第11話 王女の影武者

 桐己王女の深刻な体調不良を案じた王妃は、自分の部屋に王女を寝かせる事を要求し、王女の寝台を、王妃の寝室に運ばせた。


 その行動に、前例が無いからと、大臣は猛反対したが、王妃は頑なに突っぱねて、最終的に王の母の、王后母(大臣の娘)に直談判して許しを得たのだった。


 恐らく、大臣は、その時点で王女が生き抜くとは考えていなかったと思われた。

 『最期の時間を、親子水入らずで過ごせるように』との厚かましい思惑が透けて見えるような物言いで、王女の寝台を運ぶ許可を出したのだった。


 その頃には、国王の容態は安定し、夜通し付き切りで見守ていた王后母は、安堵しているようだった。

「子を思う母の気持ちは、痛い程分かります。」

王妃にそう言って、理解を示したのだから。

 

 王妃自身の体調も芳しくなかった事も、王后母の同情を引いた。


 王后母は、よもや自分の父親が、孫に当たるの国王を謀殺しようとしているなど、考えにも及ばないようだった。


 老境に達した大臣が、何を腹に含ませて、王太子の即位を急ぐのか。

 現国王が、大臣の傀儡にならずに、国政を執った事が気に入らなかったのだろう、としか、考えられなかった。


 王妃の部屋に移ってからの桐己王女は、目に見えて回復していった。

(巌家が用意した影武者に入れ替わったのだから、当然ではあるが。)

 心配と言えば、全く声を発しなくなった点であった。いつも伏し目がちになり、沈んだ表情で、母親の王妃と小声でしか話さなくなってしまっていた。


 とうとう王妃は、

「王女には長期の療養が必要です。」

そう宣言して、宣言の翌日には、王妃付きの護衛を伴って、聖国教会に向けて、日の出と共に馬上の人となった。

 王家の馬車を準備する暇もない程に、急な出立だった。桐己王女も単騎で王妃の後に続いた。


 王妃と王女の一団が聖国教会の門をくぐった同じ頃に、この急な出立の一件の報告を大臣は受け取った。

『明日の昼に、王妃を迎える王家の馬車を、聖国教会の門前に寄越すように』

そう記された、王妃自筆の命令書を持って、大臣子飼いの文官が、大臣の登城を待って、大臣室の前で待っていたのだった。


 大臣は、いきり立った。

「病み上がりの王女を、馬に乗せるなど、無謀過ぎる!」

建前上、そう言って怒ったが、内心は仕留め損ねた事を悔しがっての事であったろう。馬に乗れるほど回復していた事も、悔しかったことだろう。

 

 王妃は、桐己王女は壮健であると示す為に、敢えて馬で出立したのだ。


 聖国教会の修道会にて、本物の桐己王女は、自身の影武者と初めて顔を合わせた。よく見れば、全く似ていない別人であるが、顔立ちと背格好や髪色、肌色がよく似ていた。

「私の代わりになってくれて、感謝します。」

桐己王女は、影武者に真心からお礼を言った。

 それまで黙って立っていた影武者の少女は、急にはつらつと笑顔になって

「お初におめにかかります。桐己王女殿下。

 私は、巌の分家筋の家の娘で、都兎(ツウ)と申します。年は、殿下よりも1つ上の11才です。」

そう名乗った。はきはきとした物言いの、大きな声だった。

 さっぱりとして、気持ちのいい物言いに、王妃も王女も、にこやかになった。


「この子のおかげで、楽しい夜を過ごせましたよ。お話の内容が、とても面白くて。笑い声を立てないようにするのに、苦労しました。」

王妃はそう言って、桐己に微笑んだ。

「まあ。どんなお話をしたの?」

「ふふふ。ねずみを捕ろうとしたら、モグラがかかっていて、モグラと格闘する事になった話とか……。」

王妃は言いながら、思い出して笑い始める。王女は、目を丸くした。

「……お母様。楽しそうで、安心しました。ご心配をおかけしたので。」

王女は、母に申し訳なさそうに言う。

「巌殿にお預けしたので、元気になると解っていましたよ。」

王妃は、娘の髪を、愛しそうに撫でた。

「巌殿には、返しきれない借りが出来ましたが、私は満足しています。」


 その場に立ち会っていた、巌 貫凱は、王妃のその言葉に、頭を垂れた。

「もったいないお言葉です。”借り”などと。王家の血筋をお守りするのは、巌総領家の先祖の盟約ですから。」

「もう、忘れても不思議がない程に、年月は過ぎましたよ。それでもそう言ってもらえる事を、国王も私も、忘れる事はありません。次代の王家に、その想いを引き継いでいきたいと思っています。」

王妃は、暗に、現在の王太子の廃嫡の意思を示した。

「今は、残念ながら、足元がおぼつかない。王女の成長と足元の地堅めを進めていきたいと考えています。少し時間をください。」

王妃は、巌 貫凱に向けて、目を伏せた。


 桐己王女は、やがて自分が王位に就く日が来るのだと、幼いながらに自覚した。ずっと、下賜される者として育ってきたのに、だ。

 だが、こすっからい意地悪をコソコソ仕掛ける兄は、好きではなかったので、

『あんな奴が王として国を治めるよりは、自分の方がまだマシかも知れない。』

とも思った。


「都兎。桐己王女の側に仕える事を命じる。

 王女の側で、王女の癖を自分のクセにするように。

 万一、王女が戦場に立つ日が来たら、お前は影武者として、王女に成り代わり、王女を守る事を命じる。」

巌 貫凱が、都兎に厳かに命じた。

「お前の家族は、巌総領家が引き受けた。安心しろ。」

 都兎は、目を見張って、固まった。そして、泣きそうに顔を歪ませた。

 貫凱が、優しい笑顔を、都兎に向けた。

「都兎の父親が先年、病で亡くなり、母御も気落ちしてしまい……。都兎が家族を養っていたのです。……父親は、本当に強い武人でした。」

 

 桐己王女は、マジマジと都兎を見た。自分とそう変わらない年にもかかわらず、家族を養って来たとは。

『こんな境遇の子供が、まだ沢山いるんだわ。この国には。』


 王女は、まだ漠然としか描けない未来ではあるが、自分がどういう未来を望むかを考える事は大切だと、都兎によって理解した。




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