第二話 烈火の女帝
「さぁ、行きなさい!」
リデラが声を上げた瞬間、炎の狼たちがアラン目掛けて動き始めた。体躯に違わぬスピードを活かしてアランに接近する。
ある一匹がアランのすぐ前で跳躍した。アランへ飛び掛かると、鋭利な爪をアランの顔に振るった。
刃物のように鋭い爪だ。当たれば顔面は
だがこの程度の攻撃に当たるアランでは無い。少し体を逸らして爪を回避すると、狼の腹を切り上げる。
切られた狼は真っ二つに両断されて消滅した。
(なるほど……一応実体はあるんだな)
外見からして、てっきり全身が炎で構成されているのかと思ったが、切った瞬間の手応えからしてそうでも無いらしい。
物理的な攻撃で倒せるのはありがたい。だがこの狼も所詮はリデラの聖装能力から生まれた存在。リデラの魔力が続く限りはいくらでも復活可能だろう。
目の前には既に数匹の狼が迫っている。のんびり思案している暇はない。まずはリデラの戦い方を観察するとしよう。
「《
脳内で術式を構築し、詠唱を以て魔法を発動する。上乗せされた身体能力で、アランは狼を迎撃する。
飛びかかってきた狼を回避と同時に首を刎ねる。後ろから迫ってきた狼は振り向きざまに薙いだ剣で切り払い。
絶え間なく全方位から襲い来る狼と、それを一瞬も止まらず迎撃するアラン。見かけ上では狼に圧倒的な数の優位があるはずだが、アランはその差をものともしない。
一度たりとも負傷することなく、洗練された動きで舞うかの如く無双する。
気づけば狼の数は残り五匹。このまま押し切れるかと思った、その時。
『────ッ!!』
奇声と共に、何処かから放たれた火球がアランを襲った。後方に跳躍して火球を回避するが、一体何が起きたのか。
火球が来た方向を見ると、
(まぁ、この程度で終わるわけないよな)
そこには宙に舞う炎の怪鳥がいた。それも一羽ではない、ニ十羽はいるだろう。
やはり生成できるのは狼だけではないらしい。この様子だと他にも生成できる物がありそうだが。
「おわっと!」
そうこうしている内に再び火球が放たれた。アランは後退しながら火球を回避する。
だが、
「……ん?」
その瞬間、アランは妙な気配を感じた。
地面の下からだ。魔力を持つ何かが急接近して来るのを感じる。
この気配は───。
「──こりゃマズイ!」
その場で大きく跳躍した直後、アランが立っていた地面が爆発した。
地面を突き破って現れたのは炎の大蛇。どうやら地中を通って来たようだ。
『シャァァァッ!!』
大口を開けて空中のアランへと大蛇が迫る。これに飲み込まれるのはさすがに避けたい。
この蛇も他の狼みたく切り払わなければならないが、
「……チッ」
横から感じる魔力に目を向ければ、怪鳥たちが数発の火球を撃ってきた。
空中で動きが取りにくい状況を狙った攻撃だ。火球を切れば大蛇に対処できず、大蛇を切れば火球に対処できない。
どちらの選択肢を取っても負傷は避けられないこの状況、アランが取った選択は。
(回避一択だな)
術式構築。移動する方向の指定と、その方向に障害物が無い事を気配から確認し、
「《
発動に応じアランの体表に衝撃が発生する。アランの体はその衝撃に乗って移動し、一瞬にして地面に着地した。
間一髪で回避に成功したが、目の前の脅威は健在だ。
五体程度にまで減っていた炎の狼はリデラが再生成したことで四十体ほどに。空中には炎の怪鳥がニ十羽ほど。目視できる限りで大蛇が三匹、ただ地面の下から感じる魔力からして他にも隠れている可能性はある。
これがリデラが出せる炎の獣の最大数───ということも無いだろう。リデラに疲弊している様子はないし、彼女から感じる魔力も依然膨大だ。
明らかにリデラには余裕があった。ならば量に於いても質に於いても、今以上の獣を出せると考えるのが妥当だろう。
