でんたくの行方 - ②

「雑談」おれは答えた。「ケーキ屋さんに住んだらどうしようって」

「ぼくは毎日チョコケーキ食べたいなあ」

「チーズケーキだろ」

「ええ? あんなくさい食べ物よう食わんわ」

「はあ? 牛さんに失礼だろ」

〔どうして、わたしの家に侵入しているのかと訊いている!〕

「暇だから?」商人が答えた。

〔出て行け!〕ウーは緑みがかった不透明シールドで怒鳴った。〔不法侵入だぞ! 貴様らには常識というものがないのか〕

「話があるんだ」おれはこほんと咳をした。「ケーキの話じゃなくて」

 おれは壁にもたれかかっていたが、ゆっくりと両足を踏みなおして立った。「あんたが〈桟〉の宇宙船からいろいろ部品をくすねてるのは知ってる」

〔——何が言いたい?〕

 彼は半身になり、腰に手を伸ばしていた。なんらかの携帯兵器、またはそれに転用可能な工具。でんたくがいれば、すぐに特定できるのだが。

「おれの船に入ったか?」

〔あんたの船? ……シュルズエンドか?〕

 またこの勘違いだ。おれってそんなに敏腕操縦士に見えるかな? まいったね。

 おれは首を左右に振った。「K9プロスペクトだ」

〔K9プロ……なんだ? いや、そうか、あの継ぎ接ぎか〕彼は腰から手を降ろし、軽蔑するようにフンと鼻を鳴らした。〔馬鹿げた宇宙船だ。あんなものを造るのも、それに乗るのも気が知れない。何もかもが未完成の準備不足——たった一度でも飛べたことが奇跡だ。それとも、ゴミとしてこのプラントに牽引されたのか知らんが?〕

 挑発には何も感じなかった。まだアレが自分の船だという実感がおれには無いからか。

「じゃあ、入ってないんだな?」

〔入るわけがない。興味を持てる見た目をしてから、そういう話はするんだな〕

「なら、おれのジェットパックを盗んだのは、おまえじゃないのか」

〔なんの話だ〕ウーは明らかに困惑していた。彼にとっても予想外の話だったようだ。

「念のため中を見せてくれないか」

〔ふざけるな〕おれが一歩踏み出すと、彼は身構えた。〔警察にでもなったつもりか? してもいないことで疑いにかかってから、どうしてわたしの信用を得られると思うんだ。さっさと帰れ! でなければ——〕

「まあまあ、落ち着いて」

 商人がおれたちの間に割って入り、ゆっくりとふたりの胸元を押した。商人はあっちを向いて、「危険行為はご法度やで~、尖ったものを相手に向けて脅したりなんかしたら——せえへんとは思うけど——家宅侵入なんか目にならんほどの大目玉になるからね。自分、泥棒ってこと忘れたらあかんで」

 ウーは手を振り払った。〔わたしはこのプラントに何十年も——〕

「モートルドットもあんたのことは快く思ってないやろ。違うかな?」商人は優しく言った。

 彼はむぐっと唸った。

「いろいろと不公平なことがまかり通っているプラントではあるけども、その中でもあんたのしてることは、明確にモートルドットの利益を損ねとる。見逃されているのは手際がいいからや。まあそう猛らず、ちょっとくらい二人のかわいこちゃんのお願い聞いてくれへんかな? 10分だけでええから入れてくれへん? ケーキの話もしよ?」

〔……気味の悪い!〕

 ウーは吐き捨てるようにそう言うと、体にへばりついた商人の言葉を振り払うように身震いして、広間の中に引っ込んでいった。商人はピースして誇っていた。

 広間に入ると、そこは不思議な造りをしていた。入ってすぐに2メートルほどの崖があり、谷の中には一隻の船が横たわっている。船殻は外れていて、機関部が露出した状態でさまざまな配線に繋げられており、さまざまな種類の低い振動音が部屋中を満たしていた。

 広間のほとんどはその谷間のドックだったが、向こう岸のわずかな足場に半円状の窪みが設けられていて、そこにベッドやタンスなどが据え付けられていた。おれの目を引いたのは、居住スペースのある側の壁だ。

 鏡面加工された玄武岩、のようなものだろうか。それが一面を覆っていて、何か文字が刻まれていた。赤い顔料で強調された刻線と、何も塗られていない刻線の二種類が組み合わさっている図形——明らかに文字の並び方をしている——が、壁一面をずらりと埋め尽くしているのだ。

