第3話 獣人の少女と、商談のはじまり

 ギルドの掲示板を前に立ち尽くしていた俺は、すぐに行動に移すことにした。


 連絡札には、連絡先と時間が記されている。


《本日午後三時、市場西区・旧倉庫裏手の荷馬車前にて面談》


「よし……今から準備すれば間に合う」


 念のために、昨日の売上の一部で試作品を準備しておいた。

 新しい屋台の仲間に加わる以上、こちらからも“何を売るのか”を提示する必要がある。


 倉庫街は、市場の喧騒とは対照的に静かだった。瓦礫と空の木箱、時折聞こえる馬の嘶き。それらを縫うように歩き、指定された時間ちょうどに、俺は現地に着いた。


 そこにいたのは、一人の少女だった。


 獣人の耳と尻尾。年齢は十六、七といったところか。

 灰色の短髪を結い、長いスカートの下にはブーツ。袖まくりした作業着は煤で汚れている。


「お前が……リク?」


 少女が名を口にした。だが、敵意はない。むしろ警戒心と期待が混じったような瞳だった。


「はい。橘リクです。あなたが――ミルカ=ローンさん?」


「ああ。募集札を見て来たんだな。……帳簿は持ってきたか?」


 彼女は、いきなり本題に入った。


 俺は迷わず、昨日までの帳簿三日分を差し出す。


「三日分、仕入れ・売上・経費、すべて記載済みです。確認を」


 ミルカは黙ってそれを受け取り、手早くめくっていく。

 その視線は鋭く、しかし確実に“読む目”を持っていた。


「……ふむ。記録は正確。仕入れ先も適正価格。焼き芋か。原材料の価格変動リスクは?」


「中規模以下なら、天候依存。雨期が重なれば多少の値上がりがありますが、加工品としての安定性は高い。保存性も含め、行商向きです」


「なるほど。客層は?」


「冒険者、農夫、子連れの母親まで。試食を用意すれば回転率は上がります」


 彼女の目がわずかに細められた。


「……気に入った。取引成立だ」


 そう言って、彼女は木箱の陰から一枚の“木板”を取り出した。


「これが、連携屋台グループ“アルカディア連”の出店証。私の許可があれば使える。ギルドにも登録済みだ」


 木板には、焼印で三角形の徽章が刻まれている。

 この街では、屋台連携商団が“ギルドと別の力”を持つことがある――と聞いたが、なるほど、これか。


「私は運び屋だ。馬車と荷車、そして護衛も兼ねる。だが売るものは持っていない。だから、あんたの“焼き芋”と“売り文句”を借りたい」


「条件は?」


「日売上の二割を運用費として貰う。だが、連携内での仕入れは一括で行い、コストを圧縮する。これでどうだ」


 二割。安くはない。だが仕入れと流通を一括で処理できるなら、手間と時間を節約できる。


 俺は迷いなく、手を差し出した。


「承諾します。今日から、よろしくお願いします」


 ミルカは、その手をしっかりと握り返した。


 


 その午後。俺たちは連携屋台“アルカディア連”の初合同出店を果たした。


 屋台は二つ。片方がミルカの荷馬車で、もう一方に俺の焼き芋。荷馬車には簡易な天幕がかかっており、そこにベンチと簡単な飲料販売を加えた。


 驚いたことに、ミルカは“ホット麦茶”を販売していた。


「……これは?」


「隣で甘いもの売るなら、温かい飲み物を添えた方が相性がいいだろ。冒険者なんかは、冷えた身体に染みる」


「なるほど。俺より一枚上手ですね」


「まあな」


 ミルカの笑みは誇らしげだった。


 


 結果、この日――


 焼き芋:完売。売上銀貨十六枚

 ホット麦茶:補助販売で銀貨六枚

 材料費と炭代:銀貨七枚

 連携費用:売上の二割=銀貨四枚

 利益:計銀貨十一枚


 個人利益としては、過去最高だった。

 だがそれ以上に、“商人としての仲間”ができたことが、何よりの報酬だった。


 


 夜。俺たちは簡素な食事を取りながら、次の展望を話し合っていた。


「焼き芋以外の品も、試したいと思ってます。保存食系で、女性や子供でも食べやすいもの」


「菓子か?」


「そう。甘味系。ただし、砂糖は高いので、果実の乾燥品を試してみようかと」


「なるほど。干し果実か……それならうちの荷馬車で回収できる。西の丘に“果実乾燥屋”がある。知り合いだ」


「それは頼もしい」


 話は尽きず、気づけば夜も更けていた。


「……なあ、リク」


「なんです?」


「お前、なんでそんなに……この街に必死なんだ?」


 それは、ずっと聞かれてなかった問いだった。


 俺は少し迷ってから、言った。


「……帰る場所がないんです。だから、ここが“はじまり”なんです」


 ミルカは黙っていた。だがその表情は、少しだけ柔らかくなったように見えた。


「なら、今日からは一緒だな。異世界の商人として」


 俺は頷いた。


「ええ。――今日からが、本当の勝負です」


――――――


 


あとがき

第3話までお読みいただきありがとうございます。

ここからは商人同盟“アルカディア連”が正式に始動します。ミルカは今後、物流と護衛の要となり、商談や交渉でたびたび活躍していきます。

次回、第4話では、リクが“初の共同仕入れ”に挑戦し、価格交渉と“果実加工屋”との駆け引きが始まります。

戦わない冒険――商人の戦場は、いつも机の向こうにある!


 


いいね・フォローのお願い

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

今後も読み応えある商戦とキャラクターの成長を描いていきますので、ぜひ「いいね」や「フォロー」をいただけますと嬉しいです。

リクとミルカの行商旅路、どうぞ今後ともよろしくお願いします。

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