リデラもなかなか嫌なことを考える。初めからやられる前提で大量の狼をけしかけ、数が減ってきたと思わせた所に獣たちによる怒涛の連撃。油断させた瞬間をついて一気に流れを我が物にするとは。
「まったく、頭の回る新入生なことで……」
『ガァァァァァッ!!』
苦笑した瞬間、背後から狼が襲ってきた。とりあえず切り払うが、獣たちの猛攻は止まることを知らない。
アランを切り裂かんと飛び掛かる狼に、空から火球を飛ばしまくる怪鳥。そして地面から不意打ちを仕掛けてくる大蛇。さらには口から火炎放射を吐く大きな炎の虎に、突っ込んでは派手に自爆してくる猪などなどと。
これらの獣の強みは、互いの攻撃に被爆しても影響を受けないところだろう。怪鳥の火球を虎が喰らっても負傷はしないし、虎の火炎放射に狼が巻き込まれても影響は無い。
その特性から獣たちは数の有利を存分に発揮している。
しかしこの猛攻を前にしても、アランは余裕を崩さない。手近な獣は魔法で生成した土の壁で獣の数を絞った上で双剣で切り払い、遠くの獣は魔法で迎撃。相手の攻撃も防御魔法と回避を的確に使い分けることで、一切体勢を崩すことなく完璧な攻防を演じている。
実際、彼にとってこの猛攻を凌ぐだけなら難しい事では無い。だがこの状況を続けていても埒が明かない。
倒したてもリデラが再生成するのがオチ、それでは獣を倒す意味がない。むしろ常に動き続けているアランが不利と言えるだろう。
この状況を乗り越えるには、やはり術者であるリデラを叩くのが無難かつ手っ取り早い方法だ。
「《
獣たちの攻撃の隙をついて、魔法で生成した水の弾丸をリデラに発射する。
だが水弾は不発に終わった。水弾はリデラの間近に迫ったところで、突然蒸発して消滅した。
使ってる魔法は《
この状況で術者本人を叩けば良いだなんて誰でも思いつく発想だ。それに対してリデラが対策を用意していないはずがなかった。
リデラに攻撃するにはあの壁をどうにかしなくてはいけない。でなければリデラに近づいた瞬間アランは高熱にあてられて燃やされる。
それにこの獣たちも邪魔だ。これらがいる限りリデラに近づこうとしても邪魔される。リデラを攻めるのならまずはコイツらを殲滅しなくては。
「……よし」
手段を決めたアランは反撃に打って出る。
「《
再び水弾を生成する。その弾数は先程の比ではない。全部で百発はある。
「一瞬でこれだけの数を……!?」
さすがのリデラもこれには驚いた。卓越した魔法技術でもない限り、このような身技は出来ない。
アランは全ての水弾をリデラに放つ。何発かは炎の獣に妨害されたが、十分な数はリデラに届いた。
しかしリデラには熱の防壁がある。数が多くても所詮は水弾。彼女にとってはまだまだ対処可能な範囲だ。
熱の壁に衝突した水弾は全て蒸発して消滅した。だがさらなる予想外がリデラを襲う。
「っ!?これは……!?」
大量の水弾から発生した水蒸気、それがリデラの周囲を覆っていた。
(まさか先輩はこれを狙って……!?)
視界が潰されたこの状況ではリデラも炎の獣たちを操作できない。
一応、獣は自立して動けるが、リデラが指揮していた時のような連携はできない。アランに対抗するほどの戦術性を持たせるには、どうしてもリデラの指揮が必要になる。
そのためにも、まず水蒸気を
「《
リデラを中心に強風が巻き起こった。
風によって水蒸気は払われ、瞬く間に周囲の光景が目に映るようになった。
そして、
「…………え?」
リデラは見た。自身が生成した炎の獣が全て両断され、地に転がっている光景を。
視界を塞がれていた時間は十秒にも満たない。その間特に大きな音もなければ、高威力な魔法が行使される気配もなかった。
なのにどうして、こんな事になっている。まさかアランは十秒足らずであの七十体以上はいた獣たちを片付けたとでも言うのか?