「これはまた」商人は茫然として言った。「いや、まさかこんなもんがあるとは」

「共通語なのか?」それを訳した一種の暗号文なのではないかと、おれは思ったのだ。

「世にも珍しい荒鉄星アンダール語の書字や。石版にレーザーで掘ってあるんかな……? これだけのもんを作るのはかなりの労力やろうなあ」

「読めるのか?」

「名前や」と商人は厳かに言った。「ぜんぶ名前」

 それを聞いて察しないおれではなかった。

 これは——ダイ・ゼリスァル号事件の、被災者の墓碑なのだ。

 今や言葉を失ってその威容を眺めていると、ドックからウーが跳び上がって出てきた。2メートルの高さを悠々とだ。

 重力流体技術を使いこなしているのは間違いなかった。居住スペースの床下には重力流体を通わせておいて、ドック部分にはパイプを通していないのだろう。あるいは流量を調整しているか。つまり、必要があれば壁に対して垂直に歩くこともできるわけだ。

 彼は大きな箱を両手に抱えていて、重力が重くのしかかる前にそれを床に放った。がしゃんと音を立てて、おれと商人の目の前に箱が投げ出された。

「確認しろ。おまえのジェットパックがないことを」

 これがなんの証拠になるんだと思わなくもなかったが、ウーの立場に立ってみれば、無実の証明をするのは難しいのだろう。部屋をざっと見回したところ他に隠せそうなところもないし、でんたくを盗んでも彼には使い道が無いどころか、むしろ迷惑だということは想像に難くなかった。彼は結局おれ以外の命令を聞いて動くようなことはしないし、自分が何者かに捕まったと気づけばすぐに脱出を試みるはずだ。

 すでに、おれには次の心当たりがあった。げんなりするような心当たりが。

 一応ポーズとして箱の中を漁っていると、それはそれで面白いものも見つかった。分散型インハビターの外装や、超小型の推進ディスク、空になったフレーバーボトルが大小さまざなに何本も。携帯式のクロレラ栽培キットのなれの果ても入っていた。シリンダは蒸発した水滴で白く覆われていて、中のクロレラはとっくに枯死して茶色くなっていた。

「船を造ってるのか?」おれは栽培キットを横に除けながら、ドックの中に呼びかけた。「たった独りで? すごい才能だ」

〔話しかけるな。わたしたちは友だちか?〕

「世間話は大事やで~」商人は少し離れたところで座り込んでいた。「何ケーキが好き?」

〔貴様らを殺すケーキだ〕

「おもろ」商人は笑った。

 ふたりが言い合っている間に、何か長方形の物が、箱の底にへばりついているのを見つけていた。宇宙服の指先では絶対に取れない厚みだが、こういうときのために爪アタッチメントがあるのだ。宇宙服のひとさし指の先にエナメル質の円盤がついている理由を知らないひとは多いが、実は爪の代わりとして使えるように少しだけ隙間が空いているのである。

 スプールつきの電子ペーパーだ。新聞記事かなにかかと思い——それにしては小さいが——おれは何気なくスイッチを入れた。ゆっくりとモザイク状に色がめくれ上がり、じんわりと一つの画を構成していった。

 それは写真だった。三人の男と、二人の女性。背景は——黒い岩肌の、薄暗い場所だったが、明るいランタンが三つも焚いてあって、写真写りを良くしていた。横から吹く砂埃も映りこんでいたが、風は強いとはいっても穏やかなくらいで、髪をわずかに持ち上げる程度に見えた。

 真ん中に立っているのは金髪の男だった。ひと目で、彼がアンダール人ではないことがわかった。肌は赤っぽく、高い鼻の周囲にはそばかすが目立つ。垂れ目気味だが、柔和な印象よりも如才ない精神が香るような、深い青の瞳をしていた。

 向かって左に立っている女性は、優しげな笑みを浮かべて立っている。黒い髪にペイルトーンの肌。荒鉄星人だ。ゆったりとした茶色のローブは胸の下で大きく膨らんでいた。

 妊娠しているのだ。

 それは少しばかり衝撃的で、一瞬、背徳的とさえ感じられた。生きたヒトを母胎とする個体発生には多大なリスクがある。だが、そうだ、おれだって、そうやって産まれてきたはずだ。目を覆う必要がないのなら、大したことではない。

