観測ログ39:展開と宴会
静かな歓談の場に、ひときわ重い足音が響く。
グラディオが現れ、席に着くや否や、珍しく口を開いた。
「乾杯の前に、少しだけ話を聞いてくれ。」
その声音に、場の空気がピンと張り詰める。
「つい先日、うちの領地と王都の境界の森で、“魔の領域”が発生したという報告があった。
おそらく近いうちに、ギルドを通じて《双律の剣》宛てに調査、できれば討伐依頼が届くだろう。
……自領の件で恐縮だが、頼りにしている。」
一瞬の沈黙の後、今度はミニーが声を上げた。
「私の、お願いもその件なの。
この間、邪教の拠点を潰したでしょ? あそこを調べてたら、“魔の領域”を作る研究の資料が出てきたのよ。」
ミニーはテーブルに資料を広げるような仕草をしながら、言葉を続けた。
「資料を追っていくうちに、だいたいの場所は突き止めたわ。
でも、おかしいの。
近くの街で邪教徒の目撃情報は出てるのに、肝心の拠点が見つからないの。」
「認識阻害や幻術って線は?」と、斥候役のカイルが問う。
ミニーは首を横に振る。
「もちろん考えたわ。
こっちにも“看破”持ちもいるし、幻術くらいなら簡単に見破れるはずなのに……見つからないのよ。
だから——」
視線がヴォイドに向けられる。
「ヴォイドちゃん、あなたにお願いしたいの。
あなたって、“目”がいいでしょ?」
「ああ……あのダンジョンの件か。」
ヴォイドは静かに応じる。
「自分でも仕組みは分かっていないけど、依頼とあらば全力を尽くそう。」
そう答えたあと、ふと首を傾げるように尋ねた。
「だが、その前にひとつ聞きたい。“魔の領域”って……なんだ?」
代わって説明に立ったのは、知識に通じたエリシアだった。
「“魔の領域”とは、特定の場所からモンスターや悪魔が湧き続ける異常地帯のことよ。
ダンジョンの“スタンピード”とも似ているけど……本質は違うわ。
これは“次元の裂け目”そのものから湧いてくる現象。
人工的なものであれば、術者か魔道具を壊せば封じられる可能性があるけれど——」
「……で、その場所ってのは?」と、再びカイル。
グラディオが静かに立ち上がり、持参した地図を広げた。
王都とベルツ村の間にある森に、×印が描き込まれている。
ヴォイドが地図を見下ろしながら、胸の内で呟いた。
(あれ? この辺って……俺が転移してきた場所あたりじゃないか?)
「ベルツ村って、グラディオの領地だったのか?」
とライガがつぶやく。
「知らなかったのかよ」とヴォイド。
「知るわけねえだろ、お前だって知らなかっただろ!」
とライガが返す。
グラディオがふと地図の端を指さした。
「……それと、最近この辺りでザルドの兵を見かけたという情報もある。」
その言葉に、空気が再び緊張する。
「ザルド?」とヴォイド。
「……まったくお前は」
カイルが溜め息混じりに言った。
「この国の名前くらい、知ってるか?」
ヴォイドは少しだけ目を逸らしながら、答える。
「そういえば……知らないな。」
全員が驚いたように彼を見る中、ライガが誇らしげに胸を張る。
「俺でも知ってるぜ! グランベルド王国だ!」
「ライガ、よく知ってたわね」
とミアが笑う。
「当たり前だろ! 常識だぜ!」
カイルが地図の隣を指し示す。
「で、ここ。これがザルド王国。
つまり、ベルツ村は国境付近の村ってわけだ。」
「……グラディオの家の領地って立地的に、かなり重要な場所なんだな」
ヴォイドが言うと
グラディオは静かに首を振る。
「大したことはない。それに、俺は家を継ぐ気もない。
弟に譲った。……必要なら、補佐くらいはするつもりだ。」
そこへミニーが、ひときわ明るい声で場を引き締める。
「はーい! 要するに今回の任務は——
ザルドが邪教と手を組んでこの辺で悪さしてるから、お仕置きしちゃいましょ♡ って話!
よろしくね!」
「……簡単に言うが、簡単にはいかねえだろ……」
カイルがぼやいた直後。
ぐぅぅぅぅ……。
場に響く腹の音。全員がライガを見る。
「……悪い、腹減った」
その空気に笑いがこぼれ、エリシアが立ち上がった。
「話しもひと息ついたし、それじゃあ、ここからは——ミニーの慰労会を始めましょ」
乾杯の声とともに、戦いの前の束の間の宴が始まる。
◆ ◆ ◆
乾杯の音が響いた途端、部屋の空気が一気にほどけた。
グラスを鳴らし合い、料理が運ばれてくると、ミアはさっそくテーブルに並んだケーキを両手に持ち上げた。
「見て見て! これ、クリームたっぷりだよ♪」
「ミア、それ食事っていうより……デザートだぞ……」
ライガが苦笑しながら、自分の皿に肉の塊を山のように盛る。
その様子に、隣のカイルが眉をひそめた。
「それ全部食う気か……?」
「戦士に必要なのは、まず肉! 次に肉! あと、肉!」
「バカかお前は」
──わいわいと賑やかな宴の中、クラリスは最初こそ楽しそうに皆と話していたが、杯を重ねるごとに目が据わっていった。
やがて、小声で「異端者……邪教徒を滅する……」などと呟き始め、向かいのセリオンをじっと睨みはじめる。
セリオンは視線に気づき、ゆっくりとグラスを置いた。
「……な、なんですかね、この殺気……」
気まずそうに距離を取る彼を、クラリスはじわじわと追い詰めるように目で追っていた。
カイルはというと、さっきまで隣に座っていたはずが、気がつけば姿が見えない。
どうやら、いつものように街中の酒場へと飲みに出て行ったらしい。
一方のグラディオは、今日は疲れているのか自邸には戻らず、このまま泊まるつもりらしい。
珍しく饒舌にミニーと何やら語り合っている……と思いきや、いつの間にか腕相撲を始めていた。
しかも、ミニーが勝っている。
ライガが「俺も混ぜろ!」と参戦するが——やっぱりミニーが勝った。
「……ミニーってヒーラーだよね?」
ミアがそう呟くと、隣でセリオンが肩をすくめる。
「おい!次ヴォイドの番だぞ!」
ライガが大声で呼ぶ
「俺? 無理無理、腕が折れる……。セリオン、代われ」
「了解!いっちょやってやりますか!」
マジかよセリオン…
身体強化かけて、両手でやって負けてるし……
そんな喧しい連中を横目に、俺は隣の席にいる猫の姿のシュレイを撫でながら、静かに酒を口にしていた。
そこへエリシアがやってきて、俺の隣に腰を下ろそうとした——その瞬間。
「きゃっ!」
彼女はシュレイの上に座りそうになって、驚いて飛び退き──そのまま、俺の膝の上に着地した。
「や、やだ……精霊?
あら、シュレイったら……っ!」
真っ赤になったエリシアを見て、周囲が一斉にこちらを振り返る。
「おやおや~?」「おっとこれは!」「やるじゃねぇかヴォイド~!」
誰かが囃し立てるたび、エリシアの顔がますます赤くなる。
俺はといえば──意外と軽かったな。いや、それ以上に……柔らかかった、ような……
などとアホなことを考えながら、杯を傾ける。
こうして、戦いを前にした束の間の夜は、笑いと喧騒の中でゆっくりと更けていった。
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