第2話 手刀
▽
——閉じた目にほんのりと光が当たる感覚がする。
ゆっくりと目を開けると、風で木々が揺れて葉の擦れる音もしっかりと聴こえる。
「……すごいな、最新のVRって」
若干の青臭さまで感じる。
おそろしいなフルダイブ型は。
以前、1世代前のVRデバイスでゲームをプレイしたことがあるが、ここまでのリアル感はなかった。
ゲームの世界にいるのは頭でわかっているが、全身から感じる全てが現実世界のそれだと訴えかけてくる。
さらに、視界の中にはメニューバーや体力ゲージなどの表示は一切ない。ゲームの中だというのにそういったシステム的な要素が感じられないのも現実感を強める要因となっている。
「森……か? 服は部屋着のままっぽいな……」
辺りを見回すと森だった。上を見ると、日差しが差し込み青空が視認できる程度に木々には隙間が空いている。そこまで深い森という印象は受けない。足元はくるぶし程度まで伸びた芝のような植物が生い茂っている。
視界で見える範囲では、ログインする前に着ていたジャージの上下が確認できる。ログイン時に靴は履いていなかったが、今はランニングシューズを履いていた。
「ん?」
すぐそばに何かがある。
『プレイヤーの皆様へ』と書かれた半透明のプレートが浮かんでいる。その下には小さく膨らんだ麻袋があった。
「おお、こういうのを見るとゲームって感じがするな。中身は……っと」
袋の中には手紙と赤色の宝石のようなもの。
手紙にはこう書かれている。
ーーーーーーーーーー
プレイヤーの皆様。
当ゲームを起動していただき誠にありがとうございます。
はじめに
皆様への注意点が2点ございます。
1点目。
このゲームをプレイするにあたり、ゲームの存在を非プレイヤーの方へ故意に教える、または勧誘する行為はおやめください。発覚した際には即時ペナルティを課すと共にゲームへの参加資格を失うものとします。
2点目。
途中棄権した場合、各プレイヤーはゲームへの参加資格を失い、ならびに賞金や賞品の獲得権利を同時に失うものとします。
上記に同意していただける方はバッグ内の赤色の宝石を握り「取得」と唱えて下さい。そちらの行為を以てゲームへの参加意思があるとみなします。
参加意思の確認が完了し次第、ゲームの詳細をご説明いたしますので、そのままお待ちください。
ーーーーーーーーーー
なるほど。
このゲームはおそらく、ランダムに抽選された(だろう)参加者だけのクローズドベータのようなものなのか?
そうだとしたら1点目の『他の人にはゲームの存在を教えてはならない』も納得ができる。
2点目は……棄権したらそりゃそうだよな。
5億円という賞金がいつ手に入るのかは不明だが、対人戦闘テスターと銘打っていたので、ゲームの内容をそのまま動画にしてプロモーションにでもして打つんだろうな。
大人たちが本気で競い合う姿ってのはそれだけで面白いものだし、賞金額がバカみたいに大きいからその分本気度もあがるものだ。
新しいゲームの新しい広告形態だと考えれば、100万円もする最新式ヘッドギアを送ってきたのも、贈り物と称して大金を同梱してきたのも、ゲーム内容を秘匿したいというのであれば頷ける。こういうのはサプライズ的に広告を出すことでバズるのであって、公開する前に中身がバレてしまっては味気ないからだ。
ゲームの詳細がわからないのは引っかかるが、現段階では今以上の情報が他にあるわけでもないし、こちらが何か負債を背負うような内容が書かれているわけでもない。
「それじゃあ……やりますか」
俺は麻袋に入っていた拳大の赤い宝石を手に取った。
ずっしりと重く綺麗にオーバルカットされたそれは、光を乱反射させて透き通り、幻想的な様子を醸し出している。
「取得」
——バリンッ!
唱えた瞬間、赤い宝石は勢いよく飛び散った。
「うわぁ! なんだよ!?」
飛び散った宝石の破片はどろりと溶け、空中へ霧となって散っていく。
霧はそのまま消えることはなく、渦を巻いて俺の身体へと入って行った。
ポーン。
頭の中に電子音がした。
そして声も聴こえる。
【プレイヤー逸人さまの参加意思を確認しました】
【スキルを授与します】
【あなたのスキルは「手刀」です】
【腕を磨けば磨くほど、強力になっていくスキルです】
無機質な女性の声だ。
ずいぶん前に流行った合成音声ソフトのような声色だった。
「スキル……? 手刀で戦えってこと……?」
特に何かパワー的なものが湧き上がったりの体感がない。うんともすんともだ。腕を曲げてみても工場勤務なのにちからこぶすらできない。
ためしにステータス表示やステータスオープンといった声をあげてみても、何も表示はない。音声認識型のユーザーインターフェースでもなさそうだ。
「あなたのスキルってことは、他のやつらは手刀とは別のスキルをもらってる可能性があるってことだよな……?」
ぶんっ、ぶんっ。
近くにあった草木に向けて手刀をぶつけてみる。
ばさばさと草木は揺れている。
ひとっつも切れやしない。
……嫌な予感がする。
これ、引き直しとかできないよね?
◇◆◇◆◇◆◇
——赤い宝石を握り潰してから1時間は経ったか。
いまだにゲーム詳細の説明がない。
あまりにも暇だったので少し歩いて散策してみたが、同じような景色が続いた森ばかりで早々に飽きてしまった。
ログアウトするための方法もないようだし、ちょっと困ってしまったな。
さらにわかったことがある。
俺の手刀は役に立たない。
全く。
熟練度——使用回数に応じて威力が上がるのかと思い、何度も何度も草木に手刀をくり出したが結果は惨敗。
手の側面が緑色になるだけ。草の色素が手に移るなんて無駄に凝ったグラフィックしてやがる。腹立つ。
ただただ揺れる草木が俺を嘲笑っているように感じる。末期だ。もう辞めたくなってきた。
こんなものはお金をかけた壮大な嫌がらせだ。
そう思ったとき。
——ポーン。
またもあの電子音が頭に鳴り響く。
【皆様、お待たせしました】
【全ユーザーの参加意思が確認できましたので、ゲーム詳細の説明をさせていただきます】
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