第三話 格の違い

「……ふふっ、はははははははは!『切り刻む』ですか!ならやってみせてくださいよ!」


アランの宣言に、リデラは笑う。

彼女にとっては初めてのことだったのだ。自身の奥の手『炎王龍バハムート』を聖裝具も無しに切り刻むなどとほざいた相手は。

果たしてその言葉は妄言か、それとも真実となるのか。興奮に胸を躍らせながら、叫ぶ。


「砕きなさい!バハムート!」


『ガァァァァァァァァッ!!』


バハムートが動く。巨大な右手を振り上げると、思いっ切り地面に叩きつけた。

その衝撃、そして放たれた魔力が地面に伝い、地面にヒビが入る。攻撃の気配を感じてアランが上へと跳躍した、次の瞬間。

轟音を立てて地面は爆発した。


「なんでもありかよッ!」


爆発に伴い舞い上がった瓦礫の一つに足を着けると、瓦礫を蹴って前進。バハムートへと猛進する。

もちろんバハムートも反撃する。爪を振り下ろせば熱の斬撃が放たれ、拳を突き出せば巨岩をも砕く衝撃波が放たれる。

一発でも喰らえば重傷に繋がりかねない攻撃だが、アランは止まらない。

放たれる攻撃の数々を見切り、かわし、瓦礫を伝って突き進み───なんとかバハムートの目の前までたどり着く。


「《跳躍ストレイト》」


空中で唱えると、その場からアランは急加速。

バハムート目掛けて直進しながら、魔力を込めた剣を振りかぶろうとするが、しかし。


「押し返しなさい!」


リデラが命じた瞬間、バハムートの背中の六枚の翼が前方へと勢い良く羽ばたく。

その動作で押された空気は暴風となり、アランを襲った。


「《風域結界ウィンガシールド》!」


風の結界を生成して暴風の勢いを削ぐが、流石にバハムートとの距離が近すぎて耐えきれない。

アランは暴風に乗せられて、バハムートから引き離されてしまった。

さらにそこへ───。


「払なさい!」


『ゴガァァァァァァァァァッ!!』


バハムートの口からアランへと火炎放射が放たれる。

アランはすかさず《跳躍ストレイト》を唱え、地面に降りて回避する。

だが、


(なんだ……これ?)


バハムートが羽ばたいてから、空気中のあちこちに赤い粒子が漂っている。

しかもその一つ一つに強い魔力を感じる。間違いなくバハムートの仕業だ。

これは一体何の──。


「引っかかりましたね、先輩」


リデラが不敵に笑った、その瞬間。


─────────ッ!!!


上空で爆発が起こった。その爆発に連鎖するように、次々に空気が爆ぜていく。

これはまさか───!


「粉塵爆発か!?」


先程の赤い粒子は魔力で生み出した可燃性の粉塵だ。羽ばたきに合わせて空気中に散布し、火炎放射で発火させるつもりだったのだ。

気づいた時にはもう遅い。既にリデラの術中、このままではアランは爆発の餌食だ。


「《結界シールド》!」


爆発が届く寸前で結界を生成する。紙一重でアランは爆発から身を守った。

だが爆発は一撃では終わらない。空気中の粉塵が尽きるまで何度も、全方位からアランの結界を襲い来る。


爆発が続いたのは十秒ほど。ようやく衝撃が収まった時には、周囲は爆煙に包まれていた。


「チッ、どんだけ技持ってんだよあのデカブツ……」


とんでもない威力だった。咄嗟に張った物とはいえ、結界にはヒビが入っている。少しでもタイミングが遅れていたら今ので終わっていた。

本当に予想以上に器用な真似をしてくれる。さすがは烈火の女帝、プロの聖装士と比べてもなんら遜色のない実力だ。これでまだ新入生だというのだから恐ろしい限りである。

だが、


「あんま戦闘中に相手から目を離すもんじゃないぜ?後輩」

 

