観測ログ24:夜明けと未来

朝食後、食器を片付けていると、おかみさんに声をかけられた。


「ヴォイド、今朝は依頼は受けないんだろ? 少しお茶でも飲んでいかない?」


「はい。……あ、でも片付け、まだ――」


「いいのいいの。あとはルークにやらせるから。ほら、そこの椅子に座ってな」


 厨房の奥、小さな丸机には、香り立つハーブティーが二つ。

 ほんのり甘くて落ち着く湯気が漂っていた。


「……で、私たちのこと、ダリオに聞いたんだって?」


「……えぇ。送別会の時に、少しだけ」


「ふふ、あの子たちったら、ろくな事言わなかったでしょ」


 おかみさんは笑いながら、湯のみをすっと差し出してくる。


「別に隠してたわけじゃないのよ。ダリオはね、宿の裏に併設してる家に住んでるの。朝は早いし夜は遅いしで、裏口から出入りしてるもんだから」


「なるほど……だから気配を全然感じなかったんですね」


「最近はダンジョンの件もあって、ギルドに泊まる日も増えたみたい。まあ、あの人らしいって言えばそうなのよ」


「……ダンジョン。すみません、いろいろとご迷惑を」


「あっはっは! なーんであんたが謝るのよ!」


 おかみさんは豪快に笑って、湯のみを掲げる。


「ダリオの仕事は、そういうもんなんだから。

 あんたたち冒険者は、命張って野営で過ごすことだってあるでしょ? それに比べたら、ギルド泊まりなんて天国みたいなもんさ」


「……そうかもしれません」


 ヴォイドも思わず笑みをこぼし、湯のみを口に運ぶ。熱すぎず、どこか懐かしい香りが鼻に抜けた。


「……ルーク、立派ですね。すごく真面目で、筋もいい。稽古をつけてて、思わず本気になりかけました」


「うん、あの子ね……あたしとしては、できれば冒険者にはなってほしくないんだけど」


「やっぱり、危ないからですか?」


「それもある。でも、親心ってやつよ。

 無理やり止めるつもりはないの。あの子の人生だからね。後悔のない道を、自分で選んでほしいだけ」


「……それでも、心配にはなりますよね」


「するよ、そりゃ当然さ。でも、ありがたいことに、あんたが見てくれてるから安心してる」


「……いえ、そんな。むしろ、俺の方が……元Aランクの人の前で、えらそうに稽古なんてつけちゃって……あとから思い出して恥ずかしくなりました」


「ふふ、見てたよ。ちょっと固かったけど、ちゃんと教えてたじゃない」


「え……」


「ダリオも言ってたよ。『あの子、筋がいい』って」


「……本当ですか?」


「本当本当。……あたし、ヒーラーだったからさ。戦うのはさっぱりだけど、そういう人を見る目は、ちょっとだけあるつもり」


「……ヒーラーだったんですね」


「そう。たまたま回復魔術に適性があってね。珍しいってことで、王都の教会に呼ばれて修行してさ。ダンジョンも、何度も潜ったよ。

 まあ、もう昔の話だけどね」


 おかみさんの視線がふと、天井の木の梁へと泳ぐ。


「ドミニク……あ、今は“ミニー”って呼ばなきゃ怒るんだったね。あの子なんかも、昔はね……今みたいにデカくはなかったんだよ」


「え?」


「ほんとほんと。出会った頃なんて、ヒョロヒョロで可愛らしい男の子だった。よく修行がキツくて泣いてたっけ」


「……想像できません」


「でしょ? 人って、変わるもんさ。出会いや時間で、ね」


 おかみさんは、湯のみを口元に運びながら目を細めた。


「初めはね、この宿も“ベルツの夜明け”って名前にしようと思ってたの」


「……皆さんのパーティー名、でしたっけ」


「そう。でもね、私は使わないって決めたの。冒険者をやめた時点で。未練になるからさ」


「それで、“精霊の宿木亭”に?」


「うん。王都にあるんだよ。『精霊の宿木』って呼ばれる、でっかい樹が。

 世界樹の種が風に乗って飛んできて、根付いたって言われてる」


「……すごい話ですね。王都に行ったら、見に行ってみようかな」


「行きな。すごく綺麗だから」


 そう言って微笑んだおかみさんの横顔は、どこか照れくさそうで――でも、幸せそうだった。


「……あたしね、そこでプロポーズされたの」


「……」


 ヴォイドは、湯のみの中に映った自分の顔を見つめる。


 この人たちにも、確かに“冒険”と“日常”があったのだ。


「ダンジョンができて、ギルドができて……この村も、随分発展した。

 もうベルツには、夜明けが来たのさ。だから今度は――ここで、あんたたちの夜明けを待つ番だよ」


 その声には、温もりと、力があった。


 ヴォイドは、そっと目を伏せたまま、うなずいた。




◆◆◆




 王都へ向かう前に、やっておきたいことがあった。

 装備の見直しだ。


 何しろ、今回は大金が入った上に、ミスリルゴーレムやアイアンゴーレムといった高級素材がある。

 この先の旅路を考えれば、武具の強化は不可欠だったが──それだけじゃない。


「どうせなら、この村にお金を落としていきたいんだよな」


 俺の提案に、ライガとミアは快く頷いてくれた。


「いい考えだな。オレも、あの爺さんとこには世話になったしな」


「わたしも賛成! ミスリルとか、こんな素材ふつう手に入んないもん。燃えるー!」


 三人で宿の食堂のテーブルを囲み、手に入れた素材と、それぞれの装備の希望を整理していく


 武器に関しては、俺とライガは十分だ。


 ライガは、封印されているとはいえ充分強力な「獣剣」。

 俺には「落星棍」がある。


 となれば、今回の目玉は──ミアだ。


