第二章――廻天剣闘編

第32話 新天地

 荒野がどこまでも広がる地平線を見渡し、ここがペースウッドではないと容易に気がつけた。空を見上げてみれば曇天の空模様ではなく、快晴だ。見たことの無い惑星が空に映っていた。


 ジンが知る限り、ここがペースウッドだと断定できるものはない。

 もしここがペースウッドでないとして、どこなのか。

 

「……」


 ジンが振り返って宇宙船の残骸を見る。

 ここまでジンを連れて来た犯人は恐らくこの宇宙船なのだろう。

 

「……ったく」


 何が何だか分からないが、取り合えず現状の把握だ。

 ここがペースウッドでないとしたらジンの目的は達成されたことになる。少しばかり想定とは違った形になったがペースウッドから逃れるという目標は達成された。

 次に今いる場所。

 いった銀河のどの辺りなのか。

 そして何という惑星なのか。


「はぁ……」


 答えの出ない難問を前に、これまで戦い続けてきた疲れと合わさって宇宙船の残骸に座り込んだ。

 見上げてみると晴天の空。

 ペースウッドでいつも見ていた曇天の空とは違っていた。画像で、映像で、絵画で、色々な媒体で青色の空を眺めて羨んだ。こうして実際にみて見ると湧きあがるものもあるが、どこか虚しさも感じる。


 そのまましばらくの間、答えの出ない問いを頭の中でぐるぐると考えながら時間を流した。

 これから先のこと。

 陥るであろう食料の問題だとか、水の問題だとか。

 目的地として設定したメトロポーズだとか。

 そういった悩みや問題はすべて先送りにして、今は答えの出ない問いに浸ってゆるく空を眺めた。


 スラムでは空を見上げることはしなかった。

 曇天の空模様なんて眺めても面白くはないし、その奥に広がる宇宙に夢想するのも、どこか手の届かない願いに縋っているように思えて、自己嫌悪してしまうのだ。だからスラムでは下ばかりを向いていた。

 濁り切った水たまりを踏みつけて、冷たくなった死体を踏み越えて、全部飛び越えて、何も無かった。

 しがらみとか、後悔とか、ジンにはペースウッドに残して来たものはないのだろう。

 しかし今こうして、まったく知らない惑星に来て空を眺めていると、まだ自分がペースウッドの方に尾ひれを引いているのが嫌でも分かった。

 ずっと殺し続けていたし、それ以外を知らない。

 得たものなんて一つもない最低な場所だった。

 

 作戦を行動に移した時から成功すればこうなることぐらい分かり切っていた。

 まさか、突然、こんな形で、とは思わなかったが。


「……よし」


 逃避行はここで終わり。

 

 ジンが立ち上がって荒野の先を見た。

 風の音だけが響く静かな荒野で、ジンの耳は確かにそのエンジン音を聞いていた。だからこそ、音が近づいてきた今、宇宙船の瓦礫の上から立ち上がった。超人的な視覚は確かに、地平線の先で砂塵をあげながら走る一台のトラックのようなものを捕えている。


 トラックとの距離を測ってから、ジンが宇宙船の方を見て窓から中に入る。

 

「これだけか……」


 宇宙船の中からナイフを見つけて拾う。

 他に武器があればよかったが、どう思い返してみてもナイフ以外に武器が落ちていない。ナイフがあっただけマシ、と前向きに捉える方が精神衛生的に良いかもしれない。

 ジンはナイフを懐に仕舞うと船内から出て宇宙船の後ろに隠れて、トラックの様子を伺う。 

 トラックは確かにジンのいる方向へと向かってきているようだ。


(気づかれてるか)


 トラックが近づいて来ると運転席に座っている一人の男が拡声器を持って、ジンに話しかけてきた。

 相手が宇宙船の位置を捕捉したのは何らかの探知センサーによるものだろうが、近づいて確認する前に遠目から双眼鏡などを使って探知センサーが捕捉した物体を確認することぐらい、当然の危機管理である。

 となると、ジンの姿が確認されていてもおかしくはない。

 

 だが、声に従ってノコノコと姿を出すような馬鹿ではない。

 拡声器の声を聞きながら、ジンはいつでも戦える準備を整えて待機していた。


『大丈夫だ! 俺は敵じゃない! 何があった!』


 トラックはさらに速度を上げてジンに近づく。


『それは宇宙船か?! 何があった?!』


 トラックが宇宙船の傍まで来ると止まった。

 運転席から男が降りる。


(何族だ)


 運転席から降りて来た男は全身が鱗のようなもので覆われていた。タンクトップとズボンで見えない部分もあるが、恐らく全身が鱗のようなもので包まれている。そして足の間から揺らめいて見えるのは尻尾か。

 こちらも鱗に覆われていた。

 この惑星独自の種族だろうか。


 そして男が降りて来るのと同時にトラックの後部が開き、中から様々な種族の者たちが出て来る。

 皆が首に鎖がかけられ、その様はまるで奴隷のようだった。


「出て来てくれ、ほら」


 男は先頭に立って手をあげ、武装していないことをジンに伝える。

 男のその行為を信用したわけではない。しかしここでジンが呼びかけに答えずずっと宇宙船の後ろに隠れたままでは何も進展しない。

 最大の警戒を払いながら、ジンが宇宙船の裏から姿を現す。


「やはり少年か。すまない。怖がらせてしまったようだ」

 

