第28話 暗点 -3

 破壊的な威力を持つ弓矢はルクスを重点的に狙っていた。

 殿を努めているため的にされやすく、ルクスをどうにかすれば残りの軍勢は取るに足らないと考えているのだろう。

 しかし、狙いが分かれば防ぐことが出来た。弓を引き絞る動作があり、直線的に飛んでくるため意外にも防御は簡単だった。


「でもこれ、何度も受け止めるもんじゃないっすね」


 エリオットの言う通りだ。弓を防げても、破壊された壁の破片は防げなかった。ルクスだけでなくエリオットの右腕にも擦過創を作っていたし、ルクス達が乗っている馬も被害を被っていた。

 走るのに支障が出る怪我は負っていないが、いつ詰んでしまうか分からない状況だった。


「こっちからも攻撃してやりましょうよ」


 エリオットが言うが、そう簡単な事では無い。

 敵国とは言え、人間は人間だ。魔物を攻撃するのとは訳が違う。この世界に来てから色々な覚悟を決めて来たつもりだが、それでも人間に攻撃するのには抵抗があった。

 殺しに来ている相手に対して躊躇ってしまうのも変な話だが、とどのつまり攻撃を防いでしまえば良いのだ。強烈な攻撃だが防ぐ手立てはあり、長距離を走れば軽装なこちらに利があった。わざわざ相手に攻撃を浴びせて血みどろの撤退戦にする必要はないと思ったのだ。


 そんな事を考えながらデイモンの攻撃をやり過ごしていると、彼の弓筒の中身が尽きた。弓以外に攻撃の手段はあるのだろうが、これで終わってくれないかと甘い期待を持ってしまう。

 轟音が止んだのに気付いて警備隊の面々がデイモンの方を見つめる。彼の次の行動を確認しようとしていた。


 弓が無くなったのに気付くとデイモンは弓を背中に背負った。そのまま空いた手を真っすぐ天高く掲げる。指の先までピンと伸びていて、美しさが感じられた。

 何のために片手を掲げているのか不思議に思っていると、デイモンの後ろに控えていた大量の騎手達に動きがあった。彼らは弓を構えていた。


「斉射が来るぞ!」


 レイノルドが叫ぶのと同時に弓が放たれた。最初と同じように山なりの軌道で放たれた弓矢が空を黒く塗りつぶす。そして大量の弓はルクスでは無く、隊列の先頭を目掛けて放たれていた。山なりに飛んできているため、最初のように壁を立てて防ぐことは出来ない。


「回避行動!」


 隊列は左右に半分に分かれ、先ほどまでいた場所に矢が突き刺さる。被害は無いが、隊列は二分されてしまっていた。

 猛烈に嫌な予感がしてデイモンの方を見る。距離があって表情すら分からないが、デイモンの口の動きだけは良く見えた。


「守ってみろ」


 デイモンはいつの間にか中身の補充された弓筒を持っており、今まさに弓を放とうとしていた。狙いはルクスがいない側の殿だ。

 急いでデイモンと最後尾の間に土壁を立てるが、距離があるため上手に設置する事が出来なかった。


「あ……」


 デイモンが放った弓は、最後尾を走る馬の身体に簡単に当たった。

 馬の尻から胴体にかけて肉が爆ぜた。跨っていた騎手の右足も一緒に吹き飛び、馬と一緒に騎手は地面に倒れこむ。慣性で身体を回転させながら地面の上を跳ねてから静止した。

 まだ息はあるように見えたが、デイモンの軍勢に飲み込まれる時に剣で切り捨てられるのが見えた。


 デイモンは続けて二射目を放つ。これは何とか壁で妨害するが、次の三発目は壁で防げず兵士の身体に直撃した。兵士の胴体に大きな穴を開け、馬の首から上を吹き飛ばした。これもまた後ろから追いすがるデイモンの軍勢に飲み込まれていく。

 デイモンは弓を撃ち続ける。幾つかの攻撃は防ぐが、ほとんどが警備隊員か馬に直撃して命を奪っていく。 

 別れた隊列は合流しようと寄っていくが、その間にルクスのいない方の隊員が死んでいく。結局、再合流するまでに7人死んだ。合流しても休む瞬間は与えられなかった。


「もう一回来るぞ!」


 雨の矢が隊列に向かって放たれた。先ほどと同じ流れを再現しようとしているらしい。防ぐ手立ては無く迂回行動をして避けるしかなかった。今回は二手に分かれず、大きく左側に迂回することで弓を避ける事が出来た。

 デイモンは執拗に矢の雨を降らせた。右に左にと避ける事で矢に当たる者はいなかった。しばらく攻防を続けているとエリオットが叫んだ。


「距離が詰まっています!直進しないと!」


 ジグザグに走らされた事で、デイモンの軍勢は近くに迫っていた。相変わらずデイモンは破壊的な弓を撃ち続けており、ルクスはその対応に追われていた。距離を詰めるための矢の雨と、一撃必殺の弓にルクス達は翻弄されていた。

 距離が詰まった事でデイモンの顔が良く見えた。自身に満ち溢れており、この戦闘も勝利すると信じて疑っていないようだ。


 デイモンはルクスを指さすと、声高に叫んだ。


「お前がこちらに来るなら、他の奴らは逃がしてやろう‼」


 鬱陶しい勧誘の続きだった。今回も断るつもりで口を開こうとするが、前を走る警備隊の目線が自分に集まっている事に気付く。

 彼らはルクスがデイモンの傘下に下る事を望んでいるだろう。デイモンから逃げ切る事は出来ないし、自分の命がいつ散らされるかと考えると気が気でなかった。そこにデイモンから垂らされた救いの糸が見えてしまったのだ。その糸に飛びついてしまうのも無理のない話だ。


 警備隊員たちのあまりに冷たい目線に、ルクスは自分の意思を押し通す事が出来なくなる。彼らのためにデイモンに投降するのが最善なのではないか。そんな考えが頭の中を駆け巡る。


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