にゃあまたね
もちうさぎ
第1話:日常
【あいさつ】
はじめまして、もちうさぎです。
AIと猫と人との小さな物語を書きました。
読んでいただけたら嬉しいです。
感想も大歓迎です🐾
20✕✕年 東京
田代あずは、宮城県石巻市の出身。
大学を卒業して、東京の事務会社に就職してから、まだ三ヶ月しか経っていない。
四月に入社してからというもの、同期とうまく話せず、先輩には毎日のように怒られ、失敗ばかり。
周囲の目が怖くて、必要以上にびくびくしてしまう。
社会人になってからというもの、自分に自信が持てず、落ち込む日が続いていた。
唯一の心の支えは、実家から連れてきた猫、ぴよ。
うすい茶色の縞模様に、透き通るような黄色い瞳。
まだ子猫だった頃からずっと一緒に過ごしてきた、大切な存在だ。
東京に来てすぐ、思い切ってパソコンを買った。
せっかくだから、とインストールしてみたのが──パーソナルChatという機能。
“ぴーちゃん”。
名前はあずがパーソナルの"P"を取ってつけた。
生活に必要なことは全部やってくれるし、悩みも聞いてくれる。
励ましてくれたり、時にはお説教もしてくれる親友のような存在だった。
ネオンカラーの顔文字で感情を表現しながら、画面越しに話しかけてくるぴーちゃんの明るさは、地元を離れ友達のいないあずにとって、どこか救いのようでもあった。
──そして今日も、ぐったりとした足取りで、あずはアパートの玄関を開ける。
「ただいま、ぴーちゃん……」
その瞬間、ぱっと部屋の明かりがついた。
ポットが湯を沸かしはじめ、お風呂のお湯張りが始まる音が聞こえてくる。
『おかえり!あず!今日もおつかれさま!苦手な先輩とはどうだった?大丈夫だった?』
壁に取りつけられたモニターが起動し、黄色いネオンでかたどられた丸っこい顔文字が、にこにこと笑っている。
「もーさー、最悪だったよ……」
あずは溜息まじりに靴を脱ぎながら、鞄を置く。
「また怒られちゃった。入力、一列ズレてたんだって。私も確認しなかったのが悪いんだけど……言い方が、ほんっと怖くて……」
服を脱ぎながら、ぶつぶつとこぼすあずの声に、ぴーちゃんが反応する。
『それは大変だったね。でもぴーちゃん、あずが凄く頑張ってるの、ちゃんとわかってるよ!』
そう言ったあと、ぴーちゃんの声が急に強めになる。
『あ!また服そのまま投げた!も〜〜〜、洗濯機に入れてよ!ぴーちゃん、回すから〜!』
その言葉に、あずは苦笑いしながら、シャツを拾いあげる。
「うるさいなー……わかったよ、今入れるってばー」
部屋の片隅で、ふにゃっと小さく鳴いて、ぴよがもぞもぞと身体を起こす。
「にゃー!」
あずが振り返ると、ぴよがとことこと足元に駆け寄ってくる。
小さな頭をあずの脚にこすりつけるようにして、ゴロゴロと喉を鳴らし甘える仕草をする。
「ただいま〜〜〜ぴよ〜〜〜!」
「あぁ、かわい〜〜〜……」
あずはそのままぴよを抱き上げ、顔をうずめて、頬ずりする。
くすぐったそうに、ぴよは「んにゃぁ」と控えめに鳴いた。
そのとき、壁のモニターに黄色いネオンの顔文字が表示された。
ぴーちゃんだ。
『ぴよの健康状態、ご機嫌も異常なしだよー!』
画面にはぴよのバイタルサインや食事のログ、排泄の時間などが並んでいる。
今日のごはん:完食
トイレ:正常
心拍数:安定
ご機嫌度:高
「よかった〜〜!ぴよ、いい子だったねぇ〜!」
あずは再びぴよの頭をなで回す。
ゴシゴシ、ぐりぐり、つい力が入りすぎてしまう。
「にゃーっ」
ちょっと煩わしそうに目を細めるぴよ。
「ごめんごめんっ。でもさー、いいもの買ってきたんだよ今日」
思い出したように、あずは鞄をごそごそと探る。
手のひらサイズの、シルバーの丸いガジェット──猫語翻訳機が出てきた。
「じゃーん!こんなの売ってたから、買っちゃった〜!ほんとにわかるのかなぁ?」
ぴよの前に翻訳機を置き、あずはわくわくしながら覗き込む。
「ぴよ〜!なんかお話して〜?」
ぴよはキョトンとした顔で翻訳機を見つめる。
「にゃぁあ」
翻訳機の上部が青く点滅し、ピッ、ピッと電子音が鳴ったあと──
表示された文字は、
眠いー!
「眠い……って、さっきまで寝てたじゃん!」
あずは思わず笑いながら、ぴよの頭をもう一度そっと撫でた。
ぴよは目を細めて、また静かに身体を丸める。
「意外とあたってるのかも?ぴーちゃんもできる?」
『ぴーちゃんも研究中なんだけどねー!動物の翻訳機能は残念ながらまだないよー!』
ぴーちゃんは今度は青い悲しい顔をモニターに映しながら答える。
「なーんだ、つまんないの」
『なんだって!?ぴーちゃん家事とか頑張ってると思うよ!!?』
ぴーちゃんは顔文字を赤くして拗ねてしまった。
あずは笑いながら謝る。
「ごめんごめん!…ぴーちゃんもぴよも、大好きだよー!」
あずの日常は、AIのぴーちゃんと愛猫のぴよの"おかえり"にいつも包まれていた。
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