえていた霊結糸が切られ、鋏の形をしている手を封じていた霊符は焼け焦げていた。
「っ、しまった……!」
黒髪切を見張っていた織人は懐から急いで新しい霊符を取り出し、奴に向けて放つ。
しかし、黒髪切は自分へと向けられた霊符を鋏のような手で切り裂いた。
その動きはあまりにも素早過ぎて、千依は肉眼で捉えることが出来なかった。
……これは……。
千依は薄暗い中、黒髪切をじっと見据える。
鳥のくちばしに似たその口はもごもごと動いており、目を凝らせば黒髪切が人間の髪の毛を食っているのが見えた。
上級の妖に渡していた髪の毛の余りか、もしくは──いざという時のために隠していたのかもしれない。
『──さすがは霊力が溜まった上質な髪と、上級の妖の羽根……。こうも簡単に、力を得られるとは』
黒髪切の体はぐぐっと一回り、大きくなる。
声も先程より低めになっており、口調もどこか余裕があるものへと変わっている。
何より、力の源となる人間の髪や妖の羽根を食ったことで、幾分か強くなっているようだ。
このまま千依達に滅されるくらいならば、と黒髪切は抵抗するために最終手段に出たのだろう。
……それでも、上級には程遠い。
上級と中級の妖にはそれほど差がある。
黒髪切は力の源を取り入れ、強くなったことに酔いしれているようだが、奴の本質は変わっていない。
攻撃手段はその鋏のような手だ。あれさえ気を付けていれば、こちらの首を切られることはないはずだ。
……でも、油断したら、駄目。
相手がどんな敵で、どんな状況だろうと、一瞬の油断が命取りになるのだから。
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