 男は謝礼を述べながらも、まるで品定めでもするようにジンを見る。


「出会ったばかりですまないのだが、幾つか質問してもいいかね? この宇宙船は君のかい?」

「ああ」


 男の様子と後ろに控える奴隷のような者達を見ながらぶっきらぼうに言い放つ。


「ありがとう。それで、君はどこに住んでいる者だ? ここは荒野の真ん中。宇宙船といい、どうしてここにいるんだ?」

「それより、あんたの後ろにいる奴らはなんだ」


 ジンが質問に答えず、自分の質問を優先したからか、それとも何かを逡巡したのか、男は僅かに言葉を詰まらせて返答が遅れた。


「プライドだよ。この星では広く知られていると思うけど、お前は知らないのか?」


 ジンは言葉選びを間違えたと、顔には出さないが内心で舌打ちをした。

 この星では広く知られている、ということは男の後ろにいる奴隷のような者達は一般常識ということ。この星にいるジンがその一般常識を知らないのは少しばかりおかしなことだ。

 後ろの大破した宇宙船、色々と勘繰ることができる。


「知らないな」

 

 ここで変に黙ったり、偽ったりしても情報が足りない今では単なる言葉遊びにひっかかる。

 ジンは最低ラインを見計らいながら真実を話す。


「後ろの宇宙船はどうしたんだ。君のものなのか。どうして大破している」

「……それは教えられない」

「そうか、困ったな。許可証はあるのか? じゃないと宇宙船は乗れないはずだ」

「……ある」

「そうか……」


 男は「うんうん」と頷く。


「知らないようだから教えてあげよう。この星では――いや、ここ惑星ヴェネタでは個人が所有できる宇宙船の型番が決められている。加えて許可証を後部に貼り付けていなければならない。私が確認できる限り、君のそれは型番の一覧に無いものだし、許可証もないように思える。もう一度聞くが、それは君のか? 難破船かい?」


 ジンがため息交じりに体を軽く動かして、自分の間違いを自省した。


「俺がその質問に答える前に、そのプライドとやらについて教えてくれないか」


 知ったかぶりは終わりだ。


「……まあいい。教えよう。まあ見れば分かると思うが奴隷だ」

「奴隷は」

「分かっているとも。東企業連合倫理規則第4条第7項。奴隷の禁止のことだろ?」

「ああ」

「確かに、プライドは制度的に奴隷に代わるものだ。ただ、ここ惑星ヴェネタでは東企業連合からの拘束を受けない。原住民による自治が行われている。名前と制度さえ少し変えてしまえば奴隷ものを作り出すことも容易。あとは分かるだろ?」

「ああ」


 東企業連合はそもそも行き過ぎた企業の蛮行を抑えるために生まれた組織。もともと惑星の自治に対して意見するような組織ではない。もし企業が惑星を支配しているのならば、企業が東企業連合の拘束を強く受け、支配下惑星もその影響を受ける。

 しかし企業に支配されていない――原住民による自治が取られている惑星では東企業連合が強く出張って来ることはない。


 これらの要因によって惑星ヴェネタでは奴隷制が行われている。


「では次は私の質問だ。後ろの宇宙船は君のか? そしてそれは難破船か?」

「ああ。そうだが?」

「どうやら、今日は良い日らしい。どれ、力を見せてみろ。高く売れるかもしれん」

「何言ってるんだ」

「お前はもう俺の商品だ」

「プライドとやらにするのに手続きは必要ないらしいな」

「いやあるさ。でも君はヴェネタの滞在許可証を持たぬ難破したただの外部の奴だろ? 戸籍も無い奴をプライドにしてどう罰する」


 相手が企業の幹部である可能性。宇宙船を保有しているのだから当然考慮できる。

 もしそうであれば、たとえ原住民の自治が認められているとは言え企業が出張って来る。その企業が大きくなればなるほど、この商人の立場は危ういものになるというのに。

 どうやらそこまで頭は回らないらしい。


 ただ、ジンは企業の役員でも重役でもないのだ、男の行動は正しいと言える。


「さて、品定めの時間だ」


 男の後ろに控えていたプライドの一人がジンの前に立つ。


「剣? 舐めてんのか?」

「舐めてなどいない。銃は使わない。じゃないとプライドとして商品価値が低くなる」

「何言ってんだ」


 ジンは男の言葉を吐き捨てつつ、内心で少し笑みを浮かべた。

 相手が銃を使わなくて良かった、と。

 もし使われていたら普通に命の危機だった。

 もしかしたら相手には何かしら秘策があって、それか単純にナノマシンなどによって強化されていて、ステゴロでも強いのかもしれない。しかし銃を使われるよりかはマシ。 

 幸いにも、といった感じだ。


「おあつらえ向きな相手だな」

 

 ジンが懐からナイフを取り出すと商人の顔面に向けた。

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