観測ログ25:魔法と科学

 ヴォイドには、王都へ向かう前にどうしても会っておきたい人物がいた。

 それはギルドの魔術講習で講師を務めていた、エルフの魔術師──セリオンである。彼は自らを《観察者の弟子》と名乗っていた。


 この村で得た知識と仮説。それをぶつけ、確かめたいと思った相手は彼しかいなかった。

 ヴォイドはギルドを通じて面会を申し込み、指定された場所へと向かう。


 村外れの小さな丘。その上に、苔むした石造りの塔が建っていた。まるで古の魔術師の隠れ家のような風情を漂わせている。


 迷うことなく、ヴォイドは扉をノックした。


「セリオン先生。少し、教えていただきたいことがあって来ました」


「おお、君か。入りたまえ」


 静かに開いた扉の向こう。セリオンは書物の山に囲まれながら椅子に座っていた。


「私も君のその不思議なスキルに興味があったところだ。で、そのスキル──重力操作とは何だ? なぜ数値が変動する? 見えないユニークスキルの正体は?」


 矢継ぎ早に問いを投げかけながら、セリオンはヴォイドに対して《鑑定》を連続でかけてくる。


「ちょ、ちょっと待ってください。順番にお願いします。それと、ずっと鑑定かけられてるの鬱陶しいんで、やめてください」


「おっと、これは失礼。では、本題に入ろうか。君の聞きたいことは?」


「魔術と魔法の違いについて、です」


「ほう……いいだろう。まずは君の考えを聞こうか」


「魔術は、魔力を術式に組み込み、詠唱によって現象を引き起こす技術。

 対して魔法は、魔力を直接、現象へと変える。術式も詠唱も必要ない、“現象そのもの”を引き起こす力──そう、理解しています」


「うむ、その通りだ。では、それを踏まえて?」


「セリオン先生は、俺の重力操作を“魔法”だと言った。でも、俺は“魔術”だと思ってるんです。

 なぜなら、重力は、術式で説明できるから」


 そう言って、ヴォイドは右手を軽く掲げ、指先を鳴らした。


「──ちょっと、失礼」


 その瞬間、セリオンの身体が急に重く沈む。椅子が軋み、彼は思わずテーブルに手をついた。


「なっ……貴様、何をした……?」


「重力です。今、あなたに“重さ”を加えました。正確には、質量による引力のベクトルを、下向きに強めたんです。

 重力加速度を局所的に操作したというか……」


「……何を言っているのだ? 術式も詠唱もない。やはり、魔法ではないのか?」


「違います。これは“魔術”です。ちゃんと、式で説明できます」


 ヴォイドは鞄から一枚の紙を取り出し、さらさらと数式を書き始めた。



【ヴォイドの書いた式】

F = G・(m₁・m₂)/r²



「これは“万有引力の法則”。二つの物体の質量と、その間の距離から、どれだけの引力が働くかを示す数式です。

 あなたと地面──つまり、あなたとこの世界が互いに引き合う力。それが“重力”です」


 セリオンは式をのぞき込み、眉をひそめた。


「まるで古代の錬金術式のようだが……記号の意味が分からん」


「m₁とm₂は質量、rは距離、Gは引力定数。これは“世界の構造”そのものを表しています。

 この式が成立する限り、同じ条件では必ず同じ現象が起きる。

 俺は、この式を頭の中で“魔術式”として組み、魔力を流して発動したんです」


「つまり、貴様は“重さ”という概念を、魔力で再現した……? それも術式によって?」


「はい。詠唱ではなく、数式そのものが“術式”です」


 ヴォイドが再び指先を振ると、セリオンの身体を縛っていた重さがふっと消えた。


「──これが、理屈で再現できる“重力”です。

 現象を再現できるなら、それは“魔術”であるはずなんです」


「……信じがたい。だが……理に適っている……!」


 セリオンは目を輝かせ、拳を握りしめた。


「魔法とは、これまで“才能”や“イメージ”に依るものとされていた。だが、君はそれを“術式化”した。

 つまり、魔法と魔術の境界を、数式で繋げてしまったというのか……!」


「その可能性はあります」


「ならば聞こう。時間魔法はどうだ?」


「時間も、同じです」


 ヴォイドは紙の余白に、新たな式を書いた。



【時間の式】

t = d/v



「距離を速度で割れば、時間が出る。

 この世界における“時間”もまた、計算できる現象です。

 ただし、俺にはこの魔法を再現できない。適性がないのか、あるいは何かが足りないのか……」


