十七話 離れない
三智鷹は歌川を見据え、呆れたように溜息を吐く。
「……こうやって僕に恨み言を言う暇があるならば、ご自分に相応しい仕事を紹介してもらえないかと『祓の会』に頼んでみてはいかがですか?」
「はんっ、なんで俺がわざわざ仕事をくれ、なんて言わなきゃいけないんだよ」
「……」
どうやら歌川という男性は面倒な矜持の持ち主のようで、外から依頼が来るのを待つばかりで、自分から営業しにいくことはないらしい。
……せっかく、正規の祓い屋の免許を持っているんだから、活かせばいいのに……。
違法の祓い屋をやっていた千依からしてみれば、「祓の会」を仕事の紹介所として使えるのはとても大きな利点だろう。
これ以上、彼と話しても無駄だと思ったのか、三智鷹は歌川に気付かれないように溜息を吐いた後、千依の方へとちらりと視線を向けてくる。
「千依さん、向こうへ行こうか。喉が渇いただろう?」
「ええ。そうですね」
話を切り上げて、二人がその場から去ろうとした時だった。
背後から負け惜しみのような言葉が吐かれた。
「──そこの嬢ちゃんが、今までの許嫁みたいにお前のもとから去るのも時間の問題だろうよ」
嘲るような冷たい響きに、三智鷹が立ち止まる。
「なんせ、拝上家は妖どもから相当、恨みを買っているからな。もしかすると、そのうち妖に襲われて、お前の代わりに嫁の方が死んじまうかもな」
「……」
からからと笑う声が耳に入ってくる。
三智鷹の表情は千依からは見えない。
けれど、彼が歌川から言われた言葉を嫌というほど理解していることだけは分かる。
だからこそ、三智鷹は彼が認めた相手として千依に協力を求めてきたのだから。
千依は「はぁ……」と歌川に聞こえるように、わざとらしく溜息を吐く。
「……さっきから聞いていれば、よく口が回る人ですねぇ。その達者な口で、ご自身を売り込んではいかがです? まぁ、あなたみたいな方に仕事を頼むことになる依頼者は気の毒ですけど」
「あ?」
千依は振り返り、腕を組みながら歌川へと視線を向ける。
彼は苛立ったような表情をしていたが、千依は鼻を鳴らして一笑した。
「相手を正しく見極める力量もないのに、私がそこらの女性と同じだなんて決めつけないでくれます?」
「なっ……」
「たとえ、どんな妖が襲ってこようとも私は三智鷹様から離れませんし──死にませんから。そこのところ、ご安心を」
そして、不敵に笑みを浮かべる。
千依は力を抑えたまま、薄っすらと微笑みつつ彼へと圧をかけた。
すると、歌川は目を見開き、後ろへと一歩下がった。
その額には汗が浮かんでいる。
「っ、は……」
「……」
このくらいで後退りしてしまうなんて、本当に大したことない相手だ。
これならまだ、自分に突っかかってきた拝上一門の者達の方が、気概がある。
千依は冷めた視線で歌川を見下ろすように見た後、三智鷹へと顔を向ける。
「三智鷹様、行きましょう。喉が渇いて、干からびそうです。ちゃんと気を付けて飲むので、何か飲みたいです」
「……そういえば、この場には海外から輸入したお茶も提供されていると聞いたよ。飲んでみたいかい?」
「はい!」
もうすっかり、歌川はここにいないように千依は振る舞いつつ、三智鷹と共にその場から去った。
しばらく歩いた後、三智鷹が千依の方へと視線を向けてくる。
「──君、僕から離れる気はないんだ?」
彼が浮かべていたのは苦笑だけではなく、どこか嬉しさも混じったものだった。
千依は視線を逸らしつつ、わざとらしく咳払いする。
「つい口走っただけですっ。……それにあんな風に言われたら、多少は言い返したくもなるでしょう。私を見るなり、貧相だって言ったんですよ! 失礼には、失礼を返します!」
千依はこう見えて負けず嫌いだが、三智鷹はそんな性格も承知しているようだ。
「……でも、ありがとう。僕は嬉しかったよ。……『離れない』──そう言われたのは、初めてだったからね」
過去の許嫁たちや彼の母親のことを思い出しているのか、三智鷹は目を細めた。
「まぁ、歌川さんが言っていることもあながち間違いではないけれどね。妖に襲われたり、呪われれば、誰だって危険が及ぶ訳ありの結婚から逃げたくもなるだろうし」
「けど、三智鷹様は私なら逃げないと思って、この契約を持ち掛けてきたんでしょう?」
何を今さら、と言わんばかりに返せば彼は目を瞬かせる。
千依は三智鷹の目を真っ直ぐ見ながら、もう一度伝える。
「三智鷹様。私は、逃げませんよ」
「千依さん……」
「だから、あなたは私が死ぬかもしれないなんて、そんな無駄な心配をする必要はないんです。私という人間を信じて選んでくれたのなら、最後までその決断を信じていて下さい」
胸を張ってそう告げれば、三智鷹は一度、唇をきゅっと一文字に結んだ。
「……それに、契約した以上は受けた依頼を完了しないと、私に報酬が支払われないでしょう?」
片目を瞑りながら茶目っ気たっぷりにそう告げれば、三智鷹は目元を和らげた。
この会合に来てから、初めて彼が穏やかな表情を浮かべた瞬間だった。
「……しっかりしているなぁ、僕の奥さんは」
そう零した後、二人はお互いに軽く笑い合う。
「飲み物を貰ってちょっと休んでから、もう少しだけ例の妖の情報がないか、探ってもいいかい?」
「ええ。私もお手伝いします」
「ありがとう。……そういえば、ここではあまり食べられないだろうと思って、事前に夕食を屋敷の厨房に頼んできているんだ」
「本当ですかっ!」
何と気が利く旦那様だろうか、と千依は期待を籠めながら「献立は何なのか」と視線で問いかける。
「ちなみにカレーだよ」
「カレー! 私、カレーを食べるの、久しぶりです!」
最後に食べたのは実家に居た頃だ。思い出しただけで、涎が出そうだ。
「えへへ……。何杯でも食べられそうです……」
「うん、おかわりもあると思うから、ゆっくり食べなよ」
屋敷に帰れば、カレーが待っていると知り、きゃっきゃっとはしゃぐ千依を三智鷹は微笑ましげに見つめていた。
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