第2話 生きよう、この身が斬られるまで
転生してから3か月がたつ。カインとして生活することにはだいぶ慣れてきた。しかし、自分自身の精神は確実に滅入ってしまった。
「だって当たり前じゃないか!僕は死ぬんだぞ!皆に笑われながら!」
カインはノイローゼに陥っていた。そもそも慣れることの出来ない異世界という環境。必ず死ぬという運命、シナリオ、そして自分が悪い貴族であるということへの嫌悪が精神を追い詰め、どうせなら死んでしまいたいと思うようになっていた。
転生前のゲーム知識では、この国は絶対王政の下、国王より任ぜられた貴族が平民を支配し、恐怖政治、重税、小競り合いから大きな戦争まで貴族の一存で決まり、平民は駒として扱われるような社会である。そんな王政を変えるべく、エリザ・ヨアスナという勇者が立ち上がり、革命が起こっていくというストーリーだが、カイン・アルベルトという貴族は、序盤で倒される悪役貴族である。
この世界では王国建国を起点とした王国暦が採用されているのだが、秋葉がカインとして転生したのがカインが17歳の、王国暦155年であり、ストーリー上勇者に倒されるのは3年後の158年である。ちなみに、カインは現在貴族家の次期当主という扱いであり、父親が愛人と駆け落ちして失踪する。カインが貴族家当主に就任するのが王国暦156年の為、就任まではあと1年といったところか。
カインは自分の運命に悲観した。3か月調べたが、別にチートスキルのようなものが芽生えたわけでもない。領地は暗澹たる雰囲気に包まれており、自身のゲーム知識と寸分の狂いなく運命は進行している。自身の死へのカウントダウンは間違いなく迫っているのだ。
何より、自分の立場が恨めしい。自分のあずかり知らぬところで行われた過去の悪役貴族としての業が、最期は刃となって自分を斬るのだから。
カインは自分の運命に悲観しつつあった。そして、そのノイローゼはとうとう極限に達し、自死を選ぶまでに至ってしまった。そう、二度目の人生だが、かれはそれを放棄したのである。
◇◇◇
カインは、貴族家の屋敷の屋上に居た。ここから飛び降りれば、間違いなく死に至るだろう。頭から落ちれば尚確実か。しかもここは夜だから、間違っても誰かを巻き込むことは無い。前世のニュースでは、誰かを巻き込んだ自死は非難の的だったからな。感情の思うままにここまで来ておきながら、カインの心はやけに冷静だった。
さあ、飛び降りよう。自分の心に一片の迷いもない。そう思った瞬間だった。誰かが僕を呼び止めた。
「まって!ご主人様!」
その声は、3か月間毎日聞いた、執事リュミドラからだった。
そうか、こいつは僕が飛び降りたら自分の立場が無くなるからな。そんなことを思いながら、僕は言葉を返す。
「やめてくれ、僕はこんなこと望んでない。お前は、別の貴族にでも使えればいい。優秀な貴族になれなくてすまなかったな!」
感情のままに叫ぶ。人に感情をぶつけたのはいつぶりだろうか。
そんな僕に、彼女は冷静に、しかし力強く伝える。
「あなたは最低な貴族、でも、根っから腐ってるわけじゃない。まだ17歳でしょ、なんでもやり直せるわ!」
ここまで強いリュミドラは見たことが無かった。リュミドラは、続ける。
「ここ3か月であなたは人が変わった。自分は死ぬ運命だとか、貴族らしくないふるまいとか。あなたに何があったのかは知らない。でも、今変われてるんだから、死ぬ運命も悪い貴族として生きたこれまでだって変えられるはずよ!」
僕はそれに対して叫んでいた。こんな感情的な自分は初めてだ。
「違う!僕は死ぬ。これは僕の決断だ!僕の心にもないことを勝手に言うな!」
僕はこのまま飛び降りたかった。でも、次のリュミドラの言葉に身体が硬直した。
「あなたの体はどうなの?死のうとしてる?傷つけばかさぶたが出来て回復するし、食べ物を食べて栄養が吸収されてる。体が生きようと動いてるのに、あなたは死ぬの?」
僕は何も返せなかった。僕の身体?確かに今心臓は鼓動し、体は機能している。周りの環境で不調をきたしながらも、なお抗っている。
今まで自分の事を気にかけたことはなかった。そしてリュミドラのようにここまで他人を思いやる人間には出会わなかった。彼女はゲームのモブキャラなんかじゃない。れっきとした、そして誰よりも高潔な心を持つ人間だった。
彼女となら。僕は、ここに至って心変わりしたのか、自死の観念がすっと消えた。そしてそれが体外にあふれ出すかのように涙を流していた。
怖かった。
苦しかった。
自分が情けなかった。
今その全ての感情が、あふれ出す。気づけば僕は、リュミドラの腕の中で泣いていたのだった。そして力強く決心する。
「自分の運命が変えられるかどうかは分からない。でも、生きよう、この身が勇者に斬られるまで。」
王国暦155年、弱気な高校生秋葉優斗から、英雄カイン・アルベルトの「転生」の瞬間である。
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