 その傍に立っている大男には見覚えがあった。銀色の髪を後ろに撫でつけている、オックス・オーフェンだ。かなり若々しく見えた。今のおれとそう変わらない歳じゃないか? 妊娠している女性を気遣うように、その肩に手を当てて、軽く覗き込むような姿勢だが、いま視線はレンズに向いている。ほがらかだった。

 ウーも映っていた。といっても、彼の顔は一瞬しか見ていないので曖昧なのだが——でんたくが居れば、とまたしても思う。おれはいちいち映像を記録していない——彼は画面の右端に立って、中央で笑っている男に向かって、首を伸ばして何かを語りかけているようだった。その傍に立つ若い女性は、呆れ笑いのような困り顔でウーをただ見つめていた。

 おれは右腕のアームパネルに手を伸ばした。

 そのとき、不意に電子ペーパーが手の中から取り去られた。顔を上げると、不透明シールドで顔を覆い隠したウーが無言で立っていた。表情が見えないというのに異様なほどの威圧感を覚えずにはいられない佇まいだった。

「すまない、こういう物だとは思わなくて——」

 彼は電子ペーパーを地面に落とすと、そのまま力任せにスプールを踏み割った。バキッと一度だけ音が鳴り、画面は真っ黒に染まってから、不気味な灰色のまだら模様になった。色素カプセルのすべての色が浮上したのだ。

 データは消えた。スプールに封じられていた思い出は、修復不可能な形で破壊されたのだ。

「な、なぜ」気が付けばそう言っていた。「大事な物だったんじゃ……」

 ドックに降りようとしていたウーは、のろりと振り返った。緑色ののっぺらぼうがじっとおれを見つめていた。

「過去だ」と彼は言った。「過去の記憶、それが人を苦しめる」

「一理あるわあ」後ろの方で商人が能天気に言った。

「ただ懐かしむこともできた。過ぎたこととして」

 地面で砕けている写真を見つめながら、ほとんど独り言としておれは答えた。

 するとウーはこちらに正対して、勢いよく手を振り上げた。それは彼の背後に聳え立つ墓碑を指し示しているのは明らかだった。

「それがもたらす闇の凄まじさに比べて、懐かしさがなんの役に立つ! 過去、過去、すべては過去だ。過去がわたしを苦しめる。そして人々は、過去から学ぶと言いつつ、おざなりに倣うばかりで、ただ恐怖から目を背けるだけだ! ならば初めから、われわれに過去など必要ない。どうせ誰も今を拒めない。感傷は有害なだけだ」

「うわあ、一理あるなあ」商人はぼんやり言った。

 ウーが彼の方へ顔を向けると、商人は静かになった。

 おれは自分の考えを言った。「だが、過去が無ければあんたはここにいない。過去を破壊すれば、そこにあるのは虚無だ」

「すばらしいことじゃないか」彼は陶酔するような口調でそう言って、振り返るように墓碑を見上げた。「民族の記憶に縛られ、星の復興を目指すことの空しさが貴様にわかるか。そしてかつての友人に裏切られ、独りでこの暗闇を進む、望みの絶たれたような感覚を、おまえにわかるのか。誰もわたしを支持しない。誰もわたしを求めない。祖先を、過去を、先人の思いをただ否認するだけだ。否認する上におのれを成立させるためにだ。ならばそれを破壊することになんのためらいがある? 

虚無が〈神〉だ。この宇宙で最も自由な宇宙飛行士の名が〈虚無〉だ。〈虚無〉こそがもっとも中立な運命の審判者だ。彼のようになって何が悪い?」

「それでは屈したことになる」おれは指摘した。「あんたは星を復興したい。だがその欲求から過去を切り離すことはできない」

「できるさ……ここに〈銀河の眼〉が来る」

 予想外の名前におれは詰まった。

 ウーはぶるりと体を震わせると、張りつめた声で続けた。

「さあ、帰ってくれ。証拠はじゅうぶん見せたはずだ」


 来た道を再び遡りながら、商人はおもしろそうだった。狂気とは時に微妙な形で現れるものだというようなことを彼は言った。トラウマを持っていることも、感情の激しさでひとを寄せ付けないのも、付き合いづらいだけで大した問題ではない——実現不可能で、理解不可能な望みに固執している様子が他者を怯えさせるのだ、と。

