第16話「テメェに勝つための」




 キンコンカンコン、と四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、周りは慌ただしく机を動かし始めた。次は給食の時間である。


「お腹空いた〜、今日の給食はなんだろう?」


「キムチチャーハン、中華スープ、鶏の竜田揚げにプリンだね」


 翔の疑問に対し、スクエアタイプのメガネを光らせながらクイッと上げて、草汰が言った。彼の脳は無数のデータをインプットしており、給食のメニュー程度であれば一週間丸々お手の物である。


「全員皿は行き渡ったな? さっさと手を合わせろ。そして食らえ」


『いただきます!』


 女教師の雑な音頭に合わせて、クラス全員の声が響いた。最初は意味がわからなかったし今もよくわからないが、人とは慣れる生き物なのだ。


「うん、やっぱり美味しい……!」


「翔はホントよく食べるわね」


「ボクの地元だとこんなに色々出なかったから、食べてて楽しいんだ」


 肋骨が浮き出てそうなほど細い見た目に反し、翔は中々の勢いで食べ進めていく。あっという間に皿は空になり、そしてソワソワし始めた。


「おい、誰か余ったプリンを欲する愚民は──」


「ハイ!」


 一個余ったプリンを金持かねもちくんが掲げた途端、翔は勢いよく手を挙げた。


「ふん、プリンなんてパパに頼めばいくらでも食べられるけど、スピストで負けるつもりはないよ」


「ボクもだよ、いい勝負をしよう」


「「レッツ・ストラグル!」」


 また始まった、という空気にクラス中が包まれていたが、草汰だけが何だか不思議そうに教室の端を見つめていた。


「どこ見てるんだよ」


「……変じゃないか?」


「なにがよ?」


「大昌くんだよ。いままで、プリンの日のおかわりスピスト立候補率は100%だったはずなんだ」


「プリンもそうだけど、あの食いしん坊のガキ大将が、ここ数日一回もおかわりスピストしてないのは変よね」


 ここ数日の彼は、以前のヤンチャっぷりが嘘みたいに鳴りを潜めて、不気味なくらい静かに過ごしている。


「……お腹の調子でも悪いんじゃないか?」


「そうだといいけどね」


「やった、勝ったー!」


「クソ、パパに貰った新カードが……!」


 いつの間にか試合は終わっていたようで、翔がプリン片手にVサインを見せる。

 大昌はどこか遠い目で、それを見つめていた。




 *




「特に連絡事項はない。さっさと帰れガキ共」


 女教師の一言で、生徒たちは散り散りに教室を飛び出していく。廊下が一気に煩くなったのを感じて、だからガキ呼ばわりされるんだよと苦笑していると、いつもとは違う足音が近づいてきた。


「……おいおたく」


「なんだよ腰巾着ども」


 やってきたのは、大昌の子分たちだった。上司がいないからか、いつもの憎まれ口にも覇気がなく、張合いがなかったが。


「おまえ、大昌くんになにしたんだよ」


「は? 特に何もしてないけど」


「うそだ! 大昌くんがおまえんちの大会に出てから、元気なくなっちゃったんだぞ!」


「ええ……?」


 もしかして俺のせいですか? 普通にスピストしただけなんだけど。


「あんなの逆恨みもいいところよ。アンタたちの大将はねえ、謝る約束も守らずに逃げ回ってるのよ!」


「憧れの光円寺アヤカと戦うチャンスも投げ出したしね」


「そ、そんな……大昌くんが……」


「何も聞いてないのか?」


「あ、ああ。しばらく一人にさせてくれって言われたから、そうしてた」


 いや盲目すぎだろ。半分くらい構ってくれのサインじゃん、それ。


「まあ……明日辺り声掛けてやれよ。今日はもう帰っちゃったみたいだけど」


「そうする……」


 子分たちはとぼとぼと、いつもより静かに帰路に着いた。


「まさかそんなに抱え込んでるとは思わなかったなあ……」


「いいじゃない、いままで散々困らされた分、悩ませてやれば」


「うーん……」


 この辺、どうも難しい。俺自身の精神が成熟してるせいで、正直若干の親心というか、保護者的目線で見てしまう。そりゃこっちに食ってかかってきたり、しっかり攻撃してきたら、悪感情も得るし反撃もするんだけど、それはそれとして、まあ子供のしてることだからな、という思いもある。

 なんだろう、年一くらいで会う親戚の扱いが難しいガキって感じだ。


「ま、いいや。考えるだけ無駄だろうし」


「どうせ考えるなら、スピストのことがいいよね!」


「翔、君もすっかりスピストバカになってきたね……」


 呆れたように草汰が言ったが、実際こういうのは考えるだけ無駄なので、さっさと切り替えた方がいい。


 ということで、ナッシュに移動したのだが──


「いらっしゃ……ってなんだお前らか、おかえり。客が来てるぞ」


「ただいま。そりゃ店なんだから来るだろ」


「や、そうじゃなくてお前に」


 首を傾げつつスペースを覗くと、スタンディングテーブルの前に、大昌の姿があった。


「……珍しいな、ここに来るなんて」


「…………ああ」


 こちらを見ず、大昌は暗い瞳でデッキをシャッフルしている。


が整ったからな。テメェに勝つための」


「いいけど、できんのか?」


「やってやるさ。やれなきゃ──」


 何かを言いかけてから、思考を打ち消すように頭を振った。


「……さっさとデッキを出せよ」


「付き合ってやるよ」


 デッキケースごと、テーブルの所定位置にセットする。

 大昌はカットをやめ、デッキを泥のようにデッキケースに入れて、セットした。


「な……なんだよそれ」


「すぐにわかる」


 ダークデッキケースではないが……何かがする。だがいずれにせよ、このバトルで大昌のことを確かめなければいけない。


「「レッツ・ストラグル!」」



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