チーム演習バトル


「よし、次は──チームE対チームFだ」


真田の低く、張りのある声が訓練所Σの空気を切り裂いた。


「よっしゃああ!来たぜぇええ!」


雷堂 虎が両腕をぶんと振り回し、全身から高圧電流のような気迫を放つ。短く刈られた髪がピクリと逆立ち、戦いに飢えた獣のような目がギラついていた。


「相手が噂の転入生だろうが関係ねぇ。全員ブッ飛ばしてやる!」


「騒がしいわよ、雷堂」


その隣で、氷室 紅は冷静に髪を整え、凍てつく視線を燐たちに向けた。手には無色透明の水入りボトルを携えている。彼女の表情は変わらない。だが、その瞳の奥には鋭い分析と読みが光っていた。


「噂の編入生──その実力見せてもらおうかしら」


「はは……なんか燃えてんな、みんな」


土岐 隼人はというと、のんびりとあくびを噛み殺しながらストレッチをしている。両腕を回すたび、地面にわずかな震動が走るのは気のせいではないだろう。



その様子を対岸から見つめていた結城燐は、隣の真白に目を向けた。


「……え、真白。それって……」


「ふふ、内緒」


真白は柔らかく微笑んでいる。だがその両手には、かすかに共鳴する光の粒子が集まっていた。彼女が何かを隠しているのは明白だった。


「よし──この作戦でいこう」


燐は目を細め、チームFの中心で静かに呼吸を整える。その背に、光の剣の残響が淡くきらめいた。



チームEとFがそれぞれステージ中央へと歩み出る。


訓練所Σ──都市の一角を模したこのフィールドは、複雑に入り組んだビルと構造物が点在している。遮蔽物、階段、屋上、地下通路まで再現されている実践型フィールドだ。


燐は一歩前に出ながら呟く。


「ここがΣか……藤宮先輩と使ってたのはαだったから、他は初めてだ」


その目に映るビル群は無機質で、だが戦いを予感させる静けさを宿していた。



高台のモニターエリアには、演習に参加していない多くの生徒たちが集まっていた。


「結城燐……あの四天王と渡り合ったってやつだよな」

「ほんとかよ、ただの転入生じゃねぇのか?」

「真白って子もコードクラス入りしたらしいぜ。しかも癒し系のコード持ちとか」


ざわめきは次第に熱を帯びていく。注目の的は、燐と真白──そしてその演習だ。



真田が手を上げて静かに言う。


「ルールを確認する」


その瞬間、場の空気が張り詰める。


「両チームは視認できる位置からスタート。開始後はステージ内どこに移動しても構わない。

即死性のある攻撃は禁止。勝敗は以下の条件を満たした時点で決定とする」


彼の視線が各チームの面々を貫いた。


「一、三名全員が意識不明

二、行動不能

三、ギブアップ宣言」


一瞬の静寂。


「互いに全力を尽くせ。これは演習であり、評価対象でもある」


そして──


「それでは、演習を開始する」


声と同時に、戦いの幕が静かに上がった。


演習開始の合図と同時に、燐たちFチームの姿が視界から掻き消えた。


「……消えた?」


土埃の舞うステージで、雷堂虎が周囲を見回す。額にはうっすらと汗。だが口元には不敵な笑み。


「面白ぇじゃねぇか……かくれんぼって気分でもねぇだろうな?」


氷室紅が小さく息を吸った。


「なにか意図がある……普通ならまず視認を取るのが先。つまり――彼らは最初から“どこで誰と戦うか”を決めていた」


その言葉を証明するように、突如、雷堂の正面――死角となるビルの陰から燐が飛び出す。


「来たか、編入生っ!!」


雷堂が吠える。燐は左手に半透明の光盾を、右手には1本の光剣を握っていた。軽量で素早く動ける片手剣スタイル。


「っらああああッ!!」


雷堂の拳と燐の剣が、音を立てて激突した。光と火花が飛び散る。が、その一瞬で勝負は決しない。互いに力を感じ取り、すぐに間合いを取った。


「……意外とやるな、編入生」


「そっちこそ」


余計な言葉は交わさない。だが燐は気づく。雷堂の拳、重さだけでなく“流れる力”がある。筋肉ではなく、雷のように瞬発的な“爆発力”。


それは次の瞬間、実感として襲いかかる。


「――こっちはどうかな?」


氷室の背後から、柏木が炎の拳で奇襲を仕掛けていた。


