異世界ゲーム 〜賞金5億円の対人ゲームに参加することになったので、サクっと無双して賞金もらってFIREします〜
八二六 しり
第1話 その誘惑。抗い難く。
▽
「5億……?」
俺は今、都内某所にあるワンルームマンションの自室にいきなり届いた怪しい小包を開封して中身を見ているところだ。
小包には宛名しか書いておらず、誰が送ってきたのか、どこの運送業者が送ってきたのかも一切わからない。
仕事から帰ってきたら、玄関前にぽつりと置いてあったのだ。
「中身は手紙……と、ヘッドギア? はぁ……」
真っ黒なビニールに包まれた荷物をあけてみたら、そこにはハガキサイズの手紙が入っていた。
あなたには、優勝賞金5億円のゲームに参加できる権利を差し上げます。と、黒地に白い文字で書かれている手紙だ。
その手紙の下には緩衝材に包まれた、フルダイブ型ヘッドギアがある。
これは最新式のVRゲーム対応のヘッドギアだ。たしか、新品で買おうとすると100万円以上はする。
面白いゲームが多いと話題だったが、手取りで15万円ほどしかない薄給の俺には到底手の出る代物じゃないと、買うのを諦めていた商品だ。
「手の込んだイタズラもあるもんだなあ、これに接続したら個人情報でも抜かれるのか?」
そもそもこのヘッドギアは、スマートフォンなどに内蔵されているデータ通信機構が入っていて、自宅に引くインターネット回線とは別に利用契約をしないと所持できない物だ。
その回線の契約時に年齢確認が必要なので、未成年であれば18禁ゲームはできないように規制されている。
そのように面倒な契約を踏まないと取得できないヘッドギアだが、これはフル・エクスペリエンス・ダイブ型といって、脳波に作用して触覚や味覚などの五感を擬似的に再現し、リアル顔負けのゲーム体験ができることで大人気なのだ。
つまり、えっちなことが、めちゃくちゃリアルに、バーチャル上でできるのだ。
その上ヘッドギアはスマートフォンと同期させることができ、検索履歴や普段の趣味嗜好、SNSでの発言などをヘッドギア内蔵AIが分析し、自分が今どんなことをしたくて、どんな女の子が好みか、といった欲求を全てバーチャル上で実現してくれる。
超超超高性能なエロ本としても機能するから大人気なのだ。
しかし、ネットに繋がるということは、その情報なども全てモニタリングされていて、サーバーに送信される。
このご時世のエロ本はベッドの下なんかには隠せないようになっている。
いや、18禁だけじゃなくて、全年齢向けのゲームも同じようにできるから、大人気なんだけどね。
「いやー、しかし……このヘッドギア、どうみても本物だな……マジで100万円がここに…………ん?」
ヘッドギアの更に下には、また別の紙が入っていた。
ーーーーーーーーーー
おめでとうございます。
逸人様には、完全招待制のVRゲームである
「異世界ゲーム」への参加権利が当選いたしました。
提供するこのゲームはオンラインゲームです。
対人戦闘のモニターとして、逸人様が選ばれました。
逸人様は18歳から25歳現在までのお勤め先であるプレス加工工場での単調作業と、上司からの陰湿な嫌がらせで、強い心的ストレスを感じていらっしゃると思います。就労後ご自宅に戻ってから「桃色はぁと部」にて毎晩毎夜自らを慰める日々。
そんな常日頃感じておられる鬱憤を、当局が提供するVRゲームで晴らして頂ければ幸いです。
また、遊んでいただくにあたって。
賞金を些少ながらご用意させて頂きました。
ゲームでの勝利後にはご自分でお使いいただくことはもちろんのこと、ご家族への仕送りとして使っていただいても結構でございます。
その際には、実家にお住まいのご両親と弟様、遠方にお住まいのお姉様。
それぞれどのように仕送りをしたいか仰って頂ければ、当局にて非課税枠での贈与手続きをさせて頂きます。
ゲームの詳しい内容は、ログイン後にご確認下さい。
ゲームへの参加意思はログイン後のチュートリアルが終わったのちに確認いたしますので、ご安心下さい。
