第9話 初めての魔法

 昨日のケイトリンの宣言通り、12:00ちょうどに店を閉めた。一緒に昼飯を食べて、街の外へ出る準備をする。準備と言っても、汚れても大丈夫な服に杖を携帯する程度のものだ。ケイトリンは自前の杖に、怪我した時に備えて包帯や調合済みの薬を用意していた。

 

 食料の買い出しのために自宅回りを歩き回った事はあったが、街の外に出るのは孤児院から出て以来始めてだった。今回も東門から街の外に出るようで、西側の街並みを見る事は叶わなかった。ケイトリンの話では街の西側の方が栄えているようで、興味はあったが今回はお預けとなった。

 今住んでいる街であるトゥルグの西側が栄えているのは、西方に別の街があり、そことの交易所が街の西側にあるためだという。この街以東には孤児院しか無いようで、トゥルグが片田舎に位置する街という事が分かる。


 ケイトリンはトゥルグの事を田舎町と形容するが、田舎町にしては立派な街並みだった。空高くそびえ立つ城壁は不必要な程に広い範囲にわたっており、街の拡張が全く追いついていないせいで空き地が目立っていた。あれだけ大きな城壁を建てるのにどれだけの日数と物資を要したのだろうと考えると、ここがただの片田舎の街だとは思えなかった。

 しかしケイトリン曰く、魔法を使えば土木工事は一瞬にして終わってしまうらしい。彼女が家の中であらゆる物を浮かせて移動させるように、土木工事でも大量の土砂や木材を魔法で運んで敷設するという。街の外周部分に張り巡らされている堀は、城壁を建てるために土を掘り返した事で形成された地形らしく、その場で材料を工面できるため輸送にかかる時間も省く事が出来るようだ。

 大規模工事に駆り出される魔法使いは国お抱えの一団なので、個人の邸宅を建設する際は大工の出番となる。家を建てる時は、建設に適した材料の輸送に時間と金がかかるため、この街のように空き地が目立ってしまうらしい。


 どの街でもよく見られる光景のようで、ケイトリンはそれを普通の事として受け止めているようだ。俺はというと、城壁のような大規模なものほどコストがかからないという話を聞いて戦々恐々としていた。元の世界に魔法使いがいたら建設業にとっては大革命だ。鉄骨は従来通りに運んでくる必要があるだろうが、基礎を作るにも鉄骨を積み重ねていくのにも魔法使いが一人いれば終わってしまうのだ。間違いなく金持ちになれるだろう。


 そんな銭勘定をしているうちに東門に辿り着いた。

 歩きだったので、門に辿り着くだけで少し疲れていた。子供の足だと長距離の移動は想像以上に大変だった。ケイトリンはこの街では有名人のようで、門番は彼女に対して非常に丁寧に接しているように見えた。

 日没前には跳ね橋を上げてしまうらしく、帰宅時間には気を払う必要があった。


 妙に状態の良い跳ね橋を渡り切れば街の外だが、魔法を使う関係上もう少し移動する必要があった。堀に沿って、街の南側へと歩いていく。ある程度いったところでケイトリンの足が止まる。

 そこには周囲を見渡すための小高い丘と、丘の上に簡素なベンチが置いてあった。それ以外には何もなく、だだっ広い草原が広がっていた。


「ここは私も使ってる場所なんだ」


 そういうと彼女は丘上のベンチに治療用の道具を広げた。


「じゃ、さっそく始めますか。杖を構えてちょうだい」


 ケイトリンに言われ、外套の内側に隠し持っていた杖を取り出す。背中側のベルト部分に杖をねじ込んでいたため、取り出すのにもたついてしまった。


「はい。杖を取り出すのにもたついたのでルクスは死んでしまいました」 

「……え?」

 

 突然の事に呆気に取られていると、足元から生じた何かに身体が吹き飛ばされる。身体が宙に投げ出され、受け身もまともに取れずに地面に叩きつけられる。杖を守ろうと変な体勢になってしまったせいで足をひねった感覚があり、立ち上がろうとすると微かに傷んだ。

 先ほどまで立っていた場所を見ると、ひざ程の高さまで地面が盛り上がっていた。急に足場が持ち上がって俺の身体を宙に浮きあがらせたようだ。それだけの事なのに足首をひねってしまったのが情けなく感じた。


「杖を盗まれないようにするのは大事だけど、必要な時に素早く使えないと意味が無いよね」

「……家を出る前に言ってください」

「体で覚える方が早いから」


 確かにケイトリンの言う通りである。どうやら彼女は身体で覚えろタイプの指導者らしい。


「それで師匠はどこに仕舞ってるんですか?」


 そう問うと、彼女は外套を開いて腰に着いたホルダーを見せてきた。


「それ貰ってないんですけど」

「うん、家に帰ったら渡すね」


 理不尽だ。彼女に悪びれている素振りは無かった。孤児院での事件で俺の事を優しく抱きしめてくれた彼女はどこに行ってしまったのだろう。

 しかし、杖の持ち運び方について確認していなかったこちらにも非があるのかもしれない。納得できないがそう考える事にした。


「本題に戻りますか。魔法の属性はもちろん覚えてるよね?」


 当然。と言いたいところだったが、名前を全部挙げてみろと言われると自信が無かった。やたら細分化されていたので属性の種類が多すぎたのだ。ただ、ここで話の腰を折る訳にもいかないので同意しておく。


