三章 祓の会

十四話 黒い手袋

 

「うぅぅ、契約詐欺……契約詐欺ですよ、これは……」


 千依はいつもとは違う薄花色の着物の上に、墨色の羽織を纏っている。

 何より、普段以上にきつく締められた帯が少し苦しい気がして、低く呻いた。


 そんな千依に向けて、三智鷹が苦笑する。


「いやいや、ちゃんと契約書に盛り込んでいたよ? 拝上三智鷹の妻として、帯同しなければならない用事の際には同意するって」


 今日の彼の装いは、初めて会った時とは違って上から下まで和装だ。

 ただ、黒い手袋だけは相変わらずはめているようだが。


「だからって、結婚したばかりで祓い屋の会合に連れて行かれるとは思っていなかったんです」


 千依は「うへぇ……」と言いながら、到着してしまった場所を見回す。


 拝上家と同じくらいの広い庭がそこにはあり、石畳を照らすように行灯が等間隔で置かれている。

 その道の先にあるのは、どのくらいの築年数か分からない程に古くが、どっしりとした立派な屋敷が建っていた。


 ぞくぞくと参加者と思われる者達が、屋敷の中へと入っていく。

 同業者ばかりだと思うが、やはり女性よりも男性の方が多かった。


 どことなく偉そうな態度の者もいれば、妖艶な雰囲気を纏う祓い屋もいるし、中には顔の上半分だけが隠れる仮面を被っている者もいた。


 ……それに何となく、妖に近い気配も混ざっている気がする……。


 祓い屋の中には妖を「式」にしている者もいるらしく、護衛として連れていることもあると事前に三智鷹から聞いている。


 ……でも、まさか「はらえかい」が主催する会合に参加する日がくるなんて……。


 正規の祓い屋ならば、参加する権利があるこの会合では妖に関する情報交換や編み出した呪術の研究発表、更には術の競い合いなどが行われているらしい。


 中には同じ一門の将来有望な見習いを同行させて顔を繋いだり、他の流派の者に教えを乞うこともあるようだ。


「少しだけ我慢してくれるかい? 務めを果たしてくれたら、追加報酬を用意するから」

「む……」


 追加報酬、良い響きである。


 ……そういえば、ここに来る前に織人さんが三智鷹様のことをくれぐれも頼むって言っていたような……。


 今日は千依が付き添いなので、三智鷹の右腕である織人は留守番だ。

 彼も会合はあまり好きではないらしく、出発前に嬉々として「お気をつけてー」と言って見送っていた。


 ……多分、例の妖の襲撃に備えておいて欲しいって意味なんだろうな……。


 今の千依は例の妖を誘き寄せる「囮」でもあり、三智鷹を守る「護衛」でもあるのだろう。


 ……正直、祓い屋が集まる会合に参加するだけなのに、拝上一門の当主に護衛なんて必要かなと思ったけれど……受けた以上はしっかりと務めないとね。


 別に追加報酬につられたわけではない、決して。

 千依は約束したことは守る性分なのだ。


「まぁ、仕方ないですね。契約していることですし。会合の一つや二つ、軽くどんと来いです」

「ありがとう、千依さん。……それと、会合の最中には力を抑えておいてくれるかい? 妖を従えている祓い屋もいるから、彼らに危害を及ぼすような状況になったら面倒だからね」


 破魔体質である千依は近付くだけで低級程度の妖ならば簡単に消滅させることが出来てしまう。

 余計な争いを生まないためにも、三智鷹の言う通りにしておくべきだろう。


「ふむ……。……このくらいでいいですか?」


 千依はすぐに力を抑えてみる。


「うん、上出来。それじゃあ、行こうか」


 すると、三智鷹が千依へと左手を差し出してくる。

 だが、彼は何かに気付いたようにはっとした後、すぐに手を引っ込めた。


 今の動作は一体、何だったのだろうかと千依は小さく首を傾げる。

 黒い手袋をはめている三智鷹の手をじっと見つめ、千依はぽつりと呟く。


「……そういえば、その手袋、いつもはめていますよね」

「念のために、はめているんだ。うっかり触れてしまった時に、相手を傷付けてしまいかねないからね」


 それはどういう意味だろうかと千依が目線で三智鷹へと訊ねると、彼は苦笑しながらおもむろに右手の手袋を外した。

 そこにはしっかりとした大きな彼の手があるだけだ。


 だが、三智鷹が見て欲しかったのは手ではなく、手袋の方だったらしい。

 彼が手袋を裏返せば、書き記されていたのは呪文で描かれた陣だった。


 千依はじっと文字を見つめ、そこから感じ取れるものを言葉にする。


「……攻撃を内側へと抑え込む……ような術ですか?」

「正解。さすがだね」


 苦笑しつつ、三智鷹は手袋をはめなおし、周りに聞かれないように少しだけ声量を落した。


「例の呪いのせいで、女性に触れられないんだ」

「それは相手が触れてきても、ですか?」

「そうだね。接触するようなことがあれば、相手に激しい痛みが走るんだ。……こうやって手袋をしていても、呪いの方が強いのか、あまり効果はないんだけれどね」


 それでも極力、相手を傷付けまいと自衛しているのだろう。


「想像以上に嫉妬深い妖ですね……」

「本当だよ。おかげで生きにくくて仕方がない。……まぁ、そういうわけで残念だけれど、君には触れられないんだ」


 三智鷹は肩を竦めつつ嘆息する。


 契約した際に、この結婚において子は設けないと決めていたが、あれは妖の呪いのせいで彼が女性に触れられないことも理由の一つだったのだろう。


 また、呪いのことを知っているのは千依を含めて、三智鷹の従兄弟である織人の他に一門の者でも数名だけだと聞いている。

 拝上家の当主が呪われているなど、弱みになりかねないのでこの件も口外しないようにと契約書には盛り込まれていた。


「とりあえず、三智鷹様の手を借りるようなことがないように気を付けますね。でも、うっかり触れちゃった時には驚きと痛みで投げ飛ばしてしまうかもしれないので、それだけご了承下さい」

「君ははっきりと言うなぁ……。まぁ、嫌悪しないでくれるだけで、こちらとしては気が楽だけれど」


 お互いに軽口を叩き合いながら笑っていると、どこからか強い視線を感じ、千依はばっと振り返る。


 ……今、何だか首筋がぞわってしたような……。


 ふと足元を照らしている月が陰った気がして、何となく空を見上げる。

 一瞬だけだが、そこには鳥のような影が見えた気がした。


「どうしたんだい?」


 千依が立ち止まったことを不思議に思ったのか、三智鷹が声をかけてくる。

 気付いた時には、見えていた鳥の影は消えていた。


「……いえ。今日は月が映える夜だなと思いまして」


 そう答えれば三智鷹も空を眺め、目を細めた。


「本当だ。満月で、綺麗だね」


 三智鷹と他愛無い話をしながらも、千依は先程、見えた鳥の影を探してみる。


 ……やっぱり、気のせいだったのかな……。


 初めて会合に参加するので、少し過敏になっているのかもしれない。

 千依は視線を空から、会合の場となる屋敷の方へと戻した後、表情を引き締め直した。

  

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