第14話 孤児院の戦い

 俺は孤児院の外壁に刺さった棍棒から目が離せなくなっていた。

 グルグルと回転しながら向かってきた棍棒は兵士の首上を跳ね飛ばして、そのまま孤児院の外壁に突き刺さったのだ。炊事場の外壁に刺さったそれは嫌な想像を掻き立てた。


 炊事場ではレオンが戦いを見学していたはずだった。棍棒が直撃していないとしても、損傷した壁の破片でケガをしている可能性はあった。今すぐに自分の回復魔法で治療したい気持ちに駆られるが、森から聞えてくる地鳴りがそれを許さなかった。


「構えろぉ!」


 レイノルドが怒鳴るのが聞こえた。

 今しがた仲間の兵士を失ったのにも関わらず、迅速な立て直しだった。隊列は組み終わるが、レオンが心配だった。


「ちょっと孤児院の様子だけ見てきていいですか⁉」

「ダメに決まってるでしょ!」

「怪我人がいたらどうするんですか!」

「そんなの気にしてる暇なんて無いわよ!この地鳴りが聞こえないの⁉」


 地鳴りは大きく、ケイトリンが焦っているのが分かる。とはいえ、みんなの安否が分からない状態で戦闘に身が入るとも思えなかった。


「私が見に行きます」


 そんな俺の様子を見かねてウィルが名乗りを上げた。


「攻撃魔法も使えないし、今ここには怪我人がいない。だから私が適任です」


 ウィルは首の無い兵士の方を見ながらそう言った。ここまでショッキングな場面は経験した事が無いようで、流石の彼も青ざめていた。


「経験値がある分、回復魔法ならルクス坊より私に分があります。任せて下さい」


 そう言うとウィルは裏口から孤児院の中に入っていった。彼の言う通り、ルクスは自分の指に作った小さな切り傷しか治療した事が無かった。ここは素直に彼に任せた方が良い。

 とは言え、俺は自分の力で地鳴りの主をどうにか出来る気がしなかった。


「ルクス、森を燃やすの手伝ってくれる?」

「森を燃やす?」


 ケイトリンは俺の返答を確認する前に森に向かって火炎球を打ち込んだ。大きな杖先から速射された火炎球は、森の境目の樹木に当たる。2, 3発撃ち込むとようやく樹木が燃え始める。


「地鳴りの正体は分かんないけど、勢いを削がないとマズいわ。それに視界が狭すぎるから今のうちに燃やしておかないと」


 ケイトリンの言葉を聞いて、俺も火球を放った。

 俺が放つ火球はケイトリンの放つものより大きく、着弾する度に木が爆ぜた。爆ぜた樹木は地面の上に倒れこみ、道を塞ぐ障害物としても機能していた。大砲を森に向かって放っているようだと思った。


 俺が10発ほど撃ち込んだ時に森の中からゴブリンが飛び出してきた。

 一匹出て来たかと思うと、とめどなく溢れてくる。5匹数えている間に10匹飛び出してくるという、異様な勢いでゴブリンが現れる。先ほどのが比にならないレベルの量だ。黒い波のように飛び出してきたゴブリンはレイノルド達を飲み込もうと狂ったように突進してくる。


「全滅させるつもりで殺さないとレイノルド達が死ぬわよ!」


 先ほどゴブリンたちに放った土製の散弾を大量に作り出す。魔法の材料にしたせいで、孤児院の周りには3つのクレーターが出来上がっていた。ゴブリンに散弾を浴びせるが至近距離で発射すると効率が悪いため、少し高い位置から土の雨を降らせる。威力は落ちるが、ゴブリンの行進を遅らせるには十分だった。


「ゴブリンが多すぎて前衛がいても意味無いかもしれません!」

「レイノルド!魔法の邪魔になるから下がってきて!!」


 レイノルド達は全速力で戻って来た。

 ケイトリンは森に火をつけ終わっていて、孤児院の裏手の森からは轟々と火の手が上がっていた。孤児院から森までは距離があったが、とてつもない熱量を全身で感じる事が出来た。