いや、それよりも───
「あの人は……どこに?」
視界からアランが消えていた。背後か、地中か、それとも目にも止まらない速度で動いているのか。
分からないが、とにかく態勢を整え───
「よっ!」
「なっ!?」
背後から聞こえた声に振り返れば、そこにはアランが立っていた。
「な、なんで!」
驚愕するリデラ。ここは彼女が張った熱の壁の内側。自分以外が立ち入れば高熱に当てられて焼かれるはずなのに。
彼は平然としている。一体どんな手段を使ったのか。それを考える暇もなく、
「ッ!!」
眼前に迫ったアランがリデラに右拳を放つ。
この距離で回避は不可能。防御魔法で防ぐしかない。
「《
リデラの前に透明な壁が展開される。
まずはこれでアランの打撃を防ぐ。そして打撃を阻まれて硬直したアランの隙をついて攻撃すれば良い───と。
リデラが考えた反撃の一手を、アランは容易く凌駕する。
アランの右拳が結界に触れた瞬間、結界は突然消滅した。
威力に負けて砕けたのでは無く、端から
結界を越えてアランの右拳が迫る。リデラは咄嗟にかざした杖で打撃を防ぐが、衝撃までは防げない。
リデラの体は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた。
「ぐッ、がはッ……くっ…!」
何度か地面を転がったところで、ようやくリデラは起き上がる。
「はぁ……はぁ……何を、したんですか!さっきまで効いてたのに、何で急に私の魔法が効かなくなって……!」
「単純な話、無力化したんだよ。これでも魔法の扱いには自信があってね、使われている魔法さえ分かれば大体は分解できるんだ」
「…………は?」
あまりに馬鹿げた話に、リデラは驚愕の声を漏らすしかなかった。
***
その光景を見ていた新入生たちは、リデラと同様にアランがやったことに驚愕していた。
何が起きたのか。どうして結界が触れただけで消えたのか。なぜ熱の防壁の影響を受けないのかと、それぞれ疑問と驚きを口にしている。
それほどに、彼らの常識からすればあり得ないことだった。
魔法を打ち消す魔法など存在しない。聖装能力を使って打ち消したというならまだ信じられるが、アランは聖装具を出していない。
聖装能力とは聖装具を介して使える力だ。聖装具を出してすらいないアランが使えるはずがない。
故にアランがやってのけた事は聖装能力以外の力によるものとしか考えられず、そんな芸当を初めて目にした者たちは困惑するしかなかった。
だが二年生や三年生はというと、そこまで驚いていない。むしろ見慣れた光景とすら感じている。
「あーあ、あの子やっちゃったね。アランに魔法は効かないのに」
「新入生だからな、そこまで知らなかったんだろう。普通に考えてあんなデタラメ予想できるわけがない」
アランがやった事を振り返っているリオとアシュリー。
二人はアランのあの技を何度も見てきたし、教えて欲しいと頼んだこともあった。少しも真似はできなかったが。
「私たちもアレができたら良いのに……アラン、何言ってるか分かんなかった」
「君ですらそう言うのなら、僕たちにはもっと無理だろうな。こうして見ると改めてアランと僕らの間にある差を感じる。本当にアイツは凄い。間違いなく魔法という分野においては学園最強だ」
あんな性格でも、その実力は間違いなく学年次席。その中でも魔法という分野においてはダントツで学園最強なんて言われている。
それだけアランは魔法を極めてきたのだ。自身の戦闘スタイルの主軸として落とし込むために。
アラン・アートノルトを強者たらしめている要素は主に三つ。
一つは多彩かつ高練度な魔法を扱えること。
今更だが、『魔法』とは魔力を用いて特定の事象を起こす力だ。魔法には
魔法の特徴は『魔力さえあれば誰でも扱える』ということ。その特性から聖装士はもちろん、多くの者があらゆる場面で利用している。
特に聖装士が魔法を使う場合は、自身の強みを助長したり弱みを補ったりするために使われるのが普通だ。
魔法は聖装能力を支えるためのサブウェポン。戦闘に於いて欠かせない存在だが、メインウェポンには及ばない。
それが聖装士の常識であり、しかしアランはその常識から逸脱している。
アランは魔法をメインに戦う。しかもその精度や魔法の扱い方が他の聖装士と比にならない程に上手い。
精度が高いほどより素早く、より少ない魔力消費で最大限の効果が発揮できる。そして魔法の扱い方に長けた者なら、普通は出来ないような魔法の使い方も出来る。それこそ魔法同士を混合して新たな魔法を生み出すことも可能だ。
こうした要素も含め、アランは魔法を徹底的に極めた。その結果アランの魔法は聖装能力を凌ぐほどにまで成長した。