***


「…………」


爆煙の中、リデラはたたずんでいた。

手応えはあった。あの状況で爆発から逃れられるとは思わないし、確実に吹き飛んでいることだろう。

普通ならこれで終わりだ。なにせあの爆発火力、防御魔法を使っても防げるものではない。


だが相手はアラン・アートノルトだ。学年実力序列第二位、こと魔法においては学園最強と謳われるほど。

彼がこの程度の攻撃で終わるとは思えない。何かしらの手段で耐え、煙の中で潜伏していると考えるのが妥当だろう。

なら、


「バハムート!煙を飛ばしなさい!」


傍らのバハムートに命じると、バハムートは六枚の翼を羽ばたかせ、強風を起こした。

たちまち爆煙は風に乗って飛ばされていく。

周囲の景色が鮮明になり、そして───


「──待ってたぜ、それを」


声が聞こえたのは上空から。反射的に見上げた先、バハムートの後ろ側のフィールドの壁にアランがいた。


「《豪雷一極ゴウライイッキョク》」


壁を蹴って直進する。凄まじい速度で背後からバハムートの首元へと迫ると、激しく帯電した剣をバハムートの首に振りかぶる。

刃はバハムートの首を捉え、半分近くを抉り飛ばした。


「バハムート!?」


驚愕するのも束の間。バハムートの横を通り過ぎると、アランはさらに連撃を繰り出す。


「《雷閃豪雨ライセンゴウウ》」


蒼雷を帯びた剣を高速で振り回す。剣を振るたびに放たれる蒼雷の斬撃は雨のようにバハムートを襲い、バハムートをさらにさらにと仰け反らせた。


『グゥゥ……オォォォォォッ!』


必死に抵抗するバハムートだが、怒涛の連撃に押されてなかなか反撃に転じれない。このままでは押し切られてしまう。

それを予感し、リデラはさらにバハムートに魔力を込める。


「耐えて、バハムート……!」


その顔には珍しく焦りが見える。今、間違いなくバハムートが押されている。たとえ聖装士が相手でも一度として負けたことのなかったバハムートが、こんな聖装具すら使わない者の攻撃に。


あってはいけない、そんなことは。絶対に許されない。

私が負けるはずがないんだ。天才と謳われてきたこの私が。


『ガ……アァァァァァァ!』


バハムートが吠える。アランの猛攻撃を受けながらも徐々に体勢を立て直していき──。


『ガァァァァァ……ゴガァァァァァァァッ!!』


一際強く吠えたと同時、口から炎が溢れる。凝縮された業火が火球となって放たれ、アランへ迫った。


「まぁ、さすがにこれじゃあ倒せないか」


分かっていたが、やはり硬い。先程の首を狙った一撃の時もそうだ。

あれは本当は首を刎ねるつもりで放った一撃だったが、予想以上にバハムートが硬くて完全にてなかったのだ。


「《跳躍ストレイト》」


上空へと退避するアラン。バハムートを見下ろせば、バハムートはこちらに口を向けて何かを放とうとしている。

バハムートに今まで以上の魔力が集約されていくのを見るに、最大火力の一撃でも放つつもりなのだろう。

いよいよリデラも決着を付けに来た。


「ふぅ………」


深く息を吐きながら、剣を構える。

がらではないが仕方ない、こうなったら真っ向勝負だ。むしろそれこそ、この歓迎試合の趣旨だろう。

この歓迎試合の目的は『新入生に己の未熟さを教えること』。つまり求められるのは如何にして相手の自信を砕くかだ。

もし姑息な手段を使って勝ったとして、相手はそれで納得するだろうか、いいや違う。自信のある者であればあるほど、『あんなのは卑怯だ』とか『自分にはまだ出来ることがあった』とか言いやがる。そんな結果ではこの歓迎試合の趣旨に反してしまう。

ならどうすれば相手の自信を砕けるのか。それは単純で、『相手の全てを受け止めた上で凌駕し、勝利すること』だ。言い訳もできないほどの敗北を与えられれば、さすがにどんな自信家でも納得するだろう。