 俺は散弾をバラまいていた。レイノルド達が戻ってきたおかげで誤射の心配をする必要がなくなり、土塊の制御はせずに、ある程度の距離を飛んだ時に散弾をばら撒くように魔法を撃つ。大量の土を使用したため、孤児院と森の間を分断する溝が完成しつつあった。


 俺の背後ではケイトリンとレイノルドが今後の進退を相談していた。

 

「トゥルグまで撤退した方が良い!」

「あんた馬鹿じゃないの?子供たちを連れて逃げ切れるわけ無いでしょうが!」

「だが……あの大軍を捌き切れると思うのか⁉」


 ゴブリンの波は収まる気配が無かった。

 森から出てくるまでに負った火傷で息絶える個体もいたが、ほとんどは身体に火傷の痕跡を残しながらも、狂乱状態で突撃してきていた。


「ここで迎え撃つしか無いわ。街道に入って視界がなくなったら、それこそ本当の終わりよ」


 結局、ケイトリンに説得されてレイノルドはここで迎え撃つ覚悟を決めた。


「お前は正門側に魔物が周りこんでないか確認しろ。姿が見えたら戦う前に必ず報告してくれ」


 部下に正門の防備を任せ、彼は裏門前に構えた。


「嬢ちゃんの肉壁ぐらいにはなれるぜ」


 そうならないようにゴブリンの数を減らし続ける。濁流は着実に孤児院に近づいていた。散弾の雨を掻い潜り、仲間の屍を超えて走り続ける。首上を失った兵士の死体は既に濁流に飲み込まれていた。

 ケイトリンは隣で必死に火球を放つ。取りこぼしたゴブリンを仕留めてくれるので、俺は密集地帯に魔法を撃ちこむ。大量のゴブリンが湧き出ていたが、孤児院を目指して突進してくるため、常に一定以上の密集状態が保たれていた。効率良くゴブリンを屠れていたが、限界はあった。


 徐々に押し込まれていく感覚があり、最悪の事態が頭をよぎる。何か方法を変える必要があったが、どうすれば良いのか分からなかった。とりあえず魔法を撃ち続けるが、防衛線が破られる瞬間は近い。

 言いようのない焦燥感に苛まれている時に、孤児院の裏口のドアが開いた。


「怪我人はいましたが治療しました。ひとまず全員無事です」


 ウィルだった。喋り終わった後でゴブリンの波が迫っているのに気付いたようで、彼の顔は再び青ざめた。


「結構マズい状況ですね」

「何か策はないか?」

 

 ウィルとレイノルドで現状を打破できないか相談していた。


「逃げるのは厳しいから全員倒すしか無いでしょうね」

「ケイトリンと同じことを言うんだな。で、何をすればいい?剣には自信があるが、あの量相手に何かできるとは思えん。現状、この坊主任せだ」

「……私も回復魔法しか使えないし、ケイトリンも限界です」


 ケイトリンには魔法を酷使した時の兆候が表れていた。

 息は切れ、異常な発汗があった。杖を握っている右手は赤く鬱血し、彼女の細腕には血管が太く浮きあがっていている。手の甲は火傷を負った様に赤く爛れていた。


「一回休んだ方がいいですよ」

「何……言ってんのよ。あれを、どうにかしないと…どっちにしろ死ぬのよ」

「ゴブリンを殺しきる前にあなたが死にますよ。いいからこっちに来てください」


 ウィルはケイトリンを強引に休ませ、治療を開始する。

 ケイトリンが抜けたため、取りこぼしのゴブリンを殺すための魔法を用意する必要があった。土の散弾と別に火炎魔法を同時に放つが、とりこぼしたゴブリンを正確に狙う必要があり、散弾を放つ効率が落ちてしまった。 


「すいませんルクス坊、治療が終わればケイトリンも戦線に復帰できるはずです」

「大丈夫です。と言いたいところですが、長くは持たないと思います!」

 

 殲滅スピードが落ちたため、ゴブリンたちは溝の中まで浸食し始めていた。坂を転げ落ち、それが致命傷になった仲間を踏み越えながらゴブリンは突進を続ける。


「レイノルド!兵士職なら色々経験してるだろ、こういう状況を切り抜けた事は無いのか⁉」

「ここまで絶望的な状況はねぇよ!……勇者がいれば何とかするんだろうなぁ」


 どうやら、この世界には勇者という存在がいるらしい。ゴブリンを殺しながら、その単語がどうしても気になった。


「もし勇者がいたら、どう切り抜けると思いますか⁉」

「え、勇者がいたらか?……えーっと、一振りでゴブリンを消し飛ばす、って感じだろうな」

「……レイノルド、ルクス坊は魔法使いですよ……」

「あー、……すまんな」


 ウィルはレイノルドの発想に落胆している様子だが、俺はレイノルドの発言から危機を切り抜けるためのイメージを掴むことが出来た。


「レイノルドさん、しばらくの間ゴブリンの相手をお願いします!」


 俺は火炎魔法の発射をやめた。とりこぼしのゴブリンが突っ込んでくるが、これはレイノルドが上手に対処していた。近接戦における彼の技術は素晴らしかった。

 

 俺は火炎魔法を撃つために割いていたリソースを”新しい魔法”を作り出すために使い始める。操作対象はまたもや”土”である。

 散弾を作るのとは別に、大きな土塊をこねあげる。土塊は細長い長方形にする。整形の過程で、土の強度をひたすらにあげていく。土を足し、圧力を加え続けて土を圧縮する。ある程度圧縮しきったところで、長さ2mほどの棒が出来あがった。

 この棒を猛スピードでぶつけてもよいのだが、もう一工夫加える。宙に浮いた棒を回転させる。プロペラのようにぐるぐると回転させ、猛烈な風が発生する。ひたすらに強度を上げた事で、回転速度を上げても壊れる兆候はない。


 猛烈な速度で回転した土製の棒から不気味な風切り音が鳴り響く。ブオーンという、虫の羽音に似た響きがゴブリンの歩みを止める。


 その瞬間、猛烈に回転した棒をゴブリンの群れに突っ込ませる。

 棒に触られたゴブリンは圧倒的な運動エネルギーに蹂躙される。彼らの首元ほどの高さを棒が通過し、通過されたゴブリンは首上を吹き飛ばされ、血の霧を吹上げながら地面に突っ伏した。奇しくも、最初に兵士の首を吹き飛ばした時と同じ光景が繰り広げられていた。回転を通過させた事で、ゴブリンの大軍に大きな割れ目が出来た。


 同じ要領で左から右へ、右から左へと回転した棒を通過させていく。

 ゴブリンは歩みを進める事が出来ず、首から上を失って地面に倒れていく。この魔法を完成させてから散弾を撃つのは止めていたが、殲滅スピードは桁違いに早くなっていた。死の回転から抜け出せるゴブリンはおらず、レイノルドの出番は無くなっていた。

 じりじりと押し込まれていた防衛線は、一瞬にして森の境目まで押し下げられ、孤児院から森までは首の無いゴブリンの死体で埋め尽くされた。


 森まで死の回転が届いたところで、ゴブリンの進行は収まった。最後に殺されたゴブリンが地面に突っ伏すと、今度こそ本当の静寂が訪れた。

 

 大量の死骸に、冒涜的なまでに破壊された大地。魔法の材料を集めた事で出来た溝の底に、ゴブリンの血液が流れこんでいた。底にあるゴブリンの死体はゴブリンの血でぷかぷかと浮き始め、緑色の肌は血で染められていた。

 溝から森までの道にも血液の水たまりが出来ていた。散弾が撃ち込まれたことで凹んだ地面にゴブリンの血が流れ込んでいるのだ。

 そこら中が血に塗れ、森に放たれた炎がうなるたびに地面が炎の煌めきを反射した。


 グロテスクで幻想的な風景を見たウィルは胃の中の物を地面にぶちまけた。ケイトリンの治療は終わっており、彼女はウィルの背中をさすっている。レイノルドは剣を構えたまま森に放たれた炎が落ち着いていくのをぼーっと見ていた。


 彼らを守り、この惨状を作り出した存在が10歳ほどの少年である事に彼らは戦慄した。畏怖の目でルクスを見るが、彼ら視線が心配を含んだものに変わる。

 少年はウィルと同じように嘔吐し、痙攣し、気を失って地面に倒れたのだ。

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