「それは単に適性の問題だろう。魔術は術式が正しくとも、扱う者の適性がなければ発動しない。

 そして、時間魔法の使い手は未だかつて──彼女しかいない……」


 セリオンの目がどこか遠くを見ていた。


「それに、“重力”や“時間”のような力は、世界の理、あるいは根源の力だ。

 火や水とは訳が違う。それを扱うものこそ、“魔法”だと定義する学派もある。

 つまり、君の行っているのは──魔法と魔術のハイブリッドだ」


「……なるほど、それは面白い考え方です」


 ヴォイドはにこりと笑った。


「俺に魔法の定義を教えてくれたのは、エリアスというエルフです。そういえば、先生のことも知っていました」


「……エリアス? ああ、姉だ」


「姉!?」


「そんなに驚くこともあるまい。百年ほど年上だが、もう何百年も会っていない」


「……何百年って、あんたら何歳なんですか」


「エルフと言っても、我々は“ハイエルフ”だ。寿命はない。年齢など、いちいち把握していないよ」




◆◆◆

 



 ヴォイドは少し呆れながら、紙を取り出す。


「ところで、付与魔術について教えてください」


「付与魔術か。正確な詠唱句を物体に刻み、適切な魔力を流すことで効果を発動させる技術だ。

 魔力が多すぎても、少なすぎても失敗する。詠唱の一字一句、文法、書き順──どれか一つでも違えば破綻する、極めて繊細な分野だ」


「面倒くさそうな技術ですね。

 でも、“発動する式”であれば、詠唱じゃなくてもいけるんじゃないですか?」


「試したことはないが……理屈では可能だろう」


「だったら、大幅に簡略化できます」


 ヴォイドの脳裏に、化学式が浮かんでいた。


(術式=詠唱=化学式、だとすれば……)


「一番初歩の詠唱を教えてください」


「“火”か“灯火”だろうな。灯火(トーチ)は暗闇を照らす程度の光魔法だ」


「詠唱は?」


「《光よ、魔力を糧に、励起し、ここに灯れ》……これが最も簡単なやつだ。必要なMPは10前後だったはずだ」


「わかりました」


 ヴォイドは、簡潔な式を考える。



【定義】

魔素=M

魔力=MP

hν(光子)=光


【励起式】

M+MP → M*(励起状態)→ 光(hν)


ヴォイドが定義すると空間が"ゆらぎ"世界に確定される。



「これを式にすると──M×MP10=M*(10)……かな」


 ヴォイドは近くにあった羊皮紙に《M*(10)》と書き込む。

 そして、そこに魔力を流すと


──


 ふわりと、柔らかい光が生まれた。


「なんと……記号だけで“トーチ”が発動したのか……!」


「持続時間は1分ほど……“×t”を付ければ調整できます」


 ヴォイドが式に「×t」を加えた瞬間、空間が微かに“ゆらぎ”、再び確定される。


「……この“ゆらぎ”は? いや、それより、この記号だけで発動したのか?」


「はい。式が成立していれば、魔力を流すだけで反応が起きます。

 現代の詠唱や付与は、冗長すぎて不安定です」


「確かに……これは……革命的だ……」


 セリオンは席を立ち、感嘆の声を漏らす。


("光"だけでも発動しそうだけどまだ黙っていた方が良さそうだ)


「では、“ファイヤ”は?」


「熱量(J)と酸素(O₂)……MP10(J+O₂)でいけるはず」


またしても空間が"ゆらぐ"


 ヴォイドが式を走り書きし、魔力を流すと──羊皮紙に小さな火が灯り、ぱちりと音を立てた。


「これは……これは……!」


 セリオンが震えるような声で呟いた。


「私は“観察者”を師と仰いできた……だが、まさか……

 君こそ……我が師だったのか……!」


(なんかこの人、やばいことになってきた……さっさと帰ろう)


「……聞きたいことは、だいたい聞けました。色々試してみます。分かったらまた報告するので……たぶん、王都から、手紙でも書きます」


「ま、待て! 私はまだ聞きたいことが山ほど……このまま帰すのは……!」


「じゃあ次は、王都で。また会いましょう」


「……ぐぬぬ……!」


 ヴォイドは手を軽く振り、塔を後にした。

 その背中に、セリオンの熱い視線が突き刺さっていることを、彼はなんとなく感じていた。

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