二つ目のアランの強みは、高度な体術による様々な武器を駆使した戦い方だ。
アランが得意なのは魔法だけでは無い、体術だって得意分野だ。さすがに体術まで学園でダントツとは行かないが、それでもトップレベルの体術の使い手であるのは間違いない。
アランの専売特許はその体術を利用して様々な武器を使えること。
普通、人が携帯できる武器の数は限られている。だがアランはその縛りを受けない。彼にはその制限を解決する手段があるからだ。
その手段というのが、アランが戦闘中に身につけている黒い手袋のこと。
通称『虚空の手』──アランが持つ『魔導器』の一つで、手袋に自由に物を出し入れできる。『虚空の手』の表面は専用の空間に繋がっており、収納した物はその空間内に保管される。
収納できる物は非生物に限られ、その上で収納できる物のサイズや量に上限はつくが、アランのような武器使いには十分過ぎる価値がある。
アランは『虚空の手』に収納した武器を状況に応じて使い分けることで、臨機応変に戦える。
さらに『虚空の手』は魔力を通すだけで自動修復まで出来る優れ物。これだけの優れ物をどうやって手に入れたのかという話だが、それはまた後ほどに。
そして残る三つ目は──
「魔法を打ち消す?何をわけの分からないことを!まさかそれが先輩の聖裝能力ですか!」
「まさか。そもそも聖裝具すら出してない俺が聖裝能力を使えるわけないだろ。アレは魔法や聖装能力には分類されない、魔法を鍛える過程で得た技術だよ。俺は適当に『魔法崩し』って呼んでる」
「魔法…崩し?」
訳が分からないと言わんばかりにリデラはアランの言葉を反復する。
アランの言う『魔法崩し』は今では学園中で知られるアランの十八番だ。
その効果は相手の魔法を根本から分解し、無力化すること。ただし無力化できる魔法はアランが扱えて且つ百パーセント完璧にその構造を理解している魔法に限られるが、逆に言えば理解さえ出来ていれば何でも崩せる。
そしてアランはこの学園の誰よりも魔法に長けている。それは魔法の熟練度だけではなく、習得している魔法の数に於いても言えることだ。
この学園の生徒が扱える魔法くらいならアランだって完璧に扱える。
故にそれらの魔法は『魔法崩し』で無力化が可能であり、この学園の生徒たちの魔法はアランには何一つ通じないという構図が生まれる。
魔法が無ければ聖装能力の弱点を補えないし、強みも活かしきれない。戦い方の幅も限られる。
アランが相手というだけで、敵は縛りを受けてしまう。大袈裟な話だが、それだけアランの魔法技術と知識量が馬鹿げているという証拠である。
これらがアランの専売特許たる能力たち。他にもアランの得意分野はあるが、今語るのはこのくらいにしておこう。
「そういうわけだから、基本的には俺の前だと魔法は使えない。それで、どうする?君のペットは一通り切られたわけだが、ここらで終わりにするか?」
いやホント頼むから終わってくれ。これ以上余計なことをしないでくれ。マジで俺負けたくないんだよ!
内心ではリデラが降参することを懇願しながら、ダメもとで口にした言葉は、
「ははっまさか。こんなところで終わるわけがないでしょう」
その笑いと共に一蹴されてしまった。
──うっわ嫌な顔してるよ。絶対なんか仕掛けて来るじゃん。
アランが警戒する前で、リデラは杖を地面に突き立て、
「これまでの攻撃は小手調べです。本番はここから。見せてあげますよ、私が『烈火の女帝』と呼ばれる
リデラの足元に再び巨大な魔法陣が展開された。
「─我は烈火の女帝、あらゆる焔を統べる者にして、全てを焼き尽くす者である。その名を元に、今ここに我が汝に命ずる─」
詠唱が紡がれる。本音を言えば今すぐ全力ダッシュで止めたいところだが、これは伝統ある新入生歓迎試合。姑息な真似はあまり良しとされないのだ。
故にアランは動かない。リデラの聖裝能力の本質、秘められた力の解放を。観客席の生徒たちと共に固唾を飲んで見守る。
「─顕現せよ、焼却せよ。汝の命、汝の焔を以て、万象を灰に染めるがいい─」
辺りにリデラの魔力が満ちていく。空気は文字通りに熱を帯び、この場を烈火の女帝の領域へと変えていく。
何か、とてつもない物が来る。莫大な魔力の起こりを感じ、アランが耐熱結界の魔法を構えた瞬間。
「来い───《炎王龍バハムート》!」
下されたその命令を以てして、怪物はここに顕現する。
魔法陣から巨大な炎が天へと立ち昇る。そこから現れたのは、なんと巨大な龍だった。
全長三十メートル以上。背中には三対の翼、頭には立派な二本の角、腰からは大きな龍の尾。そして体全体は炎王の名の通り赤く染まっている。