 ウーの知性は並外れているように思えた。その住処に施された高度なテクノロジーにしても、それを維持しているという一点だけで賞賛に値する。衒学げんがく的なまでに難解な言葉の中にも、それとわかるような筋が通っていた。それに宇宙船を一人で建造するなど、ありきたりのエンジニアには着手さえできないことだ。

 終始攻撃的ではあったが、不法侵入者に対する態度としては穏健で理性的な方だったし、それだけで彼を狂っているとは到底言えない。

 だが——「何千年も砂と酷寒に覆われて来た星を、わざわざ人間が住むのに適した世界にしなければならないのは、なぜだ?」という疑問に、彼は周りが納得できるような合理的な答えを返せないのだろう。もしそれができたのなら、彼はもっとたくさんの仲間を持っていたはずだ。

 技術者としての技量が優れた人物は、往々にして人間の非論理的な面との付き合いが苦手なところがある。論理的に完全に正しいことだとしても、人の世界では考慮に値しないクソとして扱われることは少なくない。何度もそんな扱いを受ければ、論理を理解する能力が周囲の人々に備わっていないのだと結論付けるには充分なデータが集まる。その結果、人間嫌いになってしまうのはよくある話だ。自分の説明能力に問題があるとはつゆほどにも思わない——なぜなら完全に論理的であるということは完全に正しい事だと論理的な段階を踏んで理解しているからだ。おれは理学の天才というわけではないが、本当に若いころそういった論理偏向的な錯覚に陥った時期はある——自分を非凡だと信じたことのある人間なら、誰にでもそういう時期があると思う。幸い、おれは人々が〝論理的〟と見做していることのほぼすべてが、洗練された数学的思考法に馬鹿げた人間臭を染みこませたものであり、それは単に元の手法の劣化版であるだけでなく、元の手法に備わっていた厳密性を完全に損なわせ、単に自分を知的に見せかけるだけのテクニックとして濫用されているのだ、と幾度となく教育されてきた。そのおかげで、今では非論理的なことがいかに合理的なのかを知っている。

 ウー氏が同じ教育を受けたのかは定かではないが、彼は人間嫌いには至っていない。彼は敵意の最終的な矛先をに向けたからだ。

 しかし、おそらくはこのプラントでもっともエーリアンに敵意を向けている彼が、周囲の人々から部外者のように扱われているのは悲劇的な姿だった。

「でも、希望はある」とおれは商人に言った。「宇宙船はもうすぐ完成しそうだった。彼はもしかしたら、本当に過去をすべて捨てて、この宙域から出て行けるのかもしれない」

 商人は相変わらず冗談を楽しむような口調で、「過去を〝捨てる〟なんてことができるんかなあ?」と言った。「自分が過去を持つのか、それとも過去が自分を持つのか……深遠な問いやと思いません?」

「なら、過去が自分を捨てさせると言い換えてもいい」

「過去の積み重ねが自分であり、その集積物がその集積物を放棄することを決定する。つまり単なる自己破壊ですかね?」

「名前と経歴だけが故郷に残り、それ以外が別の世界に脱出するとしたら、それは自己破壊というよりも新生じゃないか」

「そしてまた新たな過去が積み重なっていく、と」

「少なくとも最初の一歩は未来だ」おれは言った。「それだけで価値のある一歩目だ」

 ウー氏の心が救われるためには、宇宙船に乗ってどこかへ逃げるしかないだろうと、おれは強く確信していた。きっと彼にもそれがわかっている。自分の内面に巣食った混沌にケリをつけるためには、しばらく問題から離れなければならない。

 すべてが手遅れになった後で、ニュースレターか何かで荒鉄星の消失を知った時、彼は重荷が取り除かれたことを悟るだろう。それが、この宇宙が彼に与えることのできる最大の救いだ。

「そう簡単に己の性から逃れられたら、ぼくは今ごろチーズケーキも食べれるようになってますわ。あの乳臭い、ねっちょりの……」商人は、想像だけでもそれを食べるのは嫌だというような声色だった。「所詮、生まれ変わっても繰り返すだけですよ、何度も何度も……」

 それでも、 墓碑の下で眠る日々が、少しでも彼の健康に寄与するとはまったく思わない。

「深遠な話題はともかく、おれの好きなチーズケーキを不味そうに描写するな」

「真実を語る口が悪い」

「同意見だ。二度と開くな」

「チーズケーキ好きはエロい~、チーズケーキ好きはおもらし~」

「チョコケーキ好きの寿命は残り4年」

「うおおおい! なんか不気味なこと言うなあ!」

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