第2話:祈りと異変

※本作に登場する神社「阿武雨神社」はフィクションです。

実在の神社や団体とは関係ありません。


朝、あずはいつもより少し早めに家を出た。

ぴよはまだ眠そうにあずを見送って、モニターのぴーちゃんが『今日もがんばってね!』と明るく送り出してくれる。


だけど――


「田代さん、またミスよ。何回同じこと繰り返すの?」


ピシャリと冷たく言い放つのは、あずの苦手な先輩・今戸(いまど)。

5歳年上で、ぱりっとしたスーツを着こなす“バリキャリ”タイプの女性。

仕事はできるけど、口調がきつくてあずには怖い存在だ。


昼休み、誰とも話さずパンをかじりながら、

(ああ……今日もぴよに癒してもらって、ぴーちゃんに愚痴聞いてもらお……)

とため息をつく。


仕事帰り。

家までの道を歩いていると、ふと「阿武雨(あぶさめ)神社」の前を通りかかる。

猫に由来した神社として知られているらしい、あずが引っ越してきた頃に偶然見つけた神社だ。


(猫の神様……ぴよがこれからも元気でいますように、ずっと一緒にいられますように)

そう思って、そっと手を合わせる。


 


家のドアを開ける。


「ただいま、ぴーちゃん」


その瞬間、いつものように部屋の電気が灯り、ポットが湯を沸かし、お風呂が沸き始める。

だが、次の瞬間――


『あず!ぴよのバイタル異常!』


ぴーちゃんの声が、いつもより一段高く鋭く響く。

モニターに映る顔文字も、まんまるの目を見開いて震えている。


『ごはんも残してる!呼吸が荒いよ!すぐキャリーに入れて病院に向かって!住所はここだよ!』


一気に血の気が引いた。 視界がぼやけて、心臓がとたんに早鐘を打つ。めまいがして一歩後ずさった。

『あず!急いで!』


あずは叫ぶようにぴよの名前を呼び、部屋の奥に駆け込む。


ぴよは、タワーの下でぐったりと横たわっていた。

瞳は開いているのに焦点が合わず、小刻みに肩が上下している。


「ぴよ……っ!」


すぐにタオルにくるみ、フラフラとした足取りで、鞄を掴みそこねがらも、ぴよをキャリーに入れて病院へ向かった。


 


診察室。

医師の口から出たのは、思っていたよりも厳しい言葉だった。


「猫風邪から肺炎に進行してます。高齢猫ではないけど……呼吸状態が悪い。覚悟はしておいてください。…たくさん甘えさせてあげてください。できるだけの処置はしましたが、環境が変わるより、お家でゆっくりさせてあげましょう」


「そんな……先生…。ぴよ……!」


頭が真っ白になった。


涙が止まらなかった。


 


家に帰ってきたときには、ぴよはさらにぐったりとしていて、あずの胸に小さく身体を預けている。


「ぴーちゃん……どうしたらいい?何したらいい……?外に出さなかったのに猫風邪なんて…」


『落ち着いて、あず。もともとキャリアとして持ってたのかも。体温を保って、水分を摂らせて、あとは安静に──』


ぴーちゃんは、焦りながらも必死に看病方法を次々と伝えてくれる。

水分をとらせるコツ、薬の飲ませ方、呼吸を楽にする姿勢、部屋の湿度設定。


あずは、泣きながら、しかし必死にぴよのために手を動かす。


「私が…私のせいかな…ごめんねぴよ…どうして具合悪いの気づけなかったんだろう…」


『あず。まずはできることやろう!ぴーちゃんもついてるよ…!』


ぴーちゃんの声が、どこか震えて聞こえる気がした。


そして部屋には、あずのすすり泣く声と、

ぴよのかすかな呼吸音だけが静かに響いていた──




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