第5話:しーちゃんと先輩
──あの日、松子がぴよを助けたことをきっかけに、あずと松子の関係はぐっと近づいた。
次の日から、朝の挨拶を交わすようになり、
昼休みには一緒にランチへ。
コンビニ横の小さな公園のベンチで、
「先輩にまた注意されちゃって〜」
「私も今日、書類逆に送っちゃってさ〜」
と、失敗談を話しては、お互いを慰め合う。
ぴよは、あの日以降、公園には姿を見せていない。
けれど、木の陰から、そっと2人を見守っていた。
ふにゃりと目を細め、どこか満足そうに。
──休日。
「あ、安部さんー!こっち〜!」
あずの部屋に遊びにきた松子を、明るい声で出迎える。
「えへへ、お家に招いてくれてありがとう!お邪魔します」
「どうぞー!なんもないけど、ゆっくりしていって!ぴよもそこにいるよ!」
「にゃあ〜!」
「あ!ぴよちゃんこんにちは!今日もかわいいね〜!」
松子がにっこり笑いながらぴよを撫でる。
ぴよも満足そうに目を細め、されるがままになっている。
「あ、安倍さんお茶でいい?…ねえねえ、安倍さんってのもよそよそしいから、名前で呼んでもいいかな?」
あずはキッチンでお茶の葉の缶を持って振り返ると松子に尋ねる。
「あ…全然嬉しいんだけど、私の名前、松子って書いてしょうこって言うんだ。昔ね、友達にからかわれたことあって…だからちょっと自分の名前恥ずかしくて。古臭いでしょ?」
松子が誤魔化すように笑いながら寂しそうな顔で言った。
「え?素敵な名前だと思う!でもそっかぁ…呼ぶたびにその思い出が出てきちゃったら、安倍さんに嫌な気持ちにさせちゃうかもだし…」
あずはうーーんと唸ってあ!と思いついたように手を叩いた。
「しょうこ、からとってしーちゃんはどう?
あだ名とかは嫌かな?もちろん会社では苗字で呼ぶけど、2人のときは!」
「しーちゃん…うん!かわいい!」
松子はにこやかに嬉しそうに頷いた。
「にゃー」
ぴよが続くと2人は笑った。
「ぴよちゃんも気に入ってくれたの?じゃあ私は、あずちゃんって呼んでいい?」
「もちろん!しーちゃん!」
あずと松子はまた距離が近くなったことを喜びながら笑った。
「せっかくしーちゃんが遊び来てくれたし、写真撮ろう!ぴよもいれて!ほんとはぴーちゃんも入れたかったけど」
「ぴーちゃん?」
松子が首を傾げる。
「AIでモニターに顔文字が出て話してくれるの。お気に入りなんだ。家電とか動かしてくれるんだけど、最近調子悪いみたい」
「あー!パーソナルChatのこと!便利だよね」
あずはまだ光っていても顔文字がでないモニターを見て、なんとなく寂しそうな顔になりながらも、スマホを取り出した。
「じゃあ撮るよー!ぴよもおいで」
3人で記念写真を撮ってから、休日のひとときを楽しむ。
──翌日、会社の昼休み。
ベンチに並んで座るあずと松子。
スマホを並べて、昨日撮ったぴよとの写真を見返していると、
ふいに後ろから声がかかる。
「田代さん、安部さん……こんなところにいたのね」
振り向くと、そこには今戸先輩。
「え……っ、い、今戸先輩……」
「最近昼ごはんの時デスクにいないから、お昼どこで食べてるのかなと思って……」
今戸先輩の視線が、あずのスマホに映ったぴよの写真へ。
「え!!猫飼ってるの!?田代さん!!」
「えっ、はい、あの……ぴよって言って……」
「きゃー!!かわいい!!まん丸の目っ!!見せて!!」
急にテンションの上がる今戸先輩に、あずと松子は目を丸くする。
「え、もしかして……猫好きなんですか?」
「大好きよ!!うちにもいるの!世界一かわいい!!」
今戸先輩はスマホをのぞき込んで、ぴよの写真を何枚もスワイプ。
「うわ、この寝顔……あああ、猫ってなんでこんなに癒しなの……」と連発。
ひとしきり騒いだあと、我に返った今戸先輩は、少し表情を改めて言った。
「……いつも厳しくしてごめんね。田代さん、仕事丁寧にやってるのわかってるし、 自信もって育ってほしくてつい口調がキツくなっちゃって。
でも最近、お昼の姿が見えなくなって……
もしかして嫌われたかなって、ちょっと心配してたの」
ぽつぽつと、言葉を選びながら話す先輩に、
あずはぽかんとしたあと、ふっと笑う。
「そんなこと……思ってくれてたんですね。
嬉しいです……!ありがとうございます」
となりの松子も「良かったねぇ」と笑顔で頷いた。
ぴよは3人から見えない木陰から、目を細めてそれを見つめていた。
──風の中で、そっとまぶたを閉じるように。
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