本当に面倒だ。少なくとも俺にはこんな戦い方は向いてない。だからこそアリシアや他の実力者に任せるべきだと言ったに……。


「アリシア……はまだ仕方ないとして、問題はだ。後で絶対文句言ってやる……!」


どうせ今もこの試合をどこかで見ているであろう師範に些細な怨念を抱きながら、最後の一撃に備える。


「─業火の王、焔の権化、汝の息吹は全てを灰燼とし、汝の鉤爪は全てを切り裂く。また汝の翼は全てを払い除け、汝の剛腕は全てを砕く─」


紡がれる女帝の詠唱。莫大な魔力がバハムートに供給され、さらなる力を解放させていく。


「─汝こそが炎王龍バハムート。我が最優のシモベにして、万象を焼き尽くす帝王である。故に今こそ、我が名の下に汝に命を下す─」


焼き尽くせ、灰の一つも残さず焼却しろ。龍王の名の下に、目の前の傲岸不遜の男を滅するがいい。


「解き放てバハムート───炎王の轟咆ゴウホウッ!!」


『グゥゥ……グガァァァァァァァァッ!!!』


主の叫びに呼応し、バハムートの口から超特大の火球が放たれる。

莫大な熱量と魔力が放つ圧はまさに太陽を具現化したかのよう。全てを灰へと変える業火の一撃がアランに迫る。


「─雷よ、万物を射抜く豪雷よ。乱れ猛りて空をハシれ。その輝きを以て、我が障害を砕きたまえ─」


詠唱は完成した。あとは思いっきりぶつけるだけ。

目を覆うほどの輝きを放つ豪雷を身に纏わせ、アランは遂に解き放つ。


「閃剣奥義────神威雷崩カムイライホウ閃撃センゲキッ!!」


叫んだ瞬間、アランは落雷の如き勢いで火球へと突貫した。

業火と豪雷。二つの莫大な力の激突は衝撃波を生み、大気を激しく震撼しんかんさせる。


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」

 

業火が燃え上がり、豪雷が暴れ狂う。

互いに全霊。喉がはち切れんばかりの叫びを上げながら、この一撃に挑み───そして。


──────────ッ!!!


轟音と共に生じた大爆発。その果てに、突き抜けたのは──。






「これで、終いだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


──アラン・アートノルト。依然変わらぬ豪雷をその身に宿しながら、彼は爆発の中から現れた。

もはや彼を止めるものは何もない。攻撃の反動で動けなくなったバハムートに迫ると、剣を脳天に振るった。

刃が食い込む。だがまだ足りない。

もっと深く、もっと強く。刃はバハムートの脳天から地面にかけて一直線に滑り───遂にバハムートの巨躯を両断した。

直後に豪雷が立ち昇る。バハムートの体は雷に砕かれ、微塵も残らず消滅した。




「俺の勝ちだ、リデラ・アルケミス」


刃を突きつけながら、アランは言う。

その身に宿るのは圧倒的強者の風格。あれほどの一撃を放ってなお衰えない覇気を纏わせて、アランはリデラに敗北を叩きつける。


「そん…な……」


信じられない、とばかりに呟くリデラ。

だって、こんなことは今まで一度も無かった。

全力で戦ったのに、バハムートまで使ったのに、結果はこれだ。

アランに傷一つ負わせることも、当初の目的だった聖装具を使わせることも出来ていない。完全に手加減されていながら、自分は完膚なきまでに敗北したのだ。


そう認め難い現実に驚愕しつつも、しかし受け入れてしまう。

これがアラン・アートノルト。聖装士でありながら絶対に聖装具を使わないという異端者であり、同時に強者揃いのこの学園の学年次席に位置する、規格外にして常識外れの聖装士。

自分には到底持ち得ない圧倒的な力の差を感じながら、リデラは悔しさから俯いた。



『試合終了!勝者、アラン・アートノルト!』



試合終了のコールが響くと同時、観客席から歓声が巻き起こった。

烈火の女帝とまで呼ばれたあのリデラ・アルケミスが敗北したのだ。それも聖装具すら使わない相手に。

あまりに衝撃的な結果を前に、彼らは興奮せずにはいられなかった。


「はぁ……まったく客席の奴らは元気なもんだな。羨ましいよ」


呟き、疲労でクタクタの体で息をするアラン。

ともかく無事に勝利は収めた。これで全校生徒のネタになることも無いし、今後とも平穏な学生ライフが送れるはず。ひとまずはさっさと戻って休憩しよう。

安心感と疲労感を抱きながら、アランは闘技場を後にするのだった。




***




しかし、その数分後……


「アラン先輩お疲れ様です!めちゃくちゃかっこよかったです!」


「どうやったら魔法だけであんなに強くなれるんですか?教えてください!」


「アラン先輩ってなんで聖装具使わないんですか?俺アラン先輩の聖装具見てみたいです!」


「そういえばアラン先輩、試合中にリデラさんの魔法を触れただけで消してましたよね!あれどうやるんですか?」


「あぁ、いや……そのぉ……」


闘技場を出た瞬間に押し寄せてきた大量の新入生たちに囲まれたアランは、しばらくその場から離れることができなかったとさ。


(ああもう、誰か助けてくれぇ……)

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