『ゴガァァァァァァァァッ!!』
炎の龍──バハムートが吠える。その叫びは熱を帯びた衝撃波となってフィールドに響き、周囲の温度をさらにさらにと上げていく。
「ッ……!」
その場で踏ん張り、アランはなんとか咆哮を耐える。
耐熱結界の魔法を唱えておいて良かった。でなければ今頃熱波に肌が焼かれていただろう。
とんでもない怪物だ。目の前にいるだけで放たれる圧に押し潰されそうだ。
「この子は炎王龍バハムート。私が扱える最大級の炎霊です」
リデラが笑う。烈火の女帝の名に相応しく、炎の龍王を侍らせて。
「さて、アラン先輩。あれだけ啖呵を切ったのですから……簡単にはやられないでくださいね?」
その挑発を以て、リデラはアランに挑戦状を叩きつける。
今までの戦いは全て遊びだったのだ。本番はここから。
ついに本領を見せた烈火の女帝と炎の龍王。
その圧倒的な脅威を前に、アランは───
「…………やべぇ、詰んだかも」
めちゃくちゃ弱音を吐いていた。
いや無理じゃん。逆にどうしろってんだよあんなクソデカいバケモン。
そりゃあ俺もリデラの態度からしてまだ隠し球くらい持ってんだろうなぁとは思ったよ。けどアレはダメでしょ。新入生がやって良いことじゃないってホントに。
灰にされる未来しか見えないんだけど──。
『ゴガァァァァァァァァァァァァァッ!!』
「えちょっ、うおおっ!?」
考える暇もなく、バハムートが仕掛けてくる。
咆哮と共に巨大な口から放たれたのは火炎放射。フィールドの地面全体を容易く埋め尽くす劫火を前に、アランは地を蹴って跳躍。寸前で火炎放射を回避した。
「はぁ…はぁ…危ねぇ、マジで危ねぇ…!」
冷や汗を流しながら空中で息を整える。これはどうしたものだろうか。
誇張抜きでアレは化け物だ。込められている魔力量だけで分かるが、あの龍は攻撃力だけでなく防御力もとてつもない。生半可な攻撃ではびビクもしないだろう。
「空に逃げた程度で逃げられると思わないことですね!バハムート!」
『ゴガァァァァァァァァァァァッ!!』
「おいおいマジか……!」
そうこうしている内に二発目の火炎放射が飛んできた。
「《
アランは一瞬でその場から移動する。火炎放射を避けて地面に降り立つと、バハムートを見上げた。
「いやぁ……参ったな……」
再び弱音。先程までの優勢な状況はどこへやら、今のアランは回避で手一杯だ。
「頑張ってリデラさん!アラン先輩に聖裝具使わせちゃって!」
「いっそこの場をアラン君の聖裝具お披露目会にしよう!」
「あのすまし顔を曇らせてやれー!」
ふと観客席の声に耳を傾ければ、そんな声援が聞こえてきた。リデラが優勢に立ったのを好機にアランの聖裝具を見ようとしているらしい。
なんだアイツら好き勝手言いやがって、こっちがどんだけ必死に戦ってると思ってんだ。
内心毒づきながらも、アランは思考を巡らせる。
正直なところ、打つ手が全く無いという訳では無い。正攻法で無ければやりようは幾らかあるのだが、少なくともこの試合では使えない。
やるなら正攻法。この状況で言えば、バハムートを倒した上でリデラに勝つことだろうか。
かなり高難易度な課題だが、出来なければ敗北。『聖装具を出し渋って後輩に負けた学年次席』として全校生徒のネタとなるかもしれない。
「……使うか、アレ」
覚悟を決めたアランへ、
「さぁどうしますか先輩?そろそろ聖裝具を使う気になりましたか?」
こちらが奥の手を見せたのだから、いい加減お前も実力を見せろと言ってくる。
今は間違いなく窮地。追い詰められているこの状況で聖裝具を使わないなど、もはや愚行なわけだが、しかし。
それでもアランは言ってのける。
「いいや、聖裝具は使わない。と言うより使えないと言った方が正しいか。さっきも言ったが事情があるんだ。だから悪いが、
両手の双剣を右手に持つと、刃を左手の掌に押し当てる。すると剣は吸い込まれるように、手袋に飲まれて消滅した。
さらに右手を左手に押し当てる。そこから右手を何かを引き抜くように動かすと、左手から一本の白銀色の剣が現れた。
剣を右手に握ると、アランはバハムートに刃を向けた。
「それは……魔導器ですか?」
「ああそうだ。武器型魔導器『
「マシ、ですか。その程度の代物で私のバハムートが切れるとでも?」
「さぁな。ただソイツも実態はあるんだろ?ならやることは一つだ」
口角を上げる。もちろん不安は拭いきれないが、今見栄を張らずしていつ張るのだ。
学年次席の名にかけて、アランは全力で虚勢を張る。
「そのデカブツ、木っ端になるまで切り刻んでやるよ」
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