「よろしい。もしかしたら最初に使ってみたい魔法があるのかもしれないけど、最初は”無属性魔法”の習得を進めましょう」


 ”無属性魔法”は魔法の中で最も基礎的な魔法とされている。空気中に存在している”魔力”をそのままの形で操作する魔法全般の事を指す言葉だ。

 基礎と呼ばれるだけあって習得が比較的容易で、他の魔法を使う時に応用が利きやすいとか言われている。


「最初はモノを浮かせる所から始めましょうか。ちょっと待っててね」


 ケイトリンが杖を地面の方に向けると、地面の土が凝縮していき拳サイズの土塊が出現した。周囲から土をかき集めたためか、地面には僅かに窪みが出来ていた。


「あれ浮かしてみて」

「なんかコツとか……」

「本で読んでるから知ってるでしょう?」


 街の外に出てからのケイトリンは何て言うか、雑だ。

 家で魔法談義をしている時は丁寧だったのに、実地指導になった瞬間に適当になったように見える。いち早く魔法を習得し、元の世界に戻る方法を模索したいというのに指導者がこんな調子だと不安だ。魔法使いの修行のデフォルトがこれなのだろうか?


 書籍には魔法の使用方法が書いてあったが、この世界ではそう考えられているというレベルの内容で、実際に使用する際はケイトリンから助言をもらう必要があると考えていた。しかし頼みの綱だったケイトリンがこの調子なので、手探りで進めていく必要があった。


 一番の課題は”魔力に働きかける”という感覚を手に入れる事だった。孤児院で火炎を撃った瞬間は身体が軽くなるような感覚があったが、一瞬の出来事でよく覚えていなかった。

 最初に魔法を使った時の感覚は当てにならない可能性が高く、だからこそケイトリンに頼りたかったのだが……。


 気を取り直して目の前にある土塊に集中する。狙い(?)が狂わないように、杖先を土塊に向けておく。土塊を持ち上げるイメージを頭の中で反復させた。


 すると、土塊は宙に浮いた。


「「 えっ⁉ 」」


 ケイトリンと俺は素っ頓狂な声を上げた。二人とも、ここまですんなりと持ち上げられるとは思っていなかったのだ。しかし、”魔力に働きかける”という感覚は無く、イメージしただけで魔法が発動したように思える。

 杖先を持ち上げると土塊も同じように持ち上がる。杖先の動きにリンクしているようだった。目を見開いているケイトリンを気にせず、他の動きが出来るか試してみる。土塊を遠くの方に移動させたり、杖先に近づけてみる。これまたイメージ通りの動きだ。


 杖を使わずに動かせるのか試してみる。

 土塊を宙に浮かせたまま、杖先を地面に向ける。土塊は空中に静止しており、杖を使わなくても浮いているように見える。そこから、杖を使わずにイメージだけで動かしてみるが、先ほどよりも動きが固くなっているというか、思い通りに動ききらない感覚があった。再び杖を向けると思い通りの動きが再現できた。


 次は杖先を土塊に向けつつ、イメージだけで動かしてみる。距離が離れる分には操作性はさほど変わらないが、杖が向いている方向から逸れた方に動かしてみると操作性が落ちていく。杖先は身体の正面に向けつつ、土塊は身体の左側に持って来る。やはり、杖先を地面に向けた時と同じような操作性になった。

 次は土塊は左側に置いたまま杖を右側に向ける。杖が向いている方向が真逆になると、宙に静止させるだけでも難しくなる。何とか浮かせ続けようとするが難しく、土塊は空中でぐらつき始める。ぐらつきを抑えようとするが、それが余計な操作となり土塊は落下して地面に叩きつけられた。

 

「凄い!これが魔法なんですね!」


 ケイトリンは苦笑いしながら頷いた。彼女はルクスにここまでの才能があるとは想像していなかった。普通は物を浮かせるだけでも苦労するのだ。孤児院では補助機能盛りだくさんの杖を使っていたから魔法を使えたのだと考えていたが、一瞬で成功させる様を見せられると、その考え方は間違っていたようだ。


 その後の魔法操作も見事なものだった。安定させるだけではなく、自由に動かしたり、杖先から離して制御する遠隔操作を成功させていた。

 最後にやっていたのは乖離操作だろうか。通常、杖が向いている方向と真逆の場所で魔法を操作するのは非常に難しい。だが僅かな時間とはいえルクスは乖離操作を行っていた。


 ケイトリンが呆然としている間にルクスは土塊の残骸を宙に持ち上げていた。一つの塊ではなく破片を全て持ち上げているので、操作対象が複数個になっているのだが、ルクスはそれに気づかずに魔法を使っているようだ。それだけでなく、空中で土塊にしようと破片毎に異なる動きをさせていた。


「本当に掘り出し物だったのかも……」


 結局、家に帰る時間になるまでルクスは魔法を使い続けた。それに対して疲れた様子を見せる事は無く、彼女の持つ圧倒的な魔力量にケイトリンは背筋を凍らせるのだった。

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