チーム演習バトル ②

「――これで私たちの勝ちですわ」


氷室紅が静かに微笑む。冷たく、それでいて確信に満ちた声色だった。


だが、その宣言に、結城燐は眉一つ動かさずに返す。


「……少し、早いんじゃないかな」


そのまなざしには、敗北を受け入れる気配はない。真っ直ぐに、確かな闘志が宿っていた。


氷室は涼やかな表情のまま首を傾げる。


「リンさんは近接、ましろさんはサポート系。それに、天音さんは以前“能力をまともに扱えず普通科に落ちた”と聞いていますわ。近接主体の戦法は、私の得意と致すところ」


すっと右手を上げ、結晶のような冷気が指先に集まる。


「申し訳ないですが――一方的に、倒させて頂きますわ」


「……たしかにな。理屈では、こっちが不利に見えるかもしれない。でも――」


燐は静かに、足を踏み出す。


「“強くなる”って決めたんだ。ここで簡単に負けるわけにはいかない」


ぶんっ――光が生まれる音と共に、彼の両手に青白い剣が出現する。左手にも、右手にも。二振りの《光剣》が粒子をまとって輝いた。


「行くよ」


次の瞬間、燐は地面を蹴った。


疾風のごとく一直線に氷室へと突進する。


「……!」


氷室が身構える前に、土岐が動いた。


「はいはい、まずは一発止めとくか」


右手を地に突き出す。


「造壁掌〈ウォール・フォージ〉」


燐の眼前に、地面から鋭くそそり立つ岩の壁が出現した。衝突まで一瞬の距離。燐は即座に進路を逸らすも、体勢が崩れる。


そこに、氷室の声が重なる。


「氷結演算〈フロスト・モデル〉」


気温が急激に低下し、燐の足元に冷気が走る。


一面の氷。足がすべり、わずかに重心が崩れたその先――


「っ……!」


目の前にあったのは、土岐が次の瞬間に作り上げた鋭利なトゲ付きの壁だった。


ドンッ!


衝突音が鳴る。燐の身体が壁にぶつかり、鋭い衝撃が彼の脇腹をかすめた。


「っぐ……!」


粒子が一部散り、剣が一時的に不安定になる。


真白がすぐに手を伸ばしかけるも、燐はそれを制した。


「まだ――行ける」


彼の瞳は、まだ戦意を失っていなかった。


一方その頃――


瓦礫が点在する市街地ステージの一角、柏木と雷堂が向かい合っていた。


風が吹き抜ける中、雷堂虎は口の端を吊り上げて言う。


「ほんとはよ――あの噂の“編入生”と拳を交えたかったんだけどなぁ」


肩を回しながら、軽く首を鳴らす。


「ま、今日の相手はお前ってわけか。せめて楽しませてくれよ、筋肉くん」


挑発的な視線を向ける雷堂。その瞳には明らかに“戦いを楽しむ者”の光が宿っていた。


だが、柏木は一切ひるまず、むしろ怒気すら帯びた眼光でにらみ返す。


「……黙りやがれ」


低く唸るような声。


「今日、俺は――恩義のために戦ってんだよ。あの時、真白が俺を救ってくれた。燐の強さが俺を正してくれた。その借りを返すって決めたんだ」


その拳を握るたび、熱が立ち昇るような感覚が周囲に満ちる。


「お前みたいな“楽しんでるだけ”の奴に、負ける気はねぇ」


「ふっ……上等」


雷堂も拳を握りしめる。その腕から、ビリビリと電気が弾け、空気が震える。


「だったら――本気で来いよ。“電撃と炎”、どっちが熱いか試してやる」


そして、瞬間。


「うおおおっ!!」


「らあああっ!!」


燃える拳と、雷を纏った拳――


二つの力が、真っ向から激突した。


ゴッッ!!


爆音と衝撃波が周囲に広がり、瓦礫が跳ね上がる。拳と拳がぶつかった一点から、閃光と炎が拮抗し合い、二人の巨体が拮抗したまま火花を散らす。


「なかなかやるな……!」


「そっちこそ、思ったより硬ぇじゃねぇか……!」


力と力――想いと誇りが、真正面からぶつかり合う熱き戦いが、今始まった。


-------


凍てつく床に片膝をついていた燐が、ゆっくりと立ち上がった。


顔を上げる。その視線が、背後に控えていた真白と交わる。


言葉はいらない。ただ、まっすぐに――互いを信じるように、頷き合う。


(……負けられない)


燐は走り出した。再び、前へ。


その足は、たしかに軽かった。だが、それ以上に――強かった。


(……あの時、俺は――)


脳裏に、ひとりの名がよぎった。

霧原影渡。あの迷彩の悪夢。


目の前に立っていた“強さ”に、剣は通じず、盾は砕け、身体は宙を舞った。


(……あの瞬間、はっきり感じた)


(“死ぬ”って……本気で、そう思ったんだ)


あの場に藤宮がいなかったら――

ユウトが遅れていたら――


自分は、殺されていた。


そしてそれだけじゃない。


(俺だけじゃなかった……真白も、だ)


あの夜、彼女は傷つき、倒れていた。


(俺があの場にいたせいで、巻き込んでしまった)


(力がなければ、守れないんだ)


胸の奥が軋む。だが、それは決して負の感情ではない。


(この力が、人の役に立つのなら惜しくはない)


(でも――)


(大切な人が傷つくのだけは……もう、嫌なんだ)


思いのすべてを、叫びに変える。


「……だから、俺は強くなる!」


「過去に後悔しないために。誰かが泣く未来を防ぐために――!」


静かな怒りと、確かな決意が、燐のリビドーを震わせた。


その瞬間だった。


リビドーが上がる

粒子のような気流が、彼の体に沿って走る。


燐の“意志”が、“集中”が、自然と身体能力を押し上げた結果だった。


(速い……!?)


土岐の張った壁を、足運びだけで読んでかわす。


氷室の仕掛けた氷の床。わずかに濡れた箇所、反射のズレ――

細かな兆候から滑りの罠を読み取り、接地角度を変えて踏み抜く。


「……なんて動き……!」


氷室の表情が動揺に揺れる。


(行ける――このまま一気に……!)


燐が氷室との間合いを詰めかけた、その時。


「ならば……!」


氷室が凛とした声でコードを発動する。


「《氷弾結射(ひょうだん・けっしゃ)》――凍てつきなさい!」


四方から放たれる鋭利な氷の弾丸。

まるで結界のように、燐の逃げ道を封じる正確な射線。


氷室の演算が導いた、完全なる迎撃だった。


(――くるっ!)


燐の身体が瞬時に反応する。

しかも防御しなかったり


「《響盾律壁(きょうじゅん・りつへき)|レゾナンスフォース》!」


真白の手元から放たれた光が、柔らかな波紋のように広がる。

その光は燐を包むように前方に展開し、まるで繭のように半透明の盾を形作った。


次の瞬間、氷室の《氷弾結射(ひょうだん・けっしゃ)》が襲いかかる。

鋭く尖った氷の弾が何発も突き刺さるように迫る――が、すべて真白の盾に吸収されるように弾かれた。


「な……っ!?」


氷室の目が見開かれる。


だが、それ以上に静かな決意を滲ませていたのは――真白だった。


「私は……もう足でまといにならない」


震えはなかった。迷いもなかった。

目の前の仲間の背を、真白はまっすぐに見つめる。


「誰かのために戦える。私の力は……守るためにあるんだ」


かつて“普通科”にいた少女が、今、自らの“意思”でコードを掲げる。

カゲト戦後、神代との特訓で得た技であった。


氷室の動揺は、そこにあった。

そして、次の瞬間――


「っ……来るっ!」


視界の先、燐の気配が爆発的に迫っていた。


(まずい……っ)


氷室は急いで氷の盾を展開する。


「《氷盾結界(フロスト・シェル》――!」


しかし展開が間に合わない。生成された壁は、焦りが滲んだように薄く、未完成だった。


(このままでは防ぎきれない……!)


その時。


「っらあああっ!」


土岐が吠えながら手をかざす。


「《防壁展開(フォートレス・リンク)》!」


大地がうねり、氷室の前にもう一枚、分厚い土の盾が出現する。


そして――


燐の両手に宿る、光の剣が激突した。


――衝撃。


重なった氷と土の盾が一瞬にして砕け、土煙が舞う。


「くっ……!」


氷室は直撃は免れたものの、爆風に吹き飛ばされ、数メートル後方へ転がった。


「氷室!」


土岐が呼びかけるが、彼女はすぐに体勢を立て直し、表情を引き締める。


頬にはうっすらと傷が残り、髪の一房がちぎれていた。


――だが、その目の奥に宿るものは、僅かに変化していた。


燐の力。

真白の盾。

そして、目を逸らさなかった“強い意志”。


氷室は初めて、ほんの少しだけ“認める”目をした。


----


コードは心の在り方によって決まると言われているが、本来DNAや血のつながりで似ることはないとされている。


氷室の家は名家で、兄と姉が1人ずつ、その末っ子。

だが――この家系は代々、氷雪系のコードを持つ者が多かった。


「私は名家に生まれ、厳しい訓練にも耐えてきましたの」

氷室はまっすぐに、燐と真白を見据えて言った。


「ここ最近、能力に目覚めたあなた達に――負ける訳にはいかないのよ」


その言葉と同時に、彼女のリビドーが高まっていく。

空気が震え、吐息すら白く染まり始める。

その場に立つだけで、皮膚が刺すような冷たさを感じさせる“異質”な気配。



氷室は静かに右手を掲げ、言葉を紡ぐ。


「──《零式結界(グレイシャル・ドメイン)》」


足元から広がる冷気。

瞬く間に地面を覆い、空気を変え、世界を凍てつかせていく。


「ここからは――私の世界ですわ」


静かに、そして絶対の自信をにじませたその声と共に、空間そのものが変貌を始めた。


24話-終

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