「やはり……そう来ましたか」


冷静に振り返った氷室は、その拳を氷の結晶で受け止めるが――衝突と同時にヒビが走った。読み通りだ。


《演習開始前:Fチームの作戦会議》


「この演習で、明らかに俺たちが有利な点がある」

柏木が腕を組み、にやりと笑った。


「俺と氷室の相性だ。あいつ、いつも俺との模擬戦だけ避けてきやがった。……つまり、俺の“火”があの“氷”に相性抜群ってことだ」


燐は頷く。「なるほど、ならば団体戦を崩し、1対1の構図を作ればこちらに有利が傾く。真白はサポートに回って、地形や状況で援護してくれ」


真白は笑顔で応える。「うん、わたしに任せて」


《戦闘再開》


雷堂は燐と数合を交えた後、後方へ跳ぶように距離を取る。その動きは――異様なほどに速かった。


「な……!」


燐が追いかけようとした刹那、雷堂の全身に“放電”のような光が走る。


「《雷迅強化(らいじん・きょうか)|サンダーフォース・ギア》」


「身体の内から……雷を巡らせてる!?」


「へっ、てめぇらの作戦は見え見えってわけだな」


ニヤリと笑った雷堂は、燐に拳を向けた――かに見えたが、その直後、視線を逸らし背を向ける。


「俺としては、てめぇとサシでやりたかったんだが……まぁ、今は“勝ち”が優先だ!」


強化された脚力で地を蹴る。雷鳴のような轟音と共に雷堂は疾走し――狙いを氷室と柏木の戦場に向けた。


燐が叫ぶ。「待てっ……!」


が、すでに遅い。電光石火の如きスピードで、雷堂は新たな戦局を切り開こうとしていた。


その背を追いかけながら、燐は歯を噛みしめた。


(こいつ……スピードだけじゃない、状況判断も的確だ)


緊張の糸が、さらに張り詰める。演習はまだ、始まったばかりだ。


---


市街地型ステージを模した訓練所Σの瓦礫とビル群の間を、烈風のように駆ける二人の影。


追いかける燐。逃げる雷堂。


「速い……!」


燐は雷堂の肉体強化による移動速度に、思わず目を見張った。電気が全身を駆け巡り、脚力は爆発的に跳ね上がっている。まるで地を滑る雷光のようだ。


だが、燐の黒い瞳に迷いはなかった。


「……なら、俺も……!」


一瞬、身体を光粒子が包む。燐のコード――《叛逆・光纏装(こうてんそう)》が発動され、その輝きは彼の両脚に集中する。


「足に……集中させる!」


燐の靴裏から散る光が路面を撫でた。重力を逸らすような加速。視界が歪むほどのスピードで雷堂を追い詰めていく。


「――ッ、追いついた……!」


その剣が、雷堂の背に届く。ほんの数センチ。だが、その瞬間。


「ヘッ……やっぱ速ぇな、編入生!」


雷堂がニヤリと笑い、急旋回。


そして――氷室と瞬時に入れ替わる。


燐の目の前に現れたのは、涼しげな瞳の天才少女・氷室 紅だった。


「……入れ替わった!?」


入れ替えのトリガーがどう仕掛けられたのかも分からぬうちに、地面が脈動する。


「来ます――!」


真白の声と同時に、大地が轟いた。


「《地走轟(グランド・ストライド)》!」


土岐 隼人のコードが発動される。足元の地面が隆起し、氷室と雷堂の間に分厚い岩壁が出現した。柏木と雷堂を隔て、視線も射線も断ち切る形で。


「おい氷室ァ!!てめぇ逃げんじゃねぇぞコラァ!!」

柏木が怒鳴り声をあげるが――


氷室は冷静な口調で、振り返ることなく言い放った。


「誤解ですわ、柏木くん。逃げたわけではありませんの」

「私はあなたにも勝てるつもりです。でも……より確実な勝ち筋を、選んだだけです」


彼女のスモーキーグレーの髪が揺れ、氷のように冷たい微笑を浮かべた。


そして、配置は完全に整う。


 ◆


 【チーム分割構図】


 ・燐 & 真白 vs 氷室 & 土岐

 ・柏木     vs 雷堂


戦局は二手に分かれた。


そして氷室は、静かに、しかし確信に満ちた笑みを浮かべながら言い放つ。


「これで――私たちの勝ちですわ。」



戦いの舞台は、より複雑に――より戦術的に姿を変え始めていた。

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