学園最強対決②
轟音の余韻が、ようやく静まりはじめた。
崩れたフィールド中央。
土煙と金光の残響のなか、二つの影がわずかに揺れていた。
誰もが息を飲む。
次に立つのは、どちらなのか――。
「……!」
先に動いたのは、久世 悠斗だった。
片膝をついていた彼が、歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がる。
足元は震え、肩は上下していた。
それでも、その目には――一切の迷いがなかった。
「……まだ、終わっちゃいない。」
彼の声が、かすれながらも強く響く。
その言葉に呼応するように、彼の足元から雷光が立ち上る。
ボロボロに裂けた制服の下、脚に宿る魔力が再び収束し始める。
力を失ったはずの身体を、意志の力で再び走らせようとするその姿は――
観客席の奥。
立ち上がったまま拳を握りしめている生徒がいた。
柏木 大牙。
拳に炎を宿さずとも、その目には火が宿っていた。
「……行け、悠斗さん。」
「あんたが勝つと信じてる……だから、絶対止まんなよ。」
声にこそ出さない。だが、全力の想いを視線に乗せて。
久世は、それに気づいているかのように、小さく笑った。
雷が再び脚にまとわりつき、空気がしびれる。
実況席の鳴神が、思わず声を上げた。
「ま、まだ立つのか!?久世悠斗……!!」
「あの爆発を受けて、なお立ち上がるッ!? こいつ……どこまであがくつもりだァッ!!」
観客がどよめき始める。
「あれ……立ってるの、久世……?」
「うそだろ……あんなの喰らって……」
ステージ中央、雷の揺らめきと共に、
久世がひとつ、深く息を吐いた。
「……行くぞ、獅堂。」
──その瞳の先に、“絶対王者”の姿が見えている
雷光が、爆ぜた。
久世 悠斗の両脚に宿る雷の奔流が、極限まで高まっていく。
足元の地面が、魔力圧に耐えきれず砕け散る。
スパークとともに白煙が上がり、足場が崩れた一瞬――
彼の姿が、視界から消えた。
「……行くぞ。」
静かに、だが確信に満ちた声。
「――俺のコード《韋駄天(いだてん)》は、最速最強だッ!!」
雷鳴が弾ける。
久世は、もはや“走っている”というより“瞬間移動”しているかのようだった。
──**《暴風の双襲(ぼうふうのそうしゅう)》ッ!!**
両脚を交互に叩き込み、左右から殴りかかるように突進する。
その一撃一撃が、空気に“雷の刻”を刻みつけていく。
風が唸り、殴撃の軌跡が残像となって視界に焼きつく。
バシィッ――!!
ドガァァッ!!
振るわれるたび、空間ごと歪むような打撃音。
まさに、“暴風のごとき連撃”。
観客が目を見張る。
「……なに、今の……見えない……!」
「あれが久世の本気かよ……」
「え、ちょっ、どこにいるのあいつ!?」
鳴神の声が震えた。
「き、消えたッ!? いや違うッ!!」
「見えねェだけだァァッ!!速すぎてッ!!」
「雷脚の本領発揮だァァァッ!!!」
「この男ッ!最後まで止まらねぇッ!!」
──久世は、止まっていない。
1発、2発、3発……連撃はすでに十を超え、獅堂を的確に叩いている。
――ズドォンッ!
雷と風が交錯し、拳と脚がぶつかる度、フィールドに亀裂が走る。
そして――
獅堂の腕が、わずかに揺れた。
その左袖が裂け、奥の皮膚に青黒い痣が浮かび上がる。
観客席が一瞬静まり返る。
「……効いてる……あれ、獅堂に……!」
「マジかよ……久世の蹴り、通ってる……!」
鳴神の声が、震えるように叫ぶ。
「喰らったッ!! 王者の防壁が、いま……破られたァァッ!!」
金の獅子――絶対王者、獅堂 獅音。
彼は、その傷を見下ろして、そして――笑った。
心底、愉しげに。
「……強くなったな、久世。」
拳を握り直す。目に宿るのは怒りではない。
それは、称賛と、闘志。
「1年の頃のお前じゃ……こんな傷、残せなかった。」
「だが今のお前は――確かに、“届きかけてる”。」
久世の動きが止まる。雷がまだ脚に揺れている。
だがその目が、静かに揺れた。
ずっと追いかけた背中から、初めて投げかけられた“言葉”。
獅堂は、拳を腰に引いた。
「……だからこそ、ここから容赦はしねぇ。」
「ここからは本気だ。」
「“強者”を叩き潰せるのが、――本物の“王”だッ!!」
金の獅子が、再び吼えた。
獅堂が、拳を構える。
全身を包む金色の魔力が、先ほどまでとは比べ物にならないほど濃く、鋭く収束していく。
「……見せてやるよ。」
「これが、最強たる俺の牙だ。」
久世が、最後の力を込めて跳びかかる。
雷脚が再び火を吹き、身体が矢のように疾駆する――
だが、その瞬間。
「王域轟壊(おういきごうかい)――ッ!!」
獅堂の拳が振り下ろされた。
轟音とともに、拳圧が地面ごと打ち抜く。
まるで獅子の咆哮が、フィールド全体に拡がったようだった。
金の衝撃波が放射状に広がり、地面が砕け、空気が圧縮される。
久世の胸元に、直撃。
「ぐっ……!!」
刹那、雷光がかき消された。
その身に宿したすべてのリビドーが、拳の衝撃に呑まれて弾け飛ぶ。
久世の必殺も、想いも、すべてを飲み込んで吹き飛ばした――
完全なる一撃。
観客全体が、言葉を失った。
「…………」
「…………ッ……」
あれほど騒がしかったアリーナに、音が、ない。
鳴神でさえ、実況を忘れて口を開いたまま動けなかった。
ステージの中央。
砕けたフィールドの中心で、膝から崩れ落ちる人影――久世 悠斗。
立ち上がろうともしない。いや、できない。
その身体は、限界を超えていた。
激突のあと、再びフィールドには土煙が舞っていた。
獅堂の拳が決まり、久世は地に伏したはずだった。
誰もがそう、思っていた。
「すげぇ……」
観客席の最前列。
結城 燐が、言葉をこぼす。
「……これが、獅堂の本気……」
拳ひとつで地を割り、雷をかき消す。
それは、“最強”という言葉の意味を改めて突きつける光景だった。
だが、その時――
「負けんなぁああッ!!」
柏木 大牙の声が響いた。
「悠斗さんッ!!あんたは……あんたはまだ負けてねぇッ!!」
その叫びが、アリーナ中に響き渡った瞬間。
ズ……ッ……
煙の奥から、影が揺れた。
それは、確かに崩れていたはずの身体。
傷だらけで、血と土にまみれ、それでも。
久世 悠斗が、立ち上がっていた。
右脚を引きずり、膝は震えている。
けれどその瞳は、未だ前だけを見据えていた。
獅堂が、わずかに目を見開く。
「……あの拳は、本気だったんだがな。」
拳を見下ろし、吐息とともに呟く。
「まさか……まだ立つとはな。とんでもねぇ野郎だ。」
久世は、獅堂を真っすぐに睨み返す。
「……やっぱ、この壁は……でけぇわ。」
片腕を下げ、脚にリビドーを集めながら言う。
「けどな――」
雷が再び足元に宿り、今度は逆巻く嵐のように螺旋を描く。
「出し惜しみはしねぇ……!」
「これが俺の奥義ッ!!」
「この一年……てめぇに勝つためだけに作り上げた技だッ!!」
フィールドが揺れる。雷が空を裂くように収束する。
「テンペスト・ブレイカー――ッ!!」
叫びとともに、蹴撃が天を衝く。
「……敗北して、0になった俺が――」
「すべてを打ち砕くために作り上げた技だッ!!」
「行くぞッ!!」
久世の身体から、雷が爆ぜた。
《テンペスト・ブレイカー》――!
極限まで収束した雷の脚が、空気を砕きながら獅堂へ向かって突き進む。
大気が震え、地がえぐれ、空間そのものが軋む。
一方――
「迎え撃つのみッ!!」
獅堂の背後に金獅子の幻影が咆哮する。
「――《金獅衝牙(きんじししょうが)》ッ!!」
拳を構え、全身に宿した王印の魔力を推進力に変え、獅堂も突進する。
その姿はまるで、獅子の咆哮が実体化したかのよう。
雷光と金光――猛獣たちの牙が、真正面から衝突する。
轟音。衝撃。衝突。
だが、久世の声は、その爆発の中にあった。
「うおおおおおおおッッ!!!」
「この人を超えるために……!!」
「俺は!!この1年、何度も何度もあんたの背中を見て!!」
「悔しくて、歯ぁ食いしばって……それでも立ち続けて!!」
「ここまで来たんだァァァァァッ!!!!!」
拳と脚が、金と雷が、魂と魂がぶつかり合う。
獅堂の眉がわずかに動いた。
「……どれだけの想いを込めてきたか、痛いほど伝わる。」
雷脚が押し込んでくる。
地面が軋み、拳が揺れる。
一瞬――獅堂の身体が、わずかに押される。
ビキィッ……!!
雷脚が、獅堂の腕をかすめた。
爆風とともに服が裂け、腕に赤い閃きが走る。
「……っ!」
傷――浅くはあるが、確かに獅堂の肉体に刻まれた“爪痕”。
観客がどよめく。
「当たった……!?」
「獅堂の腕が……切れた……!」
鳴神が叫ぶ。
「久世の一撃ッ!!あの“王”に――傷を刻んだァァッ!!」
だが、獅堂は止まらない。
傷口を見もせず、まっすぐ前だけを見る。
そして、笑った。
「……届いたな。」
「この一年で、ここまで来たか……」
「……やるな、久世。」
「……だが――」
「俺もこの1年、強くなるために注いだ!!」
拳に込める力を、さらに増す。
「“王者”ってのは……挑まれるたびに、強くなるんだよ!!!」
瞬間。
拳が雷を裂き、衝撃が久世を呑み込む。
叫びが、弾けた。
ドォンッッ!!!
久世の身体が宙を舞い、雷が四散する。
フィールドが深くえぐれ限界まで軋む。
そして――
静寂。
立っていたのは、獅堂 獅音。
膝に手をつきながらも、確かに、倒れていなかった。
対して久世は、地に倒れたまま、もう動けなかった。
主審の声が響く。
「……勝者――獅堂 獅音!!」
観客席が割れるような歓声を上げた。
⸻
久世は、目を閉じながら微かに笑っていた。
(……届かなかった、か)
(でも……)
(あと少しで、確かに――)
拳と拳。牙と牙。
想いと想いが、本当にぶつかった一戦だった。
主審の声が、フィールドに静かに響いた。
「――勝者、獅堂 獅音(しどう・しおん)!!」
そして次の瞬間――
「ッしゃああああああぁあああッ!!!!!」
実況席から、鳴神 雄吾の絶叫が炸裂する!
「決まったァァッ!!ついに決まったァァァァッ!!」
「勝ったのは――“最強の王”ッ!!」
「獅堂 獅音ッ!!王者、ここに在りッ!!!!!」
「だが忘れるなッ!!この激闘を、久世 悠斗の名をッ!!」
「届かなかったかもしれねぇ……けど、確かに届きかけたッ!!」
「この一撃、この闘志――絶対にッ!忘れられるわけがねぇッ!!」
鳴神の声が、フィールドの熱とともに、空へと突き抜けていった。
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