なお、開封後1週間が過ぎてもログインがない場合、ゲームへの参加意思が無いものと扱います。
また、ゲームに参加しない場合は、この手紙の内容を秘匿していただくことを条件に、お送りしたヘッドギアはどのように扱っていただいても結構でございます。
逸人様のログインを、心よりお待ちしております。
追伸
逸人様の心労を癒せればと思い、ほんの気持ち程度ですが箱の最下部に贈り物がございます。お好きにお使いください。
異世界ゲーム運営局
ーーーーーーーーーー
「異世界……ゲーム……。なんだよこれ、俺の仕事や家族構成まで……」
手紙の内容は大昔に流行ったスパムメールみたいな内容だったが、仕事内容さらには家族構成までしっかりと調査されている。
家族構成はまだわかる、俺には借金があるからな。役所に弁護士を通して住民票を開示請求すれば第三者でも確認ができることだ。別居中でなおかつ分籍している家族の情報はどう掴んだのか知らないが。
「しかしなんで……なんで上司のことまで……?」
所属している部署の上司である班長によるパワハラを俺は受けている。
それは俺が仕事でミスを起こしたためなどではなく。
上司は俺を標的にして憂さ晴らしをしているのだ。
これは誰にも相談したことがない。
同僚に仲が良いやつはいるけど相談したことはないし、両親になんてそれこそ相談のできる内容じゃない。
上司は言葉巧みにハラスメントにならないギリギリのラインで人格否定をしてくるのだ。俺の同僚が近くにいる時には特にそういった態度はとってこないし、証拠がはっきりとしない状態で誰かに愚痴を聞かせるわけにもいかない。
友達にだって仕事の話はしたことがないんだ。
いや、それよりも問題はそのあとに書いてあることだ。
「なんで桃色はぁと部のこともバレてんだよ」
桃色はぁと部とは、うん。
そういう動画サイトだ。
VRでぶるんぶるんのボインボインだ。
「しかし非課税で5億円を贈与するってどうやるんだよ、まさか5億円まるまる現金で手渡しか? ありえねえ……」
それ非課税ちゃう、脱税や。
こんな手紙は、俺の詳細な情報がなければ単なる与太話として片付けられる内容だが……。
これは明らかに異質だ。
ただのイタズラだったとして、最新機種で100万もするようなヘッドギアを送ってくるか?
しかもゲームをプレイしなくても返品しなくていいなんて、そんな話があるか?
「そういや贈り物があるって書いてあったな」
箱の最下部になんらかの贈り物があると手紙には記載があった。見たところ、もう箱には緩衝材しか入ってないけど。
いや、その緩衝材の一部が異様に膨らんでいる。
俺は爪でその膨らみを破いた。
「なんだ? 何が入っ————」
そこには300万円が入っていた。
現金で。
触ってみる。本物だ。
匂いを嗅ぐ。本物だ。
——もしかしたらこの馬鹿げた優勝賞金も、本当のことかもしれない。
荷物を開けたその日は、全く落ち着けなかった。
仕事から帰ってきて、昨日寝る前に観ていたアニメの続きでも観ようと思っていたのに。
コンビニで買った晩飯はまったく味がしなかった。
風呂だってどこから体を洗ったかすらも覚えてない。
楽しみだったアニメを観ていても、何も頭の中に入ってこない。気がついたら俺は桃色はぁと部を観ていた。
俺の頭の中に、あの怪しい小包と怪しい手紙が、ずっとずっと居座っている。
なにをやっていても自然とため息が増える。
5億円。
ゲームをして5億円が手に入る。
……かもしれない。
これから先、生きていく上で全く仕事をしなくても良くなってしまう金額だ。
多少の贅沢や好きなことをなんでもできる金額だ。
俺の人生を、丸ごと買える金額だ。
俺はテレビを消し、ちらりとカレンダーを見た。
明日は日曜日。週に一度の休日だ。
俺は、静かに怪しさ満点のヘッドギアを装着して、ベッドに横になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます