第13話 久しぶりの孤児院

 孤児院への道のりはあっという間に過ぎた。というのも、前日の夜によく眠れなかったせいで馬車の上で寝てしまったのだ。目を覚ました時には見覚えのある建物が目の前にあった。

 孤児院を出てから2ヶ月ほど経っていたが大きく変化した点は無さそうだった。


 今回のメンバーは、俺ことルクス、ケイトリン、ウィルの3人の魔法使いに、甲冑に身を包んだ剣士が3人の計6人だ。3人の剣士は前回孤児院に来ていたメンバーと同じ顔ぶれで、俺が来ている事に驚いているようだった。

 前回は8人で来ていたが、魔法使いが3人集まったので減員されていた。魔法を覚えたばかりの少女のせいでメンバーが減った事に文句を言われるかと思っていたが、意外にも快く歓迎された。ケイトリンやウィルが魔法使いの評判を上げているおかげだろう。


 孤児院の出迎えは前回よりも派手だった。予定より早めの到着にも関わらず、軽食が用意されていたのだ。これは俺のおかげだろう。

 院長のクレアは俺を見つけると優しく抱擁してくれた。成人済みの魂からすると恥ずかしさが少し勝る。レオンは剣の練習にお熱のようで、俺が来た事を喜んでくれたが、すぐに3人の剣士の方に走っていって教えを乞うていた。

 孤児院にいる知り合いと呼べる人物はこの二人だけだった。


「やっぱりルクスって少し浮いてたよね」


 ケイトリンは良い師匠だが、ずけずけと言い過ぎるきらいがある。


「……上手に喋れなかったから」


 ケイトリンは俺の頭の上に手を載せて、髪の毛をぼさぼさにした。彼女なりの励ましなのだろうが、気の毒に思うぐらいなら最初から余計な事を言わなければ良いのだ。


「まぁ、気にしない方が良いですよ」


 ウィルの一言も余分だった。



 近況を報告すべき相手もいなかったので、皆に交じって魔物退治の準備を始める。準備と言っても、認識のすり合わせが主だった。

 この隊のリーダーは剣士のレイノルドだ。トゥルグの警備隊長で、如何にも戦士然とした男だった。金色の髪は坊主ほどの長さまで刈られていて、眉間に刻まれた皺が良く見えた。話し方は柔和なのに、しかめっ面と筋骨隆々の身体のせいで恐ろしい印象が拭えなかった。彼の立てた作戦は非常にシンプルだった。


 剣士3人で前衛に立って魔物の注意を引く。後衛に構えた魔法使いたちが魔物の数を減らす。


 シンプル過ぎて作戦とすら呼べないんじゃないかと思ったが、ケイトリンとウィルはその内容に納得していた。


「このやり方でやってきてるしね」


 ケイトリンの言葉にウィルは同意する。


「魔物の行動は予見できないからガチガチな作戦は立てない方が良いんですよ。それに、魔物の量に対して戦力は十分に足りてるからこの程度で十分でしょう。ルクス坊もいますし」


 これから命のやり取りが行われるとは思えない緩さだった。これが経験豊富な戦士たちの醸す雰囲気なのだろうか。釈然としなかったが、新米なのは確かなので彼らのいう事に納得する事にした。俺は彼らの邪魔をしない程度に役に立てばよい。


 剣士三人は”準備”を終えると、孤児院の裏庭の方へと歩いて行った。魔物がやって来るまで時間はあったが、早めに持ち場に付いておこうという判断なのだろう。


「適当に見えるかもしれないけど、何だかんだ真面目なのよね」

「あなたも見習った方が良いですよ」

「ウィルは固すぎるのよ」

 

 ケイトリンとウィルもリラックス出来ているようだ。

 どうやらこの場でガチガチに緊張しているのは俺だけらしい。龍介に殺されたのがしっかりトラウマになっていて、命のやり取りをすると想像するだけで足が竦みそうだった。前日寝れなかったのは興奮だけが原因では無くて、緊張のせいでもあったことに今更気付く。

 緊張を解くために、手の平に「人」の字を書いて飲み込んでみる。効果がある訳も無く、俺は何をやっているんだという呆れの感情が湧いてくる。


 ここに来た事を少し後悔し始めていた。

 魔法の習得は戦場に出なくても出来るし、トゥルグにいたままでも転移魔法の情報収集は出来るのだ。わざわざ危険な場所に出向いて死ぬ可能性を高める必要は無かった。

 現代の価値観に浸かりきった小心者に命のやり取りは出来ない。それに、話が通じないからと魔物に対して死を振りかざすのも惨すぎる。死ぬことの怖さを知っている俺が死を与えるなんてのは酷い話だ。


 気分が落ち込み過ぎるのを防ぐために魔法の練習をしてみる。孤児院の土で9個の球体を作る。一番大きな球体の周りを8個の球が周る。太陽系を模したつもりだった。太陽は自転し、金星から海王星は自転しながら公転する。水星も自転しながら公転するが、綺麗な円ではなく楕円軌道で公転する。それぞれの惑星の自転と公転周期をずらしながら制御してやることで、魔法制御の精度を高める事が出来た。

 全て意識して魔法を使おうとしていると、こんな芸当は出来ない。最初に規定した動きを繰り返させてやるように魔法をかければ、簡易的な太陽系を作る事が出来る。


 魔法を使っている間は余計な思考をしなくて済むので楽だった。この世界の不思議、転移魔法、龍介がおかしくなった理由、利香はどうなっているか。知りたくても分からない事柄に頭を悩ませなくていい。


 ある意味「現実逃避」とも言える行為をしていると、ケイトリンに肩を叩かれた。


「ルクスそろそろだよ」

「あ……はい」


 この瞬間も憂鬱な気分だった。龍介に殺されたトラウマよりも、今からの出来事の方が強烈なトラウマになりそうだ。いつの間にか緊張は消えていた。憂鬱な気分が他の感情を塗りつぶしてしまったのだ。


 杖を握り直して、配置に着く。

 あの日と同じように、孤児院の裏側で魔物を迎え撃つ。剣士三人組は横一列に並んで前線に立つ。リーダーであるレイノルドが中央に立つ形だ。魔法使い三人組も横一列に並んで彼らの後ろに立つ。中央にルクスが陣取って、左右にケイトリンとウィルが並ぶ。

 

 見慣れたはずの森だったが、今から魔物が飛び出してくると思うと不気味に見える。木々の鳴らす葉音も、今だけは不吉な音に聞こえる。


「目に見える奴は全部倒しちゃっていいから」

「……吐きそうです」

「今は我慢した方が良いわよ。どうせ終わった後に吐く事になるんだから…!」


 ケイトリンが軽口を言い終わるのと同時に、目の前の森から魔物が飛び出した。

 飛び出してきたのは5匹のゴブリンだった。長い腕を地面にこすりつけながら駆けてくる。布切れを巻いただけの貧相な成りだが、片手には切れ味の悪そうな鉈を持っている。なまくら刀で獲物の四肢を切断しようとするため、獲物に必要以上の苦痛を与えることがあるらしい。


「ルクス、やってみなさい」


 ネガティブな事を考えていると、横からケイトリンに発破をかけられる。

 すぐさま足元の土を直径1m程の球体に練り上げる。5つ同時に成形してガチガチに固め、ゴブリンに向かって土球を加速させる。

 ”発射”はしない。”発射”すると動きの制御が切れてしまうため、浮遊魔法を制御するのと同じ感覚で、土球をゴブリンの方へ向かわせる。球のスピードは大した事ないが、確実にゴブリンに衝突するようにコース取りする。


 ゴブリンも土球の存在に気付いたようで、土球の進行方向から外れようとする。しかし土球はルクスの制御下にあるため、どう動いても土球の追跡を躱す事は出来ない。彼我の距離が近づき、ゴブリンたちは恐慌状態に陥った。武器を土球に投げつける個体がいれば、一目散に森へと戻っていくのもいる。しかし、彼らが土球から逃れる事は出来なかった。


 土球は、5匹のゴブリンの身体に触れた瞬間に”発射”された。

 猛烈な加速によって土球は粉々に砕け散り、握り拳大の塊が散弾のようにゴブリンの身体へと降り注ぐ。土塊は文字通り、ゴブリンたちの身体を消し飛ばした。

 発射の余波は地面を抉り、轟音を響かせる。後には荒れた地面と、ゴブリンの肉片がだけ残された。


「……えぐいな」


 目の前で起きた惨劇にレイノルドは思わず瞑目する。

 レイノルドは、魔法というものは命中力に難があると思っていた。どれだけ丁寧に狙っても距離が離れていれば避けるのは容易だ。弓ほど速くなく、視認性が良いので着地点を予想できてしまうのだ。そのため、意識の外から当てに行くのが重要で、そのために前線で魔物の気を引く必要がある。


 しかし、今ルクスが放った魔法は、それらの常識をひっくり返すものだった。避ける事は出来ず、致死性は非常に高い。意識していても避けられないので、絶望感は弓の比ではない。今は魔物に向けて放たれているが、あれが人間同士の戦争で使われたらどうなるだろうか。


 後ろを見やると、ルクスが土球を再装填しているのが分かった。

 あれだけ誘導力が高ければ、こちらを誤射する可能性は限りなく低いのだろうが、もし自分に放たれたと思うと気が気でなかった。


「お前ら、魔物が後退しても深追いするなよ」


 隣の二人に指示を出す。”あれ”に撃たれないための処置だ。彼らも少し腰が引けているようなので、魔物を追いかけてしまう事はないだろう


 森の中からは続々と魔物が飛び出してくるが、全てルクスの土球が対処していた。ゴブリンが3匹出てきたと思うと、ふわふわと土球が3個近づいて”発射”される。ゴブリンは3~5匹の集団で散発的に湧き出てくるが、その全てが塵になって消えていった。

 20匹始末されたところで、森の中から飛び出してくるものは居なくなった。


「数は多かったみたいだが、何とかなったな」


 レイノルドは構えを解く。身体を動かしていないはずなのに、全身が汗ばんでいた。圧倒的な個の力を見せつけられて、身体が緊張していた。いつも以上の疲労を感じつつ、ひとまず仕事が終わったことに安堵していた。

 部下をねぎらうため、左にいる兵士に目を向ける。彼もこちらに視線を送っていて、やはり疲れている様子だった。思わず苦笑してしまうと、彼も同じ表情を作った。

 

 次に、右にいた兵士に目を向ける。

 彼の視線は自分ではなく、森に向けられていた。大きく目を見開き、両手を前に突き出している。まるで何かに襲われているように見える。


「何を……」


 しているんだ、と続けようとした瞬間に兵士の首から上を何かが刈り取っていった。首から上を失った身体は両腕を前に突き出した姿勢のまま直立している。後ろを見ると、巨大な棍棒が孤児院の外壁に突き刺さっているのが見えた。幸いな事に、後ろに構えている魔法使いたちには直撃しなかったようだ。

 隣からドサッという音が聞こえる。首から上を失った肉体が地面に崩れ落ちた音だ。

 

「構えろぉ!」


 抜刀して眼前の森を睨みつける。これまで経験した事の無い地鳴りが聞こえる。身体の奥まで震わせる振動に、身体を流れる血がすっと冷めていく感覚がある。


 未曾有の危険が迫っていた。

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