「やっぱ火力不足だよねー、わたし。アイアンゴーレム戦で思い知らされたよ……」


「だな。ナイフと弓の切り替えは器用だが、どうしても一撃の重さに欠ける」


「うん……それに弓と矢は荷物になる。だから、影に出入りしながらの双剣スタイルに変えてみようかなって。カイルの見てて、ちょっと憧れちゃった」


 まず最優先はミアの新装備である双剣。

 次に前衛のライガの防御を固めたい。

 俺は手甲が欲しい。星砕の衝撃に耐えられる、または《慣性偏向》を効率よく使うには導魔性が高く、かつまあまあ硬いミスリルが最適だろう。

 防具としては今の革装備にゴーレム素材で補強したい。

 あとは顔を隠すためのフード付きの外套が欲しい。


 欲しいものは決まった。あとは専門家と相談して決めることになり、まずは武器屋へ向かう。




◆◆◆




おお、ライガじゃねえか! また剣を折ったんじゃねぇだろうな!」


 腕を組んで笑うのは、村で唯一の武器鍛冶──ドワーフの爺さん。

 元は王都に店を構えていたが、ダリオがスカウトし、王都は弟子に任せてこの村へ。今は半ば隠居しながら、自分のペースで武器屋をやっている。

 無愛想だが職人気質で、腕は確かだ。


「それに……棍で魔術を使いたいって言ってた小僧じゃねえか。いい武器は見つかったか?」


「ええ、まぁ……。今回は、ミアに双剣を作って欲しくて」


「ミア? そこのうさぎの嬢ちゃんだな? 確かナイフと弓を使ってなかったか?」


「うん。影走覚えたから、ちょっとスタイルを変えてやってみようかなーって♪」


「影に双剣か……。なるほど、影狼スタイルってわけか」


「師匠のこと、知ってるの?」


「ああ。俺がまだ王都にいた頃にな。最近もこの村に来たついでにフラッと訪ねてきたが、まさか弟子を取ってたとはな」


「そうと決まれば──嬢ちゃん、ちょっとこの双剣を持って影に入ってみな?」


「え、こう?」


 ミアが、音もなく半身影に潜る。


「……なんか引っかかって入りにくいよ」


「だろ? 影走ってのは影に魔力を混ぜるだろ? その時に導魔性の低い物を持ってると、影との境目で抵抗が出るのさ。

 強引に出入りはできるが、反応が遅れるし効率が悪い」


「だから双剣を使うなら、少し値は張るが、導魔性の高い素材で作った方がいい」


「なるほど。やっぱり餅は餅屋だな」


「モチ? なんだそりゃ? ……で、どうする?」


「実は……」


 俺たちは、持っている素材と装備の構想を説明した。


「ふむ、それなら──防具屋も一緒に呼んで話した方が早いな。おい、隣行って呼んでこい!」


 近くで手伝っていた少年に声をかけ、隣の防具屋の主人を呼びに行かせる。

 やがて現れた防具職人も加わり、改めて装備についての相談が始まった。


「こいつは……ミスリルゴーレムじゃねえか! こっちはアイアンゴーレムか!? おいおい、ナイトメアスパイダーシルクまであるとはな……初めて見たぞ!」


 素材を並べた途端、職人二人の目が輝き、興奮気味に唸り声を上げる。


「えーと……もういいですか?」


「ああ、すまんすまん。──双剣は、武器として使うだけならアイアンゴーレムでも十分だが、影走との相性を考えるとミスリルゴーレム素材の方がいいだろう」


 というわけで、ミアの双剣はミスリルゴーレム素材を贅沢に使い、カイルのような湾曲した二本の剣に仕上げることになった。


「手甲の使い道がよく分からなかったから、もう一度教えてくれ」


「はい。俺は武器にこの棍を使ってるんですが、振ると衝撃で腕に負担がかかるんです。

 術式でその衝撃を外に逃してるんですが、それでも強く打つと腕を痛めてしまって……。

 そこで、手甲の衝撃を逃す部分にミスリルを使えば、効率よくエネルギーを分散できるんじゃないかと思いまして」


「……ふむ。まずその棍、見せてみろ」


 落星棍を渡す。


「重いですよ」


「……こりゃ重いな。こんな物で引っ叩いたら、そりゃ腕がイカれちまうわけだ」


 手甲は、全体を皮とアイアンゴーレム素材で作り、衝撃吸収を担う部分にミスリルゴーレム素材を使用することに決まった。


 そしてナイトメアスパイダーシルク。

 当初の予定ではミアの忍び装束に使うつもりだったが、仕立てると布地がわずかにキラキラと光を反射してしまう性質があり、隠密行動には不向きと判断された。


 そこで、俺のフード付き外套として仕立て直すことに。

 漆黒の外套──ローブのようなそれは、導魔性も高く、見た目も好みにぴったりだ。


 一方、ミアの忍び装束は、ミスリルゴーレム素材を糸状に加工し、布に織り込むことで、防御力と導魔性を兼ね備えた特殊布で仕立てることにした。


 ライガの防具については、動きを妨げない程度に軽量化しながらも、前衛らしく耐久性を重視。

 アイアンゴーレム素材を用いて、魔術を使わない彼にとっては最適な物となるらしい。

 むしろ魔力を通さない分、硬度は通常より高く仕上がるという。


そして余ったアイアンゴーレム素材で俺の革装備に補強してもらう事となり、あとの残りは代金から相殺してもらうことになった。



_____________________


ここまで読んでいただきありがとうございます。

あともう何話かで第一部が完結となります。

現在、引き続き第二部の構想を練っている所です。

もし、この物語が面白いと感じて下さった方はフォローや☆や♡で応援してくださると作者が喜びます。

引き続きヴォイド達の活躍をご期待下さい。

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