第17話 チャンピオンシップに向けて
◇
……次の休日。
「では、チャンピオンシップに向けて、今後の方針を話しますぞ」
いつもの集いにて、九朗さんがそう言った。俺がチャンピオンシップへの参加を決めたので、しばらくはその調整会をするという話になったのだ。
「まず、チャンピオンシップ開催までの期間、予定が合う休日大会は全て参加が基本ですぞ。特に郁夫氏は場数が足りていませんからな。ここで対戦回数を稼ぎましょう」
チャンピオンシップまでは休日大会を全部参加。確かに、俺はウラノスを始めて期間が短いので、経験を積むという意味では必須だろう。
「そして、大会終了後は結果の振り返りと集計ですぞ。……チャンピオンシップは環境末期ですからな。メタゲームの分析は欠かせませんぞ」
「環境末期? メタゲーム?」
続く内容に、また分からない単語が出てきた。本当に専門用語が多いな……環境は今までも度々出てきたけど、結局どういう意味なのか理解できてないし。
「環境とメタゲームは同じような意味ですな。どういったデッキが、どの程度存在しているかという、デッキやカードの分布ですぞ」
例えば、と九朗さんは前置きして、拳を持ち上げる。
「メタゲームの説明をするならば、じゃんけんが分かりやすいでしょうな。例えば、グーを出す人間が何割いるか? チョキは? パーは? これがメタゲームですぞ」
「な、なるほど……?」
分かるような分からないような例えだが、さっきよりは掴めてきた気がする。
「これは重要なのですぞ。例えば5割の人間がグーを出す環境であれば、パーを出すと有利に、チョキは不利になりますぞ。勿論、それを読んでチョキを出す者もいるでしょうが、グーが優勢である以上はリスキーでしょうな」
確かに、グーを出す人が増えればパーは有利、チョキは不利になるだろう。それは道理だ。
「でも、それだとパーが増えませんか?」
「その通りですぞ。ですから、やがてパーが増えてグーが減っていくでしょう。すると今度はチョキが有利になって数が増えますぞ。メタゲームというのは、こういう風に変動しますぞ」
俺の突っ込みに、九朗さんが頷いた。どの手が多いかで次に増える手が変わる。それがメタゲームか……。
「そして、それぞれの手をデッキに置換したものがTCGのメタゲームになりますぞ。じゃんけんと違ってそこまで顕著な強弱はないものの、多少の有利不利はありますからな」
今の話はじゃんけんだったが、それをデッキに置き換えることでTCGのメタゲームになるのか。
「そして環境末期ですが……チャンピオンシップは新しいパックが発売される直前ですからな。カードプールが増える前の、煮詰まった環境となりますぞ。この、カードプールが増える直前の環境を環境末期と呼びますぞ」
カードプールというのは、デッキ構築に使用可能な全てのカードのことだったか。新しいパックが発売すると使えるカードが増えるので、当然ながら新しいデッキも登場する。そうなる前の、最後の期間ってことか。
「チャンピオンシップ当日の環境は、デッキ選択や構築にも影響しますからな。……当日は常連以外も参加するのでまた変わるでしょうが、それでも事前にデッキ分布を調べておけば、ある程度のメタゲームは予想出来るはずですぞ」
大会が終わってから振り返りをするのは、デッキの分布を調べて当日のメタゲームを予想するため。それによって、デッキも変わるということか。俺は《デザート・ストーム・ドラゴン》デッキしかないが、細かいカードは変える必要が出てくるかもしれない。
「それ以外の時間はフリプも積極的にしましょう。数はこなしておいて損はないですからな」
そしてやはり練習。基本中の基本だが、経験の浅い俺には一番必要かもしれない。
「というわけで、とりあえず今日の休日大会から参加していきましょう。当日に向けて、頑張りますぞ」
「「おー!」」
チャンピオンシップに向けて、俺たち三人の調整が始まった。
◇
……数週間後。
「……ん?」
夜。部屋でデッキの一人回しをしているとスマホが震えた。……今日はチャンピオンシップ前日だ。デッキ構築は詰められるところを詰め切ったし、練習も可能な限りしたので、出来ることがもう一人回しくらいしかないのだった。ちなみに一人回しとは、実戦を想定してデッキを一人で回すことだ。何ターン目にどのカードをプレイしてどのユニットで攻撃するかを考える。これも、実戦での思考時間を短縮するという効果があるらしく、暇な時にやると良いと教わっていた。閑話休題。
「彩芽さんから通話か……」
スマホを見てみると、彩芽さんから電話が掛かってきていた。……彼女とスマホでやり取りすることは多々あるが、今まではメッセージアプリだけだったから、通話は初めてだ。
「……もしもし」
俺は困惑しながらも、電話を取った。
『もしもし……今、大丈夫?』
彩芽さんの遠慮がちな声が聞こえてくる。……一時期関係がぎこちなくなった彼女だが、チャンピオンシップに向けた調整で接している内に、以前のような関係に戻りつつあった。
「うん、大丈夫だよ」
『良かった……』
俺の返答に、彩芽さんが安堵の声を漏らす。何か用事だろうか?
