第17話 離れでの生活 ⑤

 刺繍の方は、頂いた図案がワンポイントにするより縁取りにした方が良さそうだったので、ハンカチのふちをぐるりと一周させてみました。四隅の角が続いた柄に出来なかったので、そこはスタイリストのスキルを持つマリリーズにお願いをして、図案にひと工夫してもらいました。


 図案は三種類あったので、色違いで二枚ずつハンカチ六枚に刺繍が出来たので、離れの皆さんにプレゼントしました。

 この図案はセギュール家の納める領地に昔から伝わっていた伝統の刺繍で、シャツやエプロンのポケットに良く刺繍されているそうです。

 「そういえば二つ並んで刺繍されていることが多かったですね。ポケットの幅が二つ分連続させたら一杯になっただけなのかしら」

 「ポケットに二模様って事は、頂いた図案は実寸大だったのですか?」

 「そうですよ」

 「解りやすいように拡大していただいているのかと思っていましたわ」

 「でも、この方が可愛いですよね」

 私の刺繍は出来はともかく、皆さん喜んで受け取ってくれました。


 「少し縫い目が不ぞろいな所もありますが、一か月でこれを六枚縫えたのは上出来ですね」とロッテンさんにも一応お褒め(?)の言葉を戴きました。


 次は侯爵家の方々にお会いした時の手土産として刺繍をしたいので、ハンカチではなく皆さんのサイズのシャツを用意してもらうようにお願いしました。

 侯爵様ご夫妻には襟に、マクシミリアン様のお兄様家族には袖に、マクシミリアン様には裾に縁取りの刺繍を入れてお渡しできたらいいなと考えていますと、ロッテンさんに伝えた所、それぞれのサイズのシャツを取り寄せてくれることになりました。


 シャツが届くまで、自分用のハンカチを作れていなかったので、マリリーズとおそろいの柄で作る事にしました。


 それからさらに一か月が経ち、少し暑さが感じられるようになった頃に座学の方はロッテンさんの課題をすべて終えることが出来ました。

 実技の方も、ダンスはセバスチャンさんとなら問題なく踊れるようになりましたが、ここにはセバスチャンさん以外のダンスが踊れる男性がいなかったので取り敢えず合格という事になりました。料理長さんや庭師の方々も元は貴族でダンスも出来るはずなんですがもう何年も踊っていないので私の練習相手になる前に自分の練習をしないと無理ですとお断りされてしまいましたの。ロッテンさんも無理に決行はしませんでしたので、これでも大丈夫なんでしょう。


刺繍の方も順調に出来上がっていました。出来たものから洗ってアイロンをお願いしましたら、タウンハウスの方が目にされて、作りたいという方がいらっしゃったので、午後から仕事の休み時間を利用して、離れのサロンでみんなで刺繍をしています。最初はお二人だけだったのですが、今は女性の使用人さんは全員何かしらに刺繍をしております。みなさん仕事がございますから、休憩時間に順番にと言った感じですが、刺繍を通して皆さんと仲良くなれて私は嬉しかったですわ。


 ただし、この図案を最初に身に着けるのは侯爵家の皆さんからですよと、セバスチャンさんからのお達しがありましたので、私が先に渡したハンカチも皆さんが作っている物もしばらくはタンスの肥やしにしてもらう必要がありますね。


 さて、一通りのロッテンさんからの侯爵夫人用の講習が終わってしまい、私は大変暇になりました。今までは朝から夕食まで何かしらやる事があって、忙しくて夕食が終わってバルバラとエレーヌにマッサージをしてもらったら寝てしまうという生活だったので、何も考えることなくがむしゃらに頑張っていたのですが、急に暇になると、色々と考えてしまします。


 ここにきて二か月ちょっとたちましたが、マクシミリアン様からはお手紙の一通も頂いておりません。私からはここに到着した時によろしくお願いしますの手紙を侯爵様とマクシミリアン様に出したのですが、どちらからもお返事は来ておりません。

 王命による婚約からの結婚なので、そうそう白紙には戻らないとは思いますが、お飾りの妻になる可能性は覚悟しておいた方が良いかもしれません。


 そんなことを日々考えていたら、抱き付き癖が出てしまいました。こちらの離れに来てから、忙しすぎたのもあってどこかに抱き付く暇もなかったのですが、今日気が付いたら寝室の奥の脱衣所と洗面室のドアとドアの間の壁に抱き付いてため息を吐いておりました。


 忙しくて考える暇もなかったけど、肩の上に色々ため込んだものを載せていたかもしれません。ため息とともに肩の上に乗った重荷が減って行きます。いえ、減っているような気がしますわ。肩が軽くなった気がしますからね、刺繍のし過ぎで肩が凝っているだけかもしれませんが。

 

 久しぶりだったので今までより長く抱き付いてしまいました。相手は壁ですけれどね。

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