第29話 暗点 -4
デイモンの呼びかけがあってから攻撃は止んでいた。こちらの出方を伺っているようだ。それに気付いたレイノルドが隊列の後方に降りてくる。
「俺はあいつの言葉は嘘だと思っている」
流石のレイノルドも少し憔悴していた。ほぼ無抵抗のまま部下を7人死なせてしまったのが効いているようだ。レイノルドはルクスの欲しい言葉を投げかけてくれるが、それが本心からの言葉かは分からなかった。
デイモンと相対した時間は少ないが、彼が嘘をついたり罠に嵌めるような真似をするとは思えなかった。それに、強力な魔法を使える人材を確保したとなれば、それなりの武勲だと言える。トゥルグの無血開城に人材確保が加われば、デイモンの功績としては十分だ。つまりデイモンには嘘を吐く必要が無かった。
レイノルドも同じ考え方をするはずだ。それでもデイモンが嘘を吐く可能性に言及しているのは、自分の事を思っての言動だろう。
警備隊の面々からも投降を望まれている中でルクスを守る為には、デイモンが裏では何を考えているのか分からない奴だと思わせる必要がある。ルクスを奪った後で警備隊を皆殺しにしてくる可能性があると、警備隊員に思い込んでもらわなければならない。
実際、レイノルドの言葉には効果があったようで、ルクスを見る警備隊員の目が少しだけ柔らかくなった気がした。
「実際のところどうしましょう」
小声でレイノルドに問いかける。
デイモンの元に行くか、どうにかして彼らから逃げ切るか。二つに一つだが、逃げ切りは厳しそうに見える。
「ルクスは魔力切れを起こしたことがないんだよな?」
「はい、だからいつガス切れするのか分からなくて……」
「まずは、その考え方をやめてみよう」
「はい?」
レイノルドが何を提案しようとしているのか分からなかった。
「ルクスが全力を出し切ったら逃げ切れる可能性が有るはずだ」
「でも、もしも僕が魔力切れを起こしたら?」
「その時はデイモンの元にいけ」
確かにルクスの身の安全だけは保障されていた。レイノルドの言う通り、魔力切れを恐れずに動いた方が良さそうだ。
「でもどうやって逃げ切るんですか?魔法勝負では勝ち目が無いですよ?」
「……うちにはエリオットがいる」
「え、私ですか?」
「馬の名手がいるって意味だ」
ここまで来てもレイノルドの真意は分からなかった。
「すいません、作戦を教えてください。」
レイノルドはデイモンの方をチラリと見ると、小声でルクスとエリオットに作戦を伝えた。
「確かにそれならいけるかもしれません」
「エリオットもいけるな?」
「結構重要な役回りですけど、何とかしてみせます」
二人の決意表明を聞いたレイノルドは、ケイトリンやウィルの元へ駆けていく。今回、彼らの役回りは無い。完全にエリオットとルクスの力量任せの作戦だった。
投降する気配がない事に気付いたのか、デイモンは再び弓を構え直していた。それを確認したレイノルドは号令を出した。
「全員注目!これより先は退避行動を禁ずる!弓はケイトリンが焼き尽くす!そして後方を確認するのも禁ずる!俺の背中だけを追いかけろ!」
もちろん警備隊はレイノルドの作戦を知らない。だが、それが最善種であるのは知っているので士気は高かった。
「ではルクスとエリオット!検討を祈る!」
レイノルドはスピードを上げた。長距離を走るための巡航速度から、短距離を駆け抜ける時の速度になる。馬への負担が大きいため長い距離は走れないが、ルクスとエリオットの乗る馬から距離を離す事には成功していた。そして、その僅かな距離が重要な作戦だった。
「では行きます!」
「はいよ!」
ルクスの掛け声と同時に、彼らが乗る馬の足元の地面が隆起し始めた。
地面はなだらかな上り坂へと変化していた。ルクスの前方を走るレイノルドの隊列が遠く、小さくなっていく。
デイモンの軍隊も坂を上っていた。ルクスが発動した魔法は広範囲に効果及ぼしており、坂から逃れる術は無かった。
地面を隆起させ続けて、レイノルド達が走る地面から5mほどの高さまで持ち上げたところで地面の生成を止める。ルクス達の目の前は断崖絶壁となるが、飛び地のように狭い足場を作って急造の道を拵える。
エリオットの巧みな操馬によって、足場から足場へと飛び移る事で5mの高さを駆け降りる。
「いやぁ、刺激的な道だね!」
そう言いつつも、エリオットは余裕そうだ。噂に違わぬ実力だ。
ルクスは後ろを振り返る。下に降りるための道は一頭用で、デイモンが引き連れている馬を全て下におろすのには非常に時間がかかる。馬鹿正直に下ろうとすれば、そのまま逃げ切る算段が付く。デイモンは崖上で馬を止めており、こちらを睨みつけている、ように見えた。
そこからどうするのだろうと馬に乗りながら眺めていると、デイモンの軍勢が空中を駆けているのが見えた。
「女が空を飛んでいたやつの大規模版か……」
彼らは圧縮された空気の上を駆けていた。下り坂になっているようで、彼らはすぐに地上の上に降り立ってこちらを追いかけてくる。
「これは……あいつと俺の魔法勝負だな」
ルクスが生み出した悪路をデイモンの魔法で踏破する、異色の障害物競走が始まろうとしていた。
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