『明日はチャンピオンシップでしょ? だからちょっと緊張しちゃって……』
「彩芽さんでも緊張ってするんだ」
『するよ~。大きい大会の前は、いつも不安になるんだから』
どうやら、チャンピオンシップ直前で緊張してしまったらしい。俺より経験豊富な彼女でも、そんなことがあるんだな……。
「そんなこと言ったら、俺だって緊張してるよ……」
『あ、やっぱり?』
そんな彩芽さんに俺も今の心情を吐露すると、返ってくるのはそんな言葉。
「まあ、俺は大きい大会って初めてだからね……そもそも、大きいっていうのがどれくらいなのかも理解してないし」
『そうだよね……普段の休日大会はSEないし』
チャンピオンシップ初参加の俺は、大会の規模感も何も分からない状態なので、緊張も不安もいっぱいである。……なお、SEというのは、シングルエリミネーションの略である。勝ち抜き戦、一般的に想像するトーナメント方式のことだ。
チャンピオンシップの大会形式は、予選に相当するスイスドローという形式と、決勝トーナメントであるSEを合わせたものになる。その回戦時点での勝率が近い者同士でマッチングされるのがスイスドローであり、参加人数に応じて既定の回戦数を戦う。そしてその上位8人がSEに進出して、そこを勝ち抜いた人が優勝となる。普段の休日大会はスイスドローを3回戦だけやって終わりなので、それだけでもチャンピオンシップが大きい大会だというのが分かる。
「でも、緊張だけじゃなくて……ワクワクしてるってのもあるんだ」
『ワクワク?』
「うん。だって、そんな大きい大会で、自分がどこまでやれるのか、試すことが出来るんだから」
とはいえ、俺はただ緊張してるわけじゃなかった。……今の自分の実力が知りたい。自分がどこまで勝ち進めるのか試してみたい。田花兄妹と調整を続けていく内に、そんな思いが日に日に強くなっていた。だから、今の俺は明日がとても楽しみなのである。
『そっか……郁夫君、ウラノスのこと、めっちゃ楽しんでるんだね』
「……だね」
そんな気持ちになれたのも、全部ウラノスと、TCGと出会えたから。正確には小学生の時には出会っていたけど、もっと深く知ることが出来たから。……そして、TCGの楽しさを教えてくれたのは、そのきっかけをくれたのは、他でもない彩芽さんだ。
「明日、楽しみだね」
『……うん』
スマホ越しに、彩芽さんと思いが通じ合っているような気がして、俺はちょっと気恥ずかしいようなむず痒いような、けれど決して不快ではない、そんな気持ちになっていた。この気持ちは、一体何なのか。その名前を、俺はまだ見つけられなかった。
「じゃあ、また明日」
『うん、また明日』
そう言い合って、俺たちはどちらからともなく通話を切った。明日はいよいよチャンピオンシップだ。
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