第2話 在異郷醒 ~異郷にて目覚める~

「おや、お目覚めかな?」

「水……」


 寝ころんだまま呟く。声は自分でもびっくりするぐらいガラガラだった。

 頭も喉も痛い。二日酔いにはまず水分だ。


「どうぞ」

「ありがと、誠一せいいち


 体を起こし、渡されたコップの水を飲んで、気づく。

 水が違う。薄くだけど柑橘系の香りがついている。そんなオシャレなの、常飲してない。

 コップが違う。うちのコップは、どこで買ったのかも覚えていない、飾り気のないガラスのやつだ。こんな口当たりのいい磁器は持ってない。

 人が違う。誠一はもっとゴツくて濃い目の顔……というか、もうあれ私の彼氏じゃないし。今目の前にいるのは、紫色の着物を着た細面のイケメン。昨晩梅を投げつけてしまった相手だ。


「す、すみません! 昨日はすみませんでした」


 慌てて跳ね起き、布団の上で正座して頭を下げる。

 状況からして、この角つきのイケメンが昨晩私をここまで連れてきて寝かせてくれたのだろう。しかも身体の感覚からして、何かされたという感じはない。

 つまり、単純に一晩お世話になってしまったわけだ。梅をうっかりぶつけてしまったのに。


「いや、気にされることは無い。それよりその……」


 イケメンはなぜか私と目を合わさない。それどころか、全力でそっぽを向いている。白い頬に、ほんのり赤みがさしている気がした。


「寝巻を整えられた方が良い」


 言われてみると、私の格好は昨日のパンツスーツでは無かった。白い浴衣みたいなのを着せられてる。さっき慌てて動いたせいで、前の合わせが乱れてしまっている。自慢できるサイズではないささやかな物だけど、初対面の男性に見せるもんじゃないよね、うん。


 私が寝巻を整えてる間、イケメンはそっぽを向いたまま話し出す。


「俺の名は伯明はくめいという。ここは従姉の酒楼しゅろう……ええと、そちらで言うか。貴女を寝巻に着替えさせるのは従姉にやってもらった。俺自身はここに運び込んで以降は指一本触れていないので安心してほしい」


 多分、言う通りだろう。見るからに女性慣れしてないもんね。寝てる私にこっそり悪戯を、なんて出来そうなタイプじゃない。


「あ、もうこっち向いても大丈夫ですよ」


 帯を締め終えて、伯明さんに声をかける。


「で、ここはどこなんですか? さっきの『そちらで言う』って言い方からすると……」


 伯明さんは、少し微笑んで私の質問を手で遮った。


「ここは水敖郷すいごうきょうという。貴女のような人界の民からすると、隠れ里というと分かりやすいか」

「えーと、いわゆる異世界転生系?」


 しかも、人界とか言われたよ。つまり、伯明さんは人間では無いってこと? そう言えば、服は変えているのに頭の鹿のような角がそのままだ。昨日はコスプレだと思っていたけど……


「死んではいないので転生ではないが、異世界ではあるな」

「なんで私が……?」


 金曜の夜に普通にやけ酒していただけなのに、どうして異世界に来ちゃうんだか。今は土曜の朝で良いんだよね? 会社どうしよう? 土日は休みだけど、月曜日までに異世界から帰れるのかな?

 疑問が次から次へと浮かぶが、どれから聞いたものか。

 私が迷っていると、部屋の外から声がかかった。


「あれ、起きたー?」


 若い女性の声だ。そう言えば従姉の家だって言ってたっけ?


「その、頼みがある」


 何故か慌てた様子の伯明さんが私の手を握り、目を覗き込む。彼の瞳孔は縦に長い。人間のものとは違う、猫のような……蛇のような……違う、竜だ。蛇には角はないもの。

 想像上の生物の存在を、なぜか確信してしまう。

 見とれる私に、伯明さんが言う。


「話を合わせてほしい」

「え? それはどういう……」


 聞き返す前に、部